第3話 愉快な仲間
【第二部】遺志を継ぐ者たち―巡―
朝の光に包まれて、小鳥の囀りで目を覚ます。
「ん……もう朝か」
柄杓で水を汲み、顔を洗う。
まだ少し冷たい水に、体がすっと目覚める。
「よし、今日も頑張るわよ」
私は支度をして、朝の澄んだ空気の中、みんなの元へと向かった。
廊下を歩いていると、前から元気よく走ってくる人影があった。
「おはようございます、杏歌様!あぁ〜、今日もお美しい」
「おはよう、雲祈。朝から元気でいいことだわ」
そう言って微笑む私の前で、丁寧に跪いているこの元気な青年は、雷音 雲祈。
一ヶ月前に入った私の後輩で、外交使者を務めている。
「今日も朝から美しい杏歌様を拝見できて、私は大変幸せです」
「ありがとう、雲祈」
雲祈のこの調子には、もう慣れてるから、私も軽く流してるんだけど……
私が初めて雲祈に出会ったのは、まだ幼い頃のことだった。
雲祈は団丸と七左衛門にとって弟のような存在で、二人と同じく農民の家の出だ。
本来なら、同じ時期にお城へ入るはずだったんだけど、家の事情でそれは叶わなかった。
それでも『いつか一緒に仕事ができたらいいね』と話していて、その約束が今回ようやく叶ったの。
初めて出会った日に、雲祈は私に一目惚れしたらしい。
正確には、一目惚れというより、憧れの存在なんだって。
「杏歌様、私は今日もあなたのそばを離れません」
「いや、そこまでしなくていいのよ」
雲祈って、ちょっとぶっ飛んでるのよね。
まぁ、そんな素直なところが可愛い後輩なんだけど。
「ちょっと、雲祈〜!僕の杏歌なんだから、そんなに引っ付かないでくれる?」
「安心してください、哀伝さん。私は杏歌様のことを尊敬の眼差しで見ているのです。決して、やましい気持ちなどございません!」
「本当なの〜?春風ちゃんと見張っておいてよね」
あんたたち……
どんな言い合いしてんのよ……
そんな二人のやりとりを見ていると、頭にぽんと大きな手が置かれた。
「まったく、うちのお嬢は人気者だな」
「ちょっと……お嬢って呼ばないでよ、春風」
俵屋 春風。
私の上司で、昔から兄のような存在。
もともとは戦術担当だったんだけど……
訳あって、今は外交奉行を務めている。
お城の重役でもあり、外交の最前線を支える存在なの。
私のことを、なぜか「お嬢」や「お嬢様」と呼ぶ人たちもいる。
昔、哀伝に『なんでだと思う?』って聞いてみたら『さぁ〜?杏歌が怖いからじゃないの〜?』なんて、冗談めかして言われた。
「ひっく、ひっく……おめぇら、また言い合いしてんのかぁ〜。げぷっ」
「お前……また私の酒を勝手に飲んだだろう、時雨」
この酔っ払いは、万里小路 時雨。
哀伝の上司で、こう見えても交易奉行──お城の重役の一人でもある。
時雨は昔から、お酒が大好き。
いつも春風が大切にしているお酒を勝手に飲んでは、すぐに酔っ払ってしまう。
「ったく、あとはお前のところだけだぞ。交易使者は見つかったのか?」
「わぁ〜かってるっつんだよ〜。俺だって、今探してんだよ〜。げぷっ」
本当に、分かってるんだか……
私たちは今、人員を増やしている。
それは、身分制度廃止に向けて、新たな勢力が必要だから。
そして、この動きは──後に控える「対縁の儀」の準備でもあり、身分制度廃止の布石でもあった。
外交班と勘定班には、新しい子たちが入ったんだけど、交易班だけはまだなのよね。
「時雨!あなたまたお酒ばっかり飲んでいらっしゃるの!?交易使者はまだ見つからないのかしら?」
「……げっ、げぷっ。柚寧……」
今、時雨を叱っているのは、勘定奉行の久々宮 柚寧。
きっちり者で、昔から私もよく叱られていた。
ちょっとうるさいけど、面倒見がいい人。
春風や時雨と同じく、お城の重役でもある。
「杏歌、うるさいは余計ですわ!」
あっ、心の声が漏れちゃってたみたい。
そういえば──
栄善が心を開けずにいた時期から、時雨、春風、柚寧の三人は、ずっと彼を見守っていたのよ。
でも、そんなみんなも、私たちに馴染んでいく栄善の姿を見て、少しずつ距離を縮めていったの。
今じゃ、考えられないけどね。
ところで、どうして時雨が叱られているのかというと……
各班の新人を入れるのは、奉行たちの役目だから。
これは栄善の意思でもある。
身分で人を選ぶのではなく、人柄や才能を重視する──
その道を最初に開いたのが、団丸と七左衛門だった。
身分制度廃止に向けての、第一歩となったの。
今回も人柄や才能を重視して、新しい人材を探さないといけない。
なのに、時雨は一日中飲んでばかり。
町へ出て探しているのかと思えば、行きつけの飲み屋で呑んだくれている。
まぁ、昔からのことだから、今に始まったことではないんだけど……そろそろ、どうにかしないといけない時期なのよね。
「時雨、朝からお酒飲むのやめてよね。僕たちいつも大変なんだよ?本当いい加減にしてほしいよ」
「んだとぉ〜、哀伝〜。俺ぁ〜おめぇに言われたかねぇ〜よ。この城一番のやんちゃ坊主が〜。げぷっ」
「この城一番って、どういう意味〜?僕、別にやんちゃ坊主なんかじゃないんだけど?」
あーあー、また始まっちゃったわ。
恒例の交易班の言い合い。
まぁ、私たちはその光景を面白く眺めて、楽しんでいるんだけどね。
「哀伝〜、何を言っておるのじゃ。お前は間違いなく、この城一番のやんちゃ坊主ではないか。あたたたたっ……この腰も、哀伝、お前のせいじゃからな……」
「茶々蔵、大丈夫か?まぁ、哀伝のせいというより、私たちのせいだな……」
そう言って現れたのは、茶々蔵と栄善。
「なんでみんな、僕のことそんなふうに言うわけ?」
「お前が栄善を悪の道へ誘ったんじゃ〜!」
そう言いながら、拳を上げる茶々蔵。
「茶々蔵、いつもそう言うけど、僕、栄善のこと悪の道なんて誘ってないんだけど?」
「まったく……茶々蔵も、お前らの面倒を見るのは大変だな」
「まったくだわ」
「げぷっ」
「しかし、そのおかげで私は杏歌様に出会えたのです!」
みんなが思い思いの言葉を口にしているけれど、その口元には自然と笑みが浮かんでいた。
茶々蔵が『悪の道へ誘った』と言っているのには理由があって……
それは、彼らがやんちゃ坊主と呼ばれるきっかけとなった、こんな出来事──




