第41話 杏歌の座学【午後・門番編】④
【第二部】遺志を継ぐ者たち―巡―
「……あっ、そうだわ。緊急時に夜間、文書を出す場合の話だったわね。茶々蔵や栄善の許可があるとはいえ、夜組も朝組と同じく、正式な文書かどうかの確認は必須よ。ただ、夜組は文書用の帳簿を持っていないのが朝組との違いね」
大納が腕を組み、呟く。
「夜組の方々は、文書用の帳簿を持っていないのか……」
「えぇ、疑問に思うでしょ?緊急時は茶々蔵か栄善がお城の門番に文書を出す旨を伝えて、門を通過するの。そして国境の門番は、そのことを承知の上で文書を確認して門を通す。だから夜組は文書用の帳簿を持たず、お城に戻ってから口頭で松風へ、松風から茶々蔵、茶々蔵から栄善へと報告が上がる仕組みなのよ」
「皆さんの信頼があってこそ、成り立つ仕組みですね!」
「えぇ、本当にそうね、蒼月。桂ノ国はみんなの信頼があってこそ成り立っているわ。ちなみに、門番の方たちの帳簿は、松風が蔵の金庫で管理しているから、仕事に出向くときには松風から受け取って持っていくのよ」
「この国では、紙の扱いがとても厳重ですものね、杏歌様!」
「えぇ、その通りね、雲祈。そしてその帳簿は、お城に戻って松風へ報告する際に回収され、再び金庫へ保管されるの」
その言葉に、雲祈はふっと息を吐いた。
「ほほぅ……そのような仕組みだったのですね」
「えぇ、そうなの。私たちの国はこうやってたくさんの人に支えられて、守られているのよ」
みんなが真剣に頷くのを見て、私は次の説明へと移った。
その後は、門の決まりについても詳しく話をした。
一段落すると、少しだけ静かな時間が流れた。
ひと通りの話を聞き終えた三人は「なるほど」と頷き、すっきりした表情を浮かべていた。
みんながこの仕組みを理解してくれたのが表情から伝わってきて、私も嬉しいわ。
「みんな、最後に何か質問はあるかしら?遠慮なく言ってね」
私がそう言うと、雲祈がすっと手を挙げた。
「どうぞ、雲祈」
雲祈は私の目を真っ直ぐ見据え、静かに口を開いた。
「このお城に、これまで侵入者が入ったことはあるのでしょうか?」
「……えっ、な、ないけど……」
「仮に入ったとすれば、その者の罪は重罪なのですよね?そして、門番の方たちも責任を負うことになる」
「……えぇ、重罪よ……門番の方たちも、そうね……」
雲祈のいつもの調子とは違う、真剣で迷いのない言葉に、私は思わず戸惑ってしまった。
そして、雲祈が俯きながら呟く。
「……そんなの……」
その言葉に、私は思わず声を上げた。
「……ちょ、雲祈、大丈夫?」
「……ない……」
雲祈は視線を落としたまま、かすかに続けた。
私は慌てて駆け寄り、肩に手を置こうとした。
その瞬間──
雲祈は立ち上がり、拳を握り締めた。
「そんなの私、許せないです!!」
その声が、静かな部屋を突き破った。
「……びっ、びっくりしたわ」
「……どうしたんだ、雲祈」
「……本当だね、急に立ち上がって」
私も大納も蒼月も、突然の大きな声に驚きを隠せなかった。
襖の向こう側からも「どうしたんだ?」といった声が漏れ聞こえてくる。
その声が響く中、雲祈はさらに顔を上げた。
視線は、真っ直ぐ私へと向けられている。
「私は許せないです!仮に侵入者が入り込んで、私と杏歌様の愛の巣を引き裂こうとするなんて……!!絶対に許すことなどできません!!」
自信たっぷりに、そう言い放った雲祈。
……私も、大納も、蒼月も目が点になったのは言うまでもない。
私は少し間を置いてから、気を取り直して口を開いた。
「……さぁ、みんな。お茶でも飲んで、少し休憩しましょう。次の座学はそのあとで始めるわ」
「あぁ〜、杏歌様〜待ってください〜」
雲祈が何か言っているけど、私は知らんぷりよ、知らんぷり。
……ふふ、まったく元気なんだから。
こうして、門番の座学は賑やかに終わったのだった。




