第36話 杏歌の座学【午前・紙屋編】
【第二部】遺志を継ぐ者たち―巡―
これは、雲祈と大納、そして蒼月の三人がこのお城に入って間もない頃の話。
私は、三人の教育係を任されていた。
教育係と言っても、この国やお城における基本的な決まりを教えるだけのことなんだけどね。
今日もいつものように、私の書斎に三人を招き、座学を教えていた。
「──っと、説明はここまでよ。何か質問はある?」
私がそう言うと、雲祈が力強く手を上げた。
「はい!杏歌様!」
「はい、雲祈」
「この桂ノ国では奉書紙を購入できるのは、家老である茶々蔵さんか、殿である栄善様のみ。そして、それは諭作さんのお店である福紙堂で購入できるとのことですが、万が一、そのお店に何かあった場合は、どのように対処するのですか?」
その問いに、私は思わず感心した。
この頃からすでに、雲祈は今と変わらぬ賑やかな調子ではあったけれど、仕事のこととなると、ひどく鋭い感性を持っている子だった。
さすが、団丸と七左衛門の弟分だわ。
「……確かにそうだな。他国との大切な文書も書けなくなってしまう……」
「本当だね。万が一のことに備えておかないと、国として一大事になるよね」
大納と蒼月も、揃って眉間に皺を寄せ、うーんと唸りながら考え込んでいる。
ふふっ。
一生懸命に考えていて、可愛い子たちだわ。
「雲祈、鋭い質問ね。感心したわ」
私の言葉に、雲祈はぱぁと花が咲いたような表情を浮かべた。
「そして、その問いにどう備えるべきか考えている大納と蒼月もとても立派よ」
大納と蒼月も照れたように、それでも嬉しそうに微笑んだ。
「この桂ノ国ではね、万が一に備えて、予備の紙屋が用意されているのよ」
「……なるほど、予備の紙屋ですか!」
雲祈が何かひらめいたように、手のひらをぽんっと叩いた。
「そうよ。てふ紙屋という紙屋で、煎承という人がお店を設けているの。諭作のお店と同じように、普通の紙や文具は町の人たちでも買えるけれど、奉書紙だけは、茶々蔵と栄善に限って購入できる決まりなのよ」
みんなは納得したように、首を縦に振っていた。
「杏歌様、てふ紙屋さんは普段も諭作さんのお店のように私たちも何か購入できるのですか?」
「えぇ、もちろんよ、雲祈。諭作のところで備品が切れているときは、煎承のところへ行って購入しても差し支えないわ。お城も正式に認めているお店だからね」
「なるほど、なるほど。そして、その備品などの支出の管理が、私や蒼月の役目なのですね」
「えぇ、そうよ大納。柚寧が予算の最終承認や支出の判断を下して、帳簿や予算の整理、精算を勘定班の大納と蒼月が担うのよ」
「なんだか、すごく責任感のある仕事だね、大納。私、とても楽しみになってきました杏歌さん!早く柚寧さんの指導のもと、勘定の仕事がしたいです」
「私も早く、杏歌様とご一緒したいです!」
ふふふっ。
みんなが楽しそうで、私まで嬉しくなるわね。
雲祈の言葉は、色んな意味が込められていそうだけど……
「みんな素敵な心意気ね。頼もしいわ。じゃあ、福紙堂とてふ紙屋へ奉書紙を届けている製紙職人は誰だったかしら?」
「はい!杏歌様!」
「はい、雲祈」
「糯紙屋の糯虎さんです!」
「えぇ、そうね。正解よ」
「……あぁ〜雲祈に先を越されてしまった」
大納は悔しそうに肩を落とした。
先を越された大納の肩に、蒼月がそっと手を添える。
「大納、私たちも頑張ろうね」と優しく声をかけた。
「ふふっ。さぁみんな、お昼の甘味の時間まではもう少しよ。その時間が来たら、一旦休憩しましょうね」
「はーい!」
三人が元気よく返事をし、午前の座学は幕を閉じた。




