第7話 雨の日の記憶―はじまりの雨―
【第二部】遺志を継ぐ者たち―巡―
しんしんと降り続く雨。
雨の匂いが静かに町を濡らしていく。
雨の音だけが、やけに遠く響いていた。
雨の日は、いつも同じ感情を連れてくる。
胸の奥に沈めたはずの想いまで、静かに滲んでいく。
そして雨の日になると、あなたは決まって——どこか悲しげな表情を浮かべる。
***
風にわずかな冷たさが混じり始めた季節。
秋の雨は冷たくて、余計に胸が疼く。
そんな日は決まって、私はお城の離れにある囲炉裏の部屋へと行く。
気のせいかもしれないけど、雨の日に疼くこの胸の傷が、火の温もりで少しだけ癒える気がするから……
重い木戸を押し開けると、囲炉裏の火が静かに揺れていた。
「……春風」
「杏歌……すまない」
春風は、脱いでいた着物の右肩から胸元をそっと引き直した。
その隙間から、右肩と胸の間にある痣が見えた。
あの日、私を庇ってできた痣が……
囲炉裏の火の揺らめきが、その輪郭をいつもよりくっきりと浮かび上がらせた。
「……痛むの?」
「大したことじゃない。腕を上げると、少し響くくらいだ。雨の日は、なんとなくそういうものだろう……杏歌、心配かけてすまなかった」
「……そう。なら良かったわ」
「お前の方こそ、痛むんじゃないのか……?大丈夫なのか……?」
「……えぇ、私も雨の日は、なんとなくそう感じるだけよ。気づくと自然とここへ向かっちゃうのよね……」
「私たちの習慣になってしまったな」
「えぇ……そうね」
そして、私の左肩と胸の間には傷が……
あれは忘れもしない。
雨の日の出来事──
私たちがまだ見習いだった頃。
学びのために、朽葉ノ国のお城へ向かっていた途中のことだった。
***
「ちょっと〜、哀伝!あんたは栄善の護衛を任されてるんでしょ?なんで私の隣にいるのよ!」
「なんでって、そんなの杏歌を守るために決まってるでしょ〜?それに栄善の後ろにいるんだから大丈夫だよ〜」
いや、栄善の後ろにいるのは私なんだけど。
「哀伝は、杏歌のことが大好きなのだな。だが、私も心配ない。私も男だ。自分を守る術も身につけなければならない」
「栄善には、おいらたちも付いてるからな!任せろ、栄善!」
団丸と七左衛門は少し前に出て、栄善の前を歩きながら、道の先を確認していた。
「俺は戦術担当として、護衛に関して目を光らせておかないとな」
幼馴染の三人は、今後それぞれの任務を担いながら、栄善の護衛もすることになっている。だから今回は、現場の雰囲気を学びに来たってわけなの。
この道中では体力や戦術を学ぶけれど、朽葉ノ国のお城に入ると、今度は帳簿や書類、貿易のことも学ぶことになる。
訓練隊長や戦術担当だって、護衛や任務の裏側を知るためには、こうした知識が欠かせない。
たくさん知識を身につけて、帰らないといけないわね。
「お前たち、心意気はいいが気をつけろよ。朽葉ノ国には、路傍斬りが出るという噂があるからな」
路傍斬り──通りすがりの者を無差別に斬る者のこと。
「春風に言われなくても、そんなのへっちゃらだよ〜。僕は強いんだからね」
「哀伝、お前は確かに強い。だが、お父上に言われただろう?実戦では“力”だけでは足りない。相手の心を読むこと──それを肝に銘じておかないと、守りたいものは守れないぞ」
「お父上も春風も、何言ってんのか全然分かんないんだけど」
「……ったく、お前ってやつは」
哀伝は、両手を頭の後ろに組み、少し拗ねたように口を尖らせた。
何拗ねてんだか、哀伝のやつ……
だけど、哀伝って本当に強いのよね。
訓練隊の大人たち相手に、にこにこ笑いながら倒しちゃうんだから。
いつもおちゃらけてるくせに、私とは違って、なんでも器用に笑顔でこなす哀伝。
だから私……惹かれちゃってるんだろうな。
「杏歌〜、僕の顔じっと見つめてどうしたの?もしかして、僕に惚れちゃった〜?」
「〜っ、あんたばっかじゃないの!」
この余裕ある感じが腹立つ〜!
こっちの気持ちも知らないで……
何言ってんのよ〜!
そんなやり取りをしている私たちに、七左衛門は団丸と並んで歩きながら、後ろの私たちへ声をかけた。
「哀伝と杏歌、お前らこんなところで何やってんだよ……」
そのまま春風へと視線を移し、続ける。
「春風、戦術担当として色々と教えてもらうからな。楽しみにしてるぜ!」
「七左衛門、お前は冷静で勉強熱心だな。戦術担当としての将来が楽しみだ」
さすがは七左衛門ね。
あの団丸の良き理解者だけあって、しっかりしてるわ。
そして、このときの春風は戦術担当だった。
護衛として、私たちと一緒に同行していたの。
あんなことが起きるまでは──




