第34話 賑やかな廊下―交差―
【第二部】遺志を継ぐ者たち―巡―
今日も朝座から一日が始まり、その後は書斎にこもってひとり書類と向き合っていた。
「……よし。粗方、片付いたわね」
小さく息をつき、両手を上げて背筋を伸ばす。
張りつめていた体が、ようやくほどけた。
「それじゃあ……この書類を春風のところへ届けなくちゃ」
書類を整え、抱え直して廊下へ出る。
静かな廊下に足音がかすかに響く。
そのとき、ちょうど向こうから哀伝と綿花が歩いてきた。
「あれ〜、杏歌。書類を抱えてどこへ行くの?」
「すぐそこの春風の書斎よ。哀伝と綿花は、これから外回り?」
「そうなんだ〜。今日はね、綿花は諭作のところへ行くんだよ。もうじき独り立ちだから僕の付き添いで最後の確認なんだ〜」
「ふふっ、そうなの。綿花はしっかりしてるもの。きっと大丈夫よ」
私の言葉に、綿花は小さく微笑んだ。
「杏歌さん、ありがとうございます。緊張しますが頑張ります」
そんな和やかな会話を交わしていると、外回りから戻ってきた雲祈が廊下の奥でこちらに気づき、そのまま姿を現した。
「あぁ〜、帰ってきて早々、杏歌様のお姿を拝めるとは!今日という日は、なんと素晴らしい日なのでしょう〜」
右手を高く掲げ、左手を胸に当てて、芝居がかった調子でそう言う雲祈。
「……雲祈って、絶対に杏歌のことしか視界に入ってないよね……」
「……はい。そうですね」
哀伝と綿花が、そろって呆れたように息をついた。
「雲祈、外回りご苦労様。次は報告書が待ち構えてるっていうのに本当に元気ね」
「もちろんです。なんと言っても、私の元気の源は杏歌様〜。あぁ〜杏歌様、頑張った私をどうか抱きしめてください〜」
その言葉が終わるより早く、雲祈の前に哀伝がすっと立ちはだかった。
「ちょっと、雲祈〜。杏歌が抱きしめるのはこの僕だけなんだけど?だいたい、僕たちのこと見えてるの?」
頬をぷくっと膨らませ、あからさまに不満そうな顔をしている。
それでも、どこか幼さが残っていて──
ふふっ。
ちょっと哀伝ったら可愛いじゃない。
なんて、思った私がいた。
あっ、これは哀伝には内緒だからね?
哀伝の問いかけに応えるように、雲祈が口を開いた。
「哀伝さんに綿花さん!もちろん見えておりますとも!……ところで、お二人は今、何をされているのですか?」
「今から二人は、諭作のところへ行くそうよ。綿花がもうすぐ独り立ちだから、哀伝が最後の付き添いみたいよ」
私の言葉を受けて、雲祈は綿花の方へ振り返った。
そして綿花の両肩にがしっと手を添え、輝く眼差しでこう言った。
「綿花さん!今日が最後の付き添いなのですね!今後、分からないことなどありましたら私になんでも聞いてくださいね!」
綿花は雲祈の勢いに少し戸惑いながらも、くすっと笑みを浮かべた。
「……ふふっ。雲祈さん、ありがとうございます」
ふふっ。
雲祈ったら、後輩ができてよほど嬉しいのね。
けれど、今いちばん綿花の不安を分かってあげられるのは、同じく新人である雲祈たちだもの。
綿花にとって雲祈の存在はきっと──心強いはずよね。
そしてその賑やかな輪の向こうから、さらに声が重なり──やがて、こちらへと近づいてきた。




