第47話 夜更けの会議―転機―
【第二部】遺志を継ぐ者たち―巡―
私はそのやり取りをそっと見守る。
二人の落ち着いた所作が、なんとも頼もしく感じられた。
「はい。栄善様、時雨さん、かしこまりました。時雨さん、明後日はどうぞよろしくお願いします」
「おぅ、綿花。俺がみっちり教えてやるからよぉ〜、しっかり付いてこいよ」
その言葉に、綿花の強張っていた指先がわずかに緩んだ。
「午前中は溜まってる書類の承認をしねぇといけねぇんだ。午後からきちんと教えてやるから待ってろよぉ〜」
綿花は小さく頷き、胸の内で明後日の段取りを整えている様子だった。
「はい、午後からですね。予定を合わせておきます」
その様子を見た栄善は、軽く微笑みながら告げる。
「それならば、綿花。其方に初めての一人任務を与える。塩の増量に伴い、荷まとめ用の紐が追加で必要になる。午前中のうちに諭作の店へ行き、必要な本数を購入してきてもらいたい。よいか?」
綿花は深く頭を下げ、決意を込めて答えた。
「はい、諭作さんのお店で紐の購入ですね。かしこまりました」
綿花の瞳に、かすかな光が宿る。
初めての一人任務──緊張と期待を抱えたその小さな背中に、思わず目を細めてしまった。
そんな綿花を見て、雲祈、大納、蒼月も、そっと声をかける。
「ほぉ〜綿花さんもついに独り立ちですな」
「あぁ、明後日は記念すべき日だな」
「本当だね、応援していますからね」
その声に、綿花は小さく息をつき、安堵の色を浮かべるように微笑んだ。
私たちもまた、その小さな笑みに、そっと微笑み返すように見守った。
和らいだ空気の中、栄善は穏やかな眼差しのまま次の指示へと移る。
「そして、雲祈と哀伝。雲祈は、輸送に必要な麻袋の調達を。哀伝は、だん吉のもとへ赴き、増量分の方針を伝えてくれぬか?」
雲祈はぱっと顔を上げ、胸に手を当てて、力強く応じた。
「もちろんですとも、栄善様!この私に、お任せください!」
ふふっ。
雲祈ったら、やる気いっぱいね。
そのあふれる熱意が、夜の会議の間に軽やかな空気を運んでいるようだった。
「明日は別の任務がございますので、明後日、伺わせていただきます!」
その言葉にも、雲祈らしい元気さがにじみ出ていた。
それを聞いた哀伝が、にひひと笑った。
「相変わらず元気だなぁ〜雲祈〜。任せてよ、栄善〜。あと僕も明日は手が離せなくてさ。明後日になりそうだけどいい?」
栄善は二人を見つめ、柔らかく頷く。
「あぁ、もちろんだ。二人とも、感謝する。よろしく頼む」
すると雲祈が、こちらに視線を向けた。
「あぁ〜杏歌様〜。私が任務に出ている間、しばしのお別れです〜。毎日寂しい限りですが、あなたのためと思い、励んでまいりますからね!」
雲祈の今にも踊りだしそうないつもの調子に、夜更けまで積み重なっていたみんなの疲れが、ふわりとほどけていくようだった。
「お前はいつも元気だな」
「春風の言う通りだわ」
「杏歌、あなたは曲者に人気ね」
「ちょっと柚寧〜、それ僕も入ってない〜?」
「哀伝、おめぇもに決まってんだろうが〜」
「杏歌は、体力ゴリラだからな! がははは!」
「体力ゴリラと曲者、関係あんのか……?」
「七左衛門さん、調べる余地はありそうです」
「そうだね、大納。何か分かるかもしれない」
「綿花、調べるとしたら食べ物かの?」
「はい、謎が解き明かされるかもしれません」
……なんか、失礼なこと言ってる人たちもいない?
疲れてるから、空耳かしら?
みんなの賑やかなやり取りを聞き、栄善はくすりと微笑んだ。
「雲祈は本当に面白いのだな」
その笑みの余韻を保ったまま、栄善は落ち着いた声で口を開いた。
「そして後は、勘定班は予算の確認を。団丸は訓練隊の隊員を動員し、運搬と保管場所の整理を進めておいてくれ。物資輸送の護衛は七左衛門、道の危険箇所の確認も頼む」
栄善の指示を受けたみんなの横顔が、灯りの下で、一層頼もしく映った。
準備が着々と進む様子に、栄善の顔にはほのかな安堵の色が浮かんでいた。
「では、塩の増量についての話は、これにて一区切りとしよう」
栄善は一呼吸置き、静かに言葉を続けた。
「……次の議題に入る」
その真剣な眼差しを受け、場の空気が一瞬、張り詰める。
みんなは思わず互いに顔を見合わせた。
「どうしたんだろう……?」
そんな微かなざわめきが、そっと場を包む。
知っている私たちは、胸の奥で静かに覚悟を整えていた。
茶々蔵と、幼馴染の私たちだけが知る秘密。
今度の対縁の儀で、栄善が朽葉ノ国への縁談を断ること──
その話が、今まさにみんなの前で語られようとしている。
私たちは、思わずごくりと息を呑んだ。
そして、静かな夜の灯りの下で栄善がゆっくりと口を開いた。




