第29話 あの子
【第二部】遺志を継ぐ者たち―巡―
あれからトワちゃんは、お手伝い係としてお城に馴染んでいった。
秋の風が冷たさを増す中、季節は静かに晩秋へと近づいていく。
トワちゃんが来てからというもの、城中では「じゃがいも占い」なる噂が広まり、ひそやかに話題になっていた。
どうやら、歪なじゃがいもが食事に出た日は当たりで「一日、良い日になる」って言われているみたい。
きっかけは、朝の門番・大小組の琥景と煌景が、いつものように言い合いをしていて、その歪なじゃがいもを見て大笑いしたこと。それで仲直りしたらしいの。
周囲からも「元気が出た」なんて様々な声が聞こえてきたみたい。
それを見た団丸が『じゃがいもが歪な形のときは当たりだー! 一日、良い日になるぞー!』と大声で叫んだのが、この噂の発端らしいわ。
ふふっ。
叫ぶなんて……本当に団丸らしい。
あっ、そうそう。
団丸と言えばね、哀伝と七左衛門にこんなことを聞いたのよ。
団丸の夢は「将来お嫁さんに毎日じゃがいものお味噌汁を作ってもらうこと」らしいの。
じゃがいものお味噌汁が大好きな、団丸らしい夢よね。
哀伝も七左衛門も初耳だったみたいで、二人とも驚いてたわ。もちろん、私もその一人。
……ふふ。
団丸の夢、可愛いわよね。
その後、哀伝たちは、栄善に頼まれた通りトワちゃんのところへ、ちょこちょこ顔を出しに行っているようだった。
トワちゃんはとても話しやすい子みたいで、三人とは自然とすぐに打ち解けたみたい。
お菊も「いい子が来てくれて嬉しい」と笑顔で言っていたと聞き、私も嬉しくなった。
私は会議に行く途中、通路越しにトワちゃんの姿を見たんだけど、小柄でとても可愛らしい子だったわ。
え?「私はまだ話したことないの」って?
みんな何言ってんのよ。これからよ、これから。
トワちゃんは字がとても綺麗なのよ。
食堂の前には御品書きが貼られているんだけど、一文字一文字、丁寧に心を込めて書かれているのが伝わってくる。
じゃがいも料理の日には、隅に小さなじゃがいもの絵まで添えられていて、お茶目さがまた可愛らしいわよね。
トワちゃんがこのお城に現れたあと、栄善たちは各門へ赴き、防御体制に欠陥がなかったかを厳しく点検した。
けれど、目立った不備は見つからなかったみたい。
そして──各門の通行帳簿にも、トワちゃんの名前はどこにも記されていなかった。
トワちゃんの証言が真実。
それ以外に信じられるものは、何もなかった。
あのとき、最初に反対の声を上げた時雨は、トワちゃんの小柄で可愛い姿を見て『あんなちっせぇのが、国を脅かす侵入者なはずねぇな。だははっ!』と、どこか安心したように笑っていた。
おまけに、『杏歌〜おめぇ、怖ぇ〜んだから、泣かすなよ』なんて、また言ってたのよ?
……まったく時雨って奴は。
私のこと、なんだと思ってるんだか。
まぁ、時雨も心から受け入れてくれてるみたいで──それだけで、私は嬉しい。
……でも、喜んでる時間はないのよね。
書類が待ってくれないんだから。
私は今、期日間近の書類に追われていた。
この間、柚寧に叱られたばかりだし、こればかりはきちんと期日を守らないとね。
私が書斎で書類を仕上げていると、どこからか私を呼ぶ声が聞こえてきた。
静かに襖が開かれ、茶々蔵の声が書斎に響いた。
「杏歌、わしじゃ。会議の時間が早まったんじゃ。今から来れるかの?」
私は顔を上げ、茶々蔵の方へ視線を向けた。
「茶々蔵、今日は早いじゃない?栄善たちとの朝座はもう終わったの?」
「うむ。今日は栄善が対縁の儀の来客に出す品を買いに、町へ行かねばならん。じゃから朝座を早めに切り上げたんじゃ」
「そうだったわね……期日が迫ってる書類に追われてて、すっかり忘れてたわ」
「ほほっ、杏歌は本当に仕事詰めじゃの」
「ふふっ、会議詰めの茶々蔵がそれを言うの?」
「ほほっ、そうじゃの」
「栄善はもう町へ出掛けたのかしら?」
「あぁ、朝食後に行くと言っておったから、もう出たじゃろうな。あの子を誘って行くと言っておったぞ。トワさんを」
「ふふっ、そう。やるじゃない栄善」
言葉を交わした瞬間、私と茶々蔵の頬が思わず緩んだ。
「あぁ〜、集中力が切れたらお腹が空いてきちゃったわね」
私は右手の拳を軽く握り、屈伸をしながらそう言った。
「ほほっ。わしらはもうひと頑張りじゃの」
「さてと、会議の間へと行くとしますか。今日の朝食に、じゃがいもはあるかしら?」
「あれば楽しみじゃの」
そんな他愛のない会話を交わしながら、私たちは会議の間へと向かった。




