第42話 杏歌の座学【午後・公儀飛脚編】①
【第二部】遺志を継ぐ者たち―巡―
あの後すぐ「愛の巣」という言葉にぴくりと反応した哀伝が、ばたばたと駆け込んできた。
「ちょっと、雲祈〜。聞き捨てならない言葉が聞こえたんだけど。愛の巣ってどういう意味〜!」
いつものように、言い合いを始める二人。
けれど、そこへ時雨が現れた。
「哀伝、おめぇは何やってんだ。早く仕事しねぇか」
「何〜?時雨。僕、今お取り込み中なんだけど?」
言い終わるより早く、くいっと襟をつかまれる。
「うわっ、ちょ、時雨、待ってよ〜!」
そのままずるずると、引きずられていったわ。
……ったく、仕事放り投げて何やってんのよ、哀伝のやつ。
本当、地獄耳なんだから。
私は軽く笑って気を取り直し、口を開く。
「……さてと。次は、さっき説明していなかった“文書を届ける役目”について話すわね。今日の座学はこれで最後よ。みんな、もう少しだけ頑張りましょうね」
「よろしくお願いします!」
みんなの明るい声が揃い、こうして今日最後の座学が始まった。
「先ほど開門時間と閉門時間の話をしたのは、文書を出す時間がきちんと定められているからよ。その定めを守らなければ、他国へ届く文書に遅れが生じ、やがては国の信頼にまで傷がついてしまうわ」
「ほほぉ。確かに私たちの業務に直結する、とても大切な内容ですなぁ」
「えぇ、そうなのよ、雲祈。私たちの業務は他国へ文書を出すことも多いでしょう?だからこそ、この定めはきちんと心得ておいてほしいのよ」
「杏歌様のお頼みとあれば、もちろんでございますとも〜!」
そう言いながら両手を上げ、嬉しそうに左右に腕を振る雲祈。
その様子があまりにもおかしくて、つい笑いが漏れてしまったわ。
「はははっ、雲祈、なんだそれは」
「ははっ、なんだか不思議な動きだね」
大納と蒼月も、思わず顔を緩めて笑っている。
座学も後半戦に入ってきたし、みんなの気持ちが少しでもほぐれていたら嬉しいわ。
さすが雲祈、盛り上げ上手ね。
「ふふっ。それでは、今から文書を届ける役目の人の話をするわよ。さて、この大切な文書を届ける役割を担っているのは、誰なのか分かるかしら?」
私の問いかけに三人は「うーん」と唸りながら、頭をひねっていた。
しばらくの沈黙のあと、蒼月が両手を上げて、少し困ったように微笑んだ。
「杏歌さん、お手上げです」
「ふふふっ。えぇ、安心して。今からしっかり学べば大丈夫だからね」
その言葉を聞いて、三人はほっとした表情を浮かべた。
「正解は、公儀飛脚よ。公儀飛脚とは、外交や交易に関する文書を扱う人たちで、桂ノ国専属の飛脚のことなの。正式な文書を公儀飛脚以外が出すことは、決して許されないわ。だから、とても大切な役割を担っている方々なのよ」
「はい!杏歌様!」
「どうぞ、雲祈」
「桂ノ国専属の飛脚ということは、もし他の者が正式な文書を出した場合、どうなるのでしょうか?」
「いい質問ね、雲祈。ここはとても大切な要点よ。仮に他の人が正式な文書を出した場合、それは国を脅かす行為と見なされ、厳しい罰が下されるわ。奉書紙を無断で使った人と同じようにね」
「……厳しい罰が下される」
雲祈がぽつりと呟いた。
「……それほどまでに文書とは、扱いを誤れば国を揺るがしかねない重みを持つものなの。国の平和を守るための、大切な取り決めなの……」
しばらく室内には、静けさが漂った。
……少し、重い話をしすぎちゃったかしら。
みんなが重い話に押し潰されてしまったのではないかという不安が胸をよぎる。
もう少し、言い方に気を配るべきだったかしら……
しかし、そんな私の思いとは裏腹に、三人はまるで憧れの存在に出会った子供のように、目を輝かせていた。




