第71話 崩れる想い
【第二部】遺志を継ぐ者たち―巡―
すっかり夜も更けてしまった。
あの後も、もちろん書類に追われ、気づけば外はもう真っ暗だった。
「……さて、夕食を食べに行くとしますか」
廊下を抜け、食堂へと足を運ぶ。
お城の奥へと続く長い階段を、ゆっくりと下りる。
夜空に浮かぶ月の光が、静かにお城の壁を照らしていた。
ひっそりとした空気の中、柔らかな光だけが廊下を優しく染める。
「……綺麗だわ」
思わず声が漏れる。
晩秋の夜風の匂いが心地よい。
そんな穏やかな気分の中、ふと池のほとりに目を向けると、明かりに照らされた人影が静かに佇んでいた。
……誰かしら?
少し距離を置いたまま見つめていると、抱き合う二つの影が、月の光に照らされて静かに揺れていた。
あら、やだ。大胆ね……
私、見てはいけないものを見てしまったのかしら?
あの小さな後ろ姿はトワちゃん……?
ってことは、トワちゃんを抱きしめているあの大きな影は栄善!?
何よ、栄善。やるじゃない。
今日、七左衛門にトワちゃんの様子を聞いたとき、「後で見に行く」と言ってたものね。
なんだか私までどきどきしてきちゃったわ。
廊下の先へと私はそっと歩みを進める。
月夜の光が大きな影を明るく照らす。
……え。ちょっと待ってよ。
嫌な予感に、胸の奥が先ほどまでの高鳴りとはまるで違う意味で打ち始める。
何かの見間違い……
そうであってほしかった。
……だって。
栄善はあんなに髪の毛が短くないもの。
月夜に照らされた黄金色の髪が、静かに夜風にそよいでいる。
「……なんで、哀伝が……」
トワちゃんを抱きしめているのは──哀伝だった。
私の想い人。
……何よ、その男らしい表情は。
見たくなかった。
哀伝が、他の女の子を抱きしめている姿なんて。
……ううん。
そんなこと、考えたこともなかったの。
だって哀伝は、私のことが好きだって……
昔から、ずっと言ってるじゃない。
いつも哀伝に素直になれない私。
こんなときだけ、女々しくなるなんて──そんな自分が嫌になる。
「……哀伝……」
掠れた声が、誰にも届かぬまま夜に溶けた。
何かが、音もなく崩れていく。
──こんな哀伝、見たくない。
私は、思わず視線を逸らした。




