第57話 初めての一人任務【綿花編】
【第二部】遺志を継ぐ者たち―巡―
今日は初めての一人任務。
塩の荷まとめ用の紐を福紙堂で購入する。
廊下に出ると、時雨さんと哀伝さんが立っていた。
「よぉ〜、綿花〜。昨日はよく眠れたか〜?いつも通りやれば大丈夫だから、気を張りすぎるなよ〜」
時雨さんの声が、自然と肩の力を抜かせる。
「おはよう、綿花〜。緊張してる?落ち着いてすれば大丈夫だから、安心するんだよ〜」
柔らかな笑みに、少し安堵する。
「時雨さん、哀伝さん、ありがとうございます。落ち着いて任務を遂行して参ります」
見送ってくれるお二人に軽く頭を下げ、足を進めた。
門を出ようとすると、朝の門番のお二人が爽やかな笑顔で声をかけてくれる。
煌景さんが、少し驚いたように口を開いた。
「おや?綿花さん、本日は朝早くからお一人でお出掛けですか?」
「はい。今日は初めての一人任務なんです」
琥景さんが嬉しそうに声を上げる。
「そうでございましたか!いやぁ、めでたい!どうかお気をつけて、行ってらっしゃいませ!」
「ふふっ。はい、ありがとうございます」
温かく見送ってくれる皆さんに軽く会釈し、町へと足を進めた。
***
程なくして福紙堂の建物が目に入る。
控えめな暖簾が朝風にそよぎ、木枠の引き戸が静かに佇んでいた。
手をかけてそっと引き戸を押すと、中から見知った声が響く。
「おや?綿花さんではないですか〜!」
両手いっぱいに麻袋を抱えた雲祈さんが、にこやかにこちらを見ていた。
「雲祈さん。もう麻袋の調達は終わったのですか?」
「はい!麻袋の調達は済ませました!今は糊を購入しに来たところです!」
「ふふっ、そうだったのですね。ところで、諭作さんはどちらに?」
「今、糊の在庫を確認してもらってるところなんです!」
そう話していると、お店の奥から諭作さんが姿を現した。
「雲祈様、申し訳ございません。あいにく糊を切らせておりまして」
申し訳なさそうに頭を下げる諭作さんに、雲祈さんは明るく笑みを返す。
「とんでもございません!いつも様々な品を手配いただき、本当にありがとうございます!それでは今回は、煎承さんのところへ伺ってみます!」
「ほほっ、そのように元気よく言っていただけると、こちらも救われますな」
雲祈さんの元気のよさに、諭作さんは穏やかに微笑んでいた。
そのまま視線を巡らせ──ふとこちらへ留まる。
「おや!綿花様ではないですか!」
声を弾ませ、改めて私へ向き直った。
「本日が初めての一人任務だと、先ほど栄善様がいらした折に伺っております。何かお困りのことがございましたら、遠慮なくお申し出ください。微力ながら助太刀いたします」
「諭作さん、ありがとうございます。心強いです」
そうお礼を述べたところで、雲祈さんが「あっ」と声を上げた。
「あっ、そうだ綿花さん!綿花さんも煎承さんのところへ行きましょう!」
突然のその申し出に、思わず目を瞬かせる。
「私も、煎承さんのところへですか?」
「はい!それに綿花さん、煎承さんの“てふ紙屋”にはまだ行ったことがないのではありませんか?」
「……はい。確かに、まだありません」
私の返答を聞くや否や、雲祈さんは意気揚々と続けた。
「このあと私は、麻袋と、それから綿花さんが手配される紐をだん吉さんのところへ届けます!ですが午後の文書に間に合うよう、糊は手配しておかなければなりません。ですので──」
にこりと笑みを向ける。
「私が手配した糊を、綿花さん持って帰ってはいただけませんか?」
「ふふっ、えぇ、もちろんですよ」
「ありがとうございます!では、私は綿花さんの任務のじゃまにならぬよう、店内を拝見しておりますので!ですが、困ったことがあれば頼ってくださいね」
「はい。ありがとうございます」
そして私は諭作さんとやり取りを交わしながら、無事に紐の手配を終えた。
店内を見ている雲祈さんの元へと足を向ける。
「雲祈さん、お待たせいたしました。紐の手配は無事に完了しました」
「おぉ、綿花さん、お疲れ様でした。では、この紐は私がお預かりしますね。控えは柚寧さんにお渡しください」
にこやかに紐を受け取りながら、雲祈さんがそう告げる。
諭作さんにお礼を告げ、この場を後にしようとしたそのとき──
「あっ、そうでございました!綿花様、雲祈様、少しお待ちくださいませ」
慌てた様子でお店の奥へ駆けていく諭作さん。
しばらくして、福紙堂と染め抜かれた風呂敷包みを抱え、戻ってきた。
「……あたたたたっ、こちらはお嬢様方がお好きな山茶花団子でございます。今朝、用意しておきました」
そう言いながら、私と雲祈さんに手渡す諭作さん。
その様子を見て、雲祈さんが心配そうに声をかける。
「諭作さん!大丈夫ですか?どこかお痛みですか?」
「えぇ、少し腰を痛めましてね。先ほど栄善様にもご心配をおかけしてしまいました。ほほほっ。でも、大したことはありませんので、どうぞ心配なさらずに」
「……そうでございましたか。大事に至らないようで安心しました。どうか、無理だけはなされないでくださいね」
「ほほほっ。雲祈様、ありがとうございます」
諭作さんの元気そうな様子に、雲祈さんも嬉しそうに微笑む。
「雲祈様は両手にたくさん荷物を抱えておられますな。では、この山茶花団子は綿花様へお預けいたします。皆様で、どうぞお分けくださいませ」
「ふふっ。諭作さん、ありがとうございます。どうか諭作さんもお体にはお気をつけくださいね。腰、早く良くなるといいですね」
「ほほほっ。ありがとうございます。綿花様、雲祈様。またいつでもいらしてくださいね」
そう微笑む諭作さんに見送られ、私たちは福紙堂を後にした。




