第28話 海を越えて来た者―融和―
【第二部】遺志を継ぐ者たち―巡―
張り詰めていた空気がほどけると、会議は少しずつ次の話へと進み始めた。
「皆に、不安な思いをさせてしまい申し訳ない。先ほど七左衛門が述べた通り、各門へ出向き、防御体制の確認を徹底する」
「そうじゃの。国の防御体制の再確認として、良い機会になったかもしれぬな」
茶々蔵が言葉を続ける。
「わしと栄善はもちろんじゃが、団丸、七左衛門もよろしく頼む。各門番たちには『対縁の儀に備えて』と言っておこう」
団丸が笑顔で応える。
「ここはおいらたちに任せておけ!」
七左衛門も腕を組みながら言う。
「訓練と戦術。俺たちの一番の見せ所だな!」
そう言って、栄善と微笑みを交わした。
「城の者たちには、これから忙しくなることもあり、受け入れた者がいることだけ伝えておく。入城の経緯については伏せてほしい。疑問が出たら『その手配は私の裁量で行った』と伝えてくれ」
みんなが力強く頷き、返事をした。
その声が、部屋の空気を一気に明るくした。
「栄善、その子は何の役職にするの?」
哀伝の問いかけに、みんなも「確かに」と頷く。
「その者は、お手伝い係として雇うつもりだ」
「お手伝い係なら、ちょうど探していたところだし、いいんじゃないか」
「えぇ、そうね。春風の言う通り。お菊も対縁の儀に向けて大変でしょうし……私も賛成よ」
春風と柚寧の言葉に続き、周囲からも次々と同意の声が上がった。
「そういえば栄善。その子の名前は?」
私の言葉に、自然と栄善へ視線が集まる。
「名を申してなかったな。その者は、笠原トワという」
「トワちゃんね!」
「あぁ。みんな、よろしく頼む」
栄善は柔らかく微笑んだ。
「哀伝、団丸、七左衛門。すまないが、今後、私が顔を出せぬことも多くなるかもしれない。だから、時折で構わぬ。トワが困っていないか様子を見てやってはくれないか?慣れぬ城という環境で、苦労もきっと多いだろうからな」
「もちろんだよ栄善!僕たちに任せてね!」
「おう!おいらの訓練に付き合わせてやるぞ!」
「団丸、訓練は要らないだろ……杏歌じゃないんだぞ。まぁ、任せとけよ栄善」
「七左衛門……なんで私が訓練漬けみたいになってんのよ!」
「な〜に言ってんの?杏歌は体力ゴリラでしょ?」
にっと、からかうような笑顔を向けて哀伝が言う。
私たちはいつものように言い合いを始めた。
「ほほっ、また賑やかな日常に戻りそうじゃの」
「ったく……あいつらは」
呆れたような、それでいてどこか楽しげな視線が、私たちに向けられる。
そんな中、栄善が再び口を開いた。
「哀伝、団丸、七左衛門、誠に感謝する」
そう言ってから、栄善は私へ視線を向ける。
「杏歌、お前も忙しいとは思うが、時間があるときで構わぬ。トワと話をしてやってくれ。同性のお前のほうがきっと打ち解けやすいだろう」
「えぇ!もちろんよ!」
私が即答すると、柚寧はためらいなく口を挟んだ。
「杏歌、あなた……そんなこと言っておいて本当に大丈夫なの?仕事詰めのあなたにそんな約束ができるなんて、とても思えないわ」
その言葉に、春風も小さく息をついて同意する。
「……確かに、これは私も柚寧に同意だな。それに杏歌、今後はますますお前の仕事が増える。杏歌にはあまり期待しないほうがいいぞ、栄善」
「ふっ……春風、それもそうだな」
「ちょっと、栄善まで何言ってんのよ?私だって時間くらいちゃんと作れるわよ」
私は腰に手をあててどや顔で言ってやったの。
そしたら、今度は時雨が──何て言ったと思う?
「だははっ!」
場の空気を切り替えるように、時雨が大きく笑った。
「杏歌、おめぇいいのか?栄善が初めてこの城に来たとき、思いっきり喧嘩腰だったじゃねぇ〜か」
みんなの視線が、一斉に私へ向く。
「おめぇが怖くて逃げ出したらど〜すんだよ〜。やめとけ、やめとけ」
時雨は顔の前で手のひらを振り、軽く茶化すようにそう言った。
その言葉に、部屋のあちこちから、小さな笑い声がこぼれた。
「そんなこともあったな」
「懐かしいわね」
「あのときの杏歌、怖かったもんね〜」
「気が強いおなごがいると思っていたな」
「それは大変だ!逃げ出すかもだぞ!」
「杏歌との接触は……様子見だな」
「あぁ〜、喧嘩腰の杏歌様も捨てがたい!」
「蒼月、きっと凛々しいに違いないぞ」
「栄善様に喧嘩腰の杏歌さん必見だよね」
「綿花、またきのこを食べたらいいのかの?」
「はい。大人しくなるかもしれませんね」
……どうしてこうもみんな私に対して、こんなに失礼なわけ〜っ!!!
私は握り締めた拳をぷるぷると震わせた。
「みんないい加減にしなさいよー!!」
拳を振り上げ、私は声を張り上げる。
「みんな、危ないぞ!体力ゴリラが怒り始めた!逃げろー!おいらに続けーー!!」
「待ちなさいーー!!」
団丸の掛け声を合図に、みんなは一斉に会議の間を飛び出していった。
「待ってくれ〜、わしゃ腰が痛いんじゃ〜」
「茶々蔵、僕に捕まって!杏歌に捕まったら終わりだよ!」
「哀伝!私が怪物みたいじゃないのよー!!」
「あぁ〜杏歌様、どうか私を捕まえてください。あなたに捕まるのなら本望です」
「ちょっと〜雲祈〜。それはだめだから。杏歌に捕まるのは僕なんだからね」
案の定、哀伝と雲祈は言い合いを始め、これでは埒が明かないと判断したのか、それぞれの上司である時雨と春風が、二人の首根っこを掴んで引きずっていった。
こうして──
お城にはまた一人、新たな存在が加わることとなった。
賑やかで、少し騒がしくて、それでもどこか温かな日常がまた動き出そうとしていた。
私はこのとき、みんなに言われた通り、これから先トワちゃんと直接会えない日が来るなんて、まだ知らなかった。




