第59話 煎承さんと糯虎さん【綿花編】
【第二部】遺志を継ぐ者たち―巡―
町の喧騒から少し離れた場所に、ひっそりと佇むてふ紙屋があった。
小さな店先に並ぶ紙の香りと暖簾から漏れる柔らかな光が心をほっと和ませる。
「綿花さん、ここがてふ紙屋さんです!さぁ、中へ入りましょう!」
元気いっぱいの声に背中を押されるように、私は少し緊張しながらも店内へ足を踏み入れた。
「おっ、雲祈やないかー!元気しとったかいな!」
「煎承さん、お久しぶりです!私はとても元気です!本日は綿花さんもお連れしました!」
そう言われ、私もお辞儀をしながら挨拶した。
「初めまして、煎承さん。交易使者を務めさせていただいております、綿花と申します」
「綿花さんの話は聞いとるでぇ!すごくしっかりしたお嬢さんなんやってな。まぁまぁ、ゆっくりしていきー」
「ふふっ。ありがとうございます」
少し会話を交わし、緊張もほぐれかけた頃、奥から人の気配が近づき、別の人物が現れた。
「おぉ、雲祈かい?元気しとったね?」
「糯虎さん!いらしていたのですね!」
現れたのは、この国の奉書紙をてふ紙屋と福紙堂に届ける製紙職人、糯紙屋の糯虎さんだった。
私も糯虎さんとは、任務で福紙堂へ伺った際に納品の場で顔を合わせたことがあった。
「綿花も一緒やったんやね。二人して、どうしたとね」
「はい!本日は煎承さんのお店に、糊を購入しに来ました!糯虎さんは納品ですか?」
糯虎さんは穏やかな口調で答えた。
「糊を買いに来たとね。お疲れ様やね。わいはそうなんよ、納品に来たとよ」
雲祈さんと糯虎さんのそのやり取りを聞き、煎承さんが口を開いた。
「なんや、雲祈。糊を買いに来たんか。準備したるから、少し待っててやー」
雲祈さんはにこりと笑い、頭を軽く下げた。
「煎承さん、ありがとうございます!」
「ちなみに、糊なんに使うん?」
「作成した文書を包むときに、糊付けをするのです」
「文書の作成に使うんかいな。任せときやー」
そう告げると、煎承さんはお店の奥へと歩みを進めた。
私たちは、店の奥の腰掛けに腰を下ろし、準備が整うのを静かに待った。
手元で風呂敷を少し整えていると、糯虎さんがふと口を開いた。
「綿花が持っとるその風呂敷、諭作さんのところのやね。さっき、諭作さんのところに行っとったと?」
「はい、そうなんです。雲祈さんも私も任務の折に諭作さんのお店へ伺っておりました」
「そうやったとね。わいも今から諭作さんのところへ色奉書の納品に行くんよ」
「そうだったのですね。お城も今、色奉書の在庫が少ないようなので大変助かります」
糯虎さんと笑みを交わした後、視線は自然と雲祈さんへと向けられた。
「雲祈はすごい荷物やね。その麻袋と紐、だん吉さんのところへ持って行くと?」
「はい、そうなのです!朽葉ノ国への塩の増量が決まったので、追加の麻袋と紐を届けに行きます!」
雲祈さんの元気な声が店内に響く。
その声に、糯虎さんはにっこりと笑みを浮かべた。
穏やかな目で雲祈さんを見つめ、ゆったりとした口調で言う。
「そうなんやね。この時期は忙しいやろうけど、体調には気をつけるんよ。みんな国を支えてくれてありがとう」
その言葉に、私も雲祈さんも顔を見合わせ、微笑んだ。
「何をおっしゃいます、糯虎さん!こうして奉書紙を届けてくださる糯虎さん、私たちに必要な備品を手配してくださる煎承さんや諭作さん……すべての方々のおかげでございます!」
そう言いながら、雲祈さんは拳を握りしめ、勢いよく立ち上がった。
その真っ直ぐな言葉が、胸にすっと響く。
この人はどこまでも真っ直ぐな人なのだと改めて思った。
ふと顔を上げると、糯虎さんがにこやかにこちらを見つめ、口を開いた。
「ははっ、そうね。雲祈らしいね。そういえば、杏歌は元気ね?最近見とらんけど忙しいんやろ?杏歌は仕事ができる子やけんね〜」
その言葉を受け、雲祈さんはここぞと言わんばかりに口を開いた。
「もちろん元気ですとも!杏歌様はこの国のために日々多くの業務を抱えておられ、とても忙しそうですが、後輩である私たちにいつも目を配ってくださっています!」
「ははっ、そうね。面倒見がいいところは相変わらずやね。綿花も困ったことがあったら杏歌を頼りね。あの子は気は強いけど優しい子やけね」
「ふふっ、はい。ありがとうございます」
そう言った糯虎さんを見やり、雲祈さんは私に向き直った。
「綿花さん。もちろん、杏歌様は素晴らしいです。今はとても敵いませんが、いずれは、先輩として私のことも頼ってくださいね」
「ははっ、雲祈は後輩ができて嬉しいんやね。大納と蒼月もおるし、綿花、たくさんの頼れる先輩に囲まれてよかったね」
「ふふっ、そうですね。嬉しいです」
穏やかに会話を交わしていると、煎承さんがお店の奥から戻ってきた。
「待たせてすまんな、雲祈。これが糊と控えや」
煎承さんは小さな布袋に控えと糊を包み、そっと手渡した。
「おぉ、さすが煎承さん。まさに私が求めていた糊と数量です。さすが、長年この国を支えてこられた大先輩ですな!」
雲祈さんは手に取った布袋を嬉しそうに握りしめ、目を輝かせた。
「俺に任せてーなー。糯虎も納品おおきに。また必要なときは、よろしく頼むで」
「煎承さん、こちらこそやけんね。これ、納品の控えやから。それじゃ、わいは諭作さんの福紙堂へ伺うとするかね。皆さん、またね。」
糯虎さんは私たちに軽く挨拶をすると、諭作さんの元へと向かった。
「では、この糊は綿花さんにお渡しします。先にお城へ戻り、文書作成の際にお使いください」
そう言って雲祈さんは丁寧に布袋を差し出した。
「はい。ありがとうございます」
布袋を受け取り、私は小さく頭を下げる。
「では、私たちもそろそろ参りましょうか」
雲祈さんが姿勢を正し、煎承さんへ向き直った。
「煎承さん、糊の手配ありがとうございました。それでは、私たちはこれで失礼いたします」
「おう、雲祈と綿花。また来てやー」
私たちがてふ紙屋を出ようとした、そのとき。
煎承さんが「あ、そうや」と思い出したように声をかけてきた。
「綿花。そういえば、時雨の部下なんやろ?あいつ、俺の飲み仲間なんよ」
「え?そうだったのですか。初めて聞きました」
思わず両手を口元に添える。
すると、雲祈さんも小さく頷いた。
「私もそのことは、杏歌様に伺って初めて知ったのです!」
「そうなんよ。あいつ、呑んだくれて大変やろ?根はええやつやから大目に見たってやー。でも、綿花もときには叱ったってな!」
そう威勢よく言う煎承さんに続けてこう告げられた。
「まぁ、柚寧に杏歌がおるから大丈夫やろうけどな。あの二人がしばいたるやろ」
煎承さんの言葉が可笑しくて、私も雲祈さんも思わず笑ってしまった。
お店の中に、ひととき明るい笑い声が広がる。
「引き留めてすまんな、二人とも。ほな、残りの仕事も頑張ってやー」
笑いの余韻を胸に、私たちはお店を後にした。
「では、綿花さん。私はだん吉さんの元へ向かいます。初めての文書作成、頑張ってくださいね!」
「ありがとうございます。雲祈さんも残りの任務を頑張ってください」
こうして私は雲祈さんに別れを告げ、お城へと向かった。
***
お城へ戻り、門をくぐろうとすると、琥景さんと煌景さんが出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、綿花さん。一人での任務お疲れ様でした」
「ありがとうございます。琥景さん」
私の手にある風呂敷に目を留め、煌景さんが口を開いた。
「その風呂敷は諭作さんの山茶花団子ではありませんか?杏歌様のお好物ですよね。きっと喜ばれると思います」
「さすがですね。皆さん、分かるのですね。はい、諭作さんからいただいた山茶花団子です。あとで分けますので、ぜひ皆さんも召し上がってください」
その言葉に、お二人は嬉しそうに返事をした。
しばらく和やかな空気が流れた後、琥景さんがふと口を開いた。
「杏歌様と言えば……もしかすると、今お城の中、かなり大変なことになっているかもしれませんよ」
「……大変なこと?」
私の問いかけに応えるように、煌景さんが口を開く。
「はい。先ほど、杏歌様の声が城内に響き渡ったんです。これは何かがお城の中で起こっているに違いありませんな」
「綿花さん、気をつけて帰られてくださいね」
「琥景さん、煌景さん、ありがとうございます」
そう告げてくれたお二人にお礼を返し、胸の奥で小さな緊張を感じながら、私はお城の中へと足を踏み入れた。




