第55話 町の笑顔
【第二部】遺志を継ぐ者たち―巡―
町を歩くと、軒先で商いの準備をする店主や、石畳を掃く子どもたちの姿が見える。
哀伝はにこにこ顔で声を弾ませながらも、視線はさりげなく店先の品や積まれた荷に向けられている。
「やっほ〜、みんな元気?最近の商い、順調かな?」
「おや、哀伝様!この間の交易路のおかげで、材料も届きやすくなって助かっています。本当にありがとうございます」
「川の水車も、職人さんをすぐ手配してくれたお陰で持ち直しましたよ〜」
哀伝は軽く頷く。
「うん、それなら良かったよ〜。水車は春頃にもう一度点検しておこっか。定期的に整えておけば、後が楽だからね〜」
さらりと言うけれど、その言葉には、ちゃんと先を見据えた思いが込められている。
「材料や人手で困ったら、遠慮しないで言ってね〜。町のみんなが順調に動けることが一番大事なんだから」
その声に、町の人たちは安心したように頷いた。
「哀伝様の言葉なら間違いない。これからも頼りにしていますよ」
哀伝は少し照れくさそうに笑う。
「そんな大袈裟だよ〜。でも、一緒に町を良くしていこうね。みんないつも国を支えてくれてありがとう」
そのやり取りを見ながら、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
哀伝ったら、もう。
普段はおちゃらけているくせに、こういうところは抜け目がない。
……本当、ずるいんだから。
そんな哀伝の様子に、町の人たちも嬉しそうに次々と声をかけてくれる。
「あら〜、哀伝様に杏歌様。相変わらずお似合いね〜。ご結婚されるの、楽しみにしてるわ〜」
「哀伝様に杏歌様〜!哀伝様、相変わらず太陽のような方だね〜。杏歌様、こんな旦那様がいて羨ましいよ〜」
「哀伝さま、杏歌さま。しゃっき、栄善さまに会ったんだよ〜。このあいだ、諭作しゃんに山茶花団子も貰ったんだ〜」
そんな声に、哀伝も陽気に応える。
「僕と杏歌、お似合いでしょ?いずれ僕たち結婚するから、任せてよ〜」
そして哀伝は、しゃがんで男の子と目線を合わせる。
「蓮橙は、さっき栄善たちに会ったんだね〜。諭作に山茶花団子も貰ったんだ。美味しかったでしょ?」
「うん!しゅごくおいしかった!」
そう言ってふわりと笑う蓮橙に、哀伝は優しく微笑み、そっと頭を撫でた。
蓮橙は嬉しそうに目を細める。
ふふっ。
こうして見ていると、哀伝は優しい父親になりそうね。
そっか……
私と哀伝も、いずれ結婚するのね。
……って、何言ってんのよ、私ったら!
私はぶんぶんと首を振る。
まんまと、みんなの雰囲気に流されるところだったわ。
だけど──
あんなふうに町の人たちに信頼されている姿を見せられたら、少しだけ未来を想像してしまうのも仕方ないのかもしれないわね。
そろそろ私も素直になってもいい頃なのかもしれないわ……
そんなことを考えていると、ふと蓮橙の言葉が胸をよぎった。
「そう言えば、栄善とトワちゃん。随分と朝早くから出掛けたのね」
「うん。栄善が諭作のところへ行って、色奉書の手配をしないといけないって言ってたからね」
「ふふっ。そうだったわね。それにしても、外の空気は気持ちがいいわ」
私は背筋をすっと伸ばし、澄んだ空気をゆっくりと吸い込んだ。
「でしょ〜?僕はこうして杏歌と町へ出られて嬉しいなぁ〜」
哀伝は、へへへっと子どものように笑い、私の手をそっと引く。
──いつだってこうして、私を明るい道へ誘い出してくれるのは哀伝なのよね。
そして私たちは、たわいもない話を交わしながら、だん吉のもとへと向かった。




