第33話 伝えられない想い
【第二部】遺志を継ぐ者たち―巡―
「杏歌……あのときの続き、しよ?」
──!!!
「……な、な、なに言ってんのよ〜、哀伝〜!」
顔が熱くて、思わず手で頬を押さえた。
この男は、ほんとそういうことをさらっと言っちゃうんだから〜!
「ほんと……なんでそんなこと言うのよ〜!あんたって奴は〜!」
「ぷはははは〜っ!杏歌ったら、顔が真っ赤だよ?ほんと、可愛いんだから」
私の心臓はばくばくしてるっていうのに、哀伝はそんなこともお構いなしに無邪気な笑顔を浮かべている。
……もう、ほんと。
この人は、いつだって私の心を奪っていくんだから。
「今日は杏歌の可愛い顔を見られたから満足かな〜。それに、楽しみは後にとっておかないとね〜」
その言葉に再び私の顔に熱がこもる。
そんな私をよそに、余裕のある笑みを浮かべる哀伝。
あぁ、もう……
どきどきが止まらないじゃない。
哀伝がふと顔を近づけるようにして、小さく息を吐いた。
「あっ……でも」
その言葉に、私は思わず視線を上げる。
「なっ、なに?」
哀伝は楽しそうに笑って無邪気にこう言った。
「僕、杏歌に膝枕してもらいたいな〜?」
「……膝枕?」
「うん!杏歌さっき、できることなら手伝ってくれるって言ってたでしょ?だから僕に膝枕して!」
何の曇りもない真っ直ぐな瞳で、哀伝は私を見つめていた。
「……しっ、仕方ないわね。……ほんの少しだけだからね!」
「やった〜!ありがとう杏歌〜!」
私は正座をして、そっと膝を叩いた。
哀伝はにっこり笑いながら、ゆっくりと頭を私の膝に乗せる。
さらさらとした黄金色の髪に、私はそっと指を滑らせた。
「へへっ。くすぐったいよ杏歌」
哀伝は、くしゃっと子供みたいな笑みを浮かべる。
「ふふっ。哀伝の髪、本当にさらさらしてるわね」
「僕の髪、綺麗でしょ〜?」
「えぇ、とても綺麗よ」
「へへっ。ありがとう」
撫でるたびに、指先に伝わる柔らかさ。
その心地よさに応えるように、哀伝は小さく息を吐き、目を細めた。
「……杏歌の手、僕、すごく落ち着く……」
「そう?哀伝が落ち着くなら私も嬉しいわ」
「……うん、すごく……ふわふわする……」
「ふふっ……ったく。哀伝ったら、猫みたいね」
「……僕、猫じゃ……な……」
言葉が途切れた直後、哀伝のまぶたがゆっくりと重なっていった。
やがて、すやすやと規則正しい呼吸が聞こえてきた。
「ふふっ……寝ちゃったわね」
私の膝の上で、哀伝はすっかり無防備な顔をして眠っている。
あんなふうにいつも明るく振る舞ってるけど──きっと、疲れてたのよね。
可愛い寝顔しちゃって。
ほんと……子供みたいなんだから。
「……きょ……か……」
ふふっ。
一体、どんな夢を見てるのかしら?
「……僕……まも……る……から……ね……」
……哀伝ったら。
夢の中まで、私のことを守ってくれてるのね。
どこまでも──私の心を虜にするんだから。
私は膝の上ですやすやと眠る哀伝をそっと撫でながらしばらく見つめていた。
起こしてしまわぬように、吐息に紛れるほど小さな声で静かに囁く。
「……哀伝、好きよ……」
その言葉は、眠る彼には届かない。
……起きていたとしても、きっと私は同じように言えなかったでしょうね。
分かってるのにね。
哀伝が私のことを想っていてくれていることくらい。
それでも私は、幼い頃からの距離に甘えるみたいにその一歩を踏み出せずにいる。
いつかちゃんと伝えられる日が来るのかしら……
私はただ、彼の眠りを守るように、言えなかった想いごと抱きしめながら静かに時が過ぎるのを待っていた。




