第69話 突然の文書
【第二部】遺志を継ぐ者たち―巡―
翌日の朝座。
城内は朝から慌ただしかった。
机の上には書類が整然と積まれ、会議の準備が着々と進められていた。
いつもの顔ぶれが揃う。
栄善、茶々蔵、交易班、外交班、勘定班、そして団丸と七左衛門。
この日は突然朽葉ノ国から文書が届いたため、いつも以上に忙しさが増していた。
静かな空気が会議の間を包む中、栄善がゆっくりと口を開く。
「昨日、朽葉ノ国へ塩の増量承諾の文書を出したばかりだが……本日、新たな文書が届いた」
その言葉に、みんなが真剣な面持ちで栄善を見つめた。
「交易班、外交班による確認は済んでおる。内容に問題はない。当初の見積もりでは冬を越せぬとのことで、更なる増量を求めている。よって、この要請も承諾するものとする」
栄善の言葉を受け、茶々蔵がゆっくりと口を開いた。
「この内容を踏まえ、我が国も予算を変更するとする。冬の食糧消費の増加を考慮し、米の供給量を増すとするからの」
栄善と茶々蔵の決定が下されたことで、会議の空気は一気に引き締まった。
栄善や茶々蔵、奉行たち、そして幼馴染四人。
長くこの城を支えてきた面々は互いに顔を見合わせ、小さく頷く。
言葉を交わさずとも、次に何をすべきかは分かっている。
それだけの時を、共に過ごしてきた仲間たちだった。
その背中を追うように新人たちもまた、遅れまいと身を乗り出す。
時雨が少し腕を組み、哀伝と綿花に声をかける。
「俺たち交易班は、哀伝、わりぃが、もう一度だん吉に方針の変更を伝えてきてくれ。紐の手配も頼むぜぇ。それから綿花には、承諾の文書と米の増量の文書を任せる」
その言葉を聞き、二人は自然に頷き返す。
「任せてよ、時雨〜」
「分かりました」
続いて、春風が雲祈と杏歌に向かい、手際よく指示を出す。
「外交の私たちは、雲祈、すまないが、また麻袋の調達を頼む。杏歌は私の補佐として、手続きや準備が滞りなく進むよう取りまとめてくれ」
「春風さん、この私にお任せください!」
「えぇ、もちろんよ、春風」
勘定班もまた、書類に視線を落としつつ声を上げる。
「ならば、私たち勘定班は予算変更の算段をしなければならないわね。大納、蒼月、数字に間違いがないか確認を頼むわね」
「柚寧さん、もちろんです!」
「私と大納にお任せください!」
その様子を見届け、栄善は綿花に視線を向け穏やかな表情で告げた。
「綿花、この塩の増量分の手配は、晩秋には間に合わぬ。手配できるのは、冬になるであろう。だから本日出す文書にその旨を記してくれないか」
「そっか……この手配はもう冬になっちゃうんだね」
「綿花、俺も最終的に公印を押すときに確認するが、これは重要事項になるからよぉ。忘れねぇように頼む」
哀伝と時雨の言葉に、綿花は力強く頷いた。
「団丸は訓練隊の隊員を率い、冬に向けて塩を安全に保管し、準備が整うよう整理してほしい」
「おう!おいらに任せとけ、栄善!」
団丸は胸を張り、頼もしげに答えた。
「七左衛門、輸送の護衛を担当し、冬期の道中の危険箇所を確認して安全な運搬計画を立ててくれないか」
「あぁ、雪が降っても安全な運搬にしてみせるぜ!」
七左衛門は頷きつつ、勢いよく答えた。
「ほほっ、皆、よろしく頼むぞ。近々、対縁の儀も控え、忙しい中じゃが、力を合わせて取り組もうのぉ」
茶々蔵の言葉に、みんなは一斉に声を上げた。
気合いと覚悟が混じった声が、朝の光が差し込む城内に響き渡る。
話が一段落すると、団丸が口を開いた。
「今日の朝座は、やっぱりさぼらなくてよかったな!こんなに重要な内容だったんだからな!がははははー!」
豪快な笑い声に、栄善は思わずくすりと笑った。
「くすくす、どうしたのだ団丸。朝座をさぼろうとしていたのだな」
「そうなんだよ、栄善。聞いてよ〜。朝から大変だったんだから。ねぇ、七左衛門」
「くくくっ、あぁ。朝座に行く前、朝食の準備をしていたトワとお菊に会いに行ったんだ。そうしたら団丸、我慢できなかったみたいで、作りかけの朝食を食べようとしたんだぜ?」
「だっはははは〜!団丸らしいなぁ、おぃ」
時雨の笑い声に、みんなもつられて笑った。
「おまけに朝座はさぼろうとか言って、一人で納得してるんだよ?僕と七左衛門が引っ張ってここまで連れて来たんだから」
「だから哀伝と七左衛門がここに来たとき、少し息切れしていたんだな」
春風の問いに、七左衛門が応える。
「そうなんだよ。訓練してるだけあるぜ、団丸は。男二人がかりでもこいつを連れてくるのは大変だったんだぜ」
「くすくす、団丸は本当に食べ物と訓練のことしか頭にないのだな」
栄善の言葉にみんなが口々に応えた。
「ほほっ、団丸らしいのぉ」
「体力ゴリラって名がついただけあるわ」
「杏歌、おめぇも体力ゴリラじゃねぇか」
「そんなあなたは暴れゴリラではなくて?」
「ぷはははは〜、柚寧それ最高なんだけど!」
「この城はゴリラが多いんじゃないか?」
「春風、そうだな。あと馬もいるぜ!」
「おいらは体力ゴリラ〜団丸〜だ〜♪」
「蒼月、体力をつけるにはゴリラと馬だな!」
「うん、そうだね!私たちも見習おうね!」
「あぁ〜、愛しき方がゴリラと馬……お美しい〜」
「ふふっ。皆さん本当に愉快ですね」
皆、忙しい中、少し頭がどうかしてきたようだ。
緊張感の残る朝座の後とは思えぬほど、会議の間は笑い声に包まれた。
「くすくす、ははは」と小さな笑い声が広がり、やがて城内に響き渡る。
こうして、お城の朝は賑やかに幕を閉じた。
だが、この和やかな光景が、静かに崩れ去っていくことを、まだ誰も知らなかった。




