第24話 哀伝の甘い説教―雷―
【第二部】遺志を継ぐ者たち―巡―
私は今、別の意味で心臓がばくばくしている。
「……柚……寧……?」
哀伝も団丸も七左衛門も、そして栄善も。
みんな腰が抜けたように、ぽかんと固まっていた。
その柚寧の声に、ぞろぞろと人が集まってくる。
「今、雷が落ちなかったか?」
「春風、ぜってぇ〜落ちたぜ。間違いねぇ」
「ここは……愛しき、杏歌様のお部屋!」
「何!?では、杏歌さんのお部屋に雷が?」
「慌てないで、大納。慎重に確認しようよ」
「綿花、雷が落ちたの、分かるかの?」
「茶々蔵さん、いえ。見当たりませんね」
みんなが騒いでいる最中も、柚寧だけはさらに声を張った。
「杏歌!今、担当してる書類はどうしたの!?今朝一番に私に届けるはずだったでしょ!?他国との取り決めの期日が迫ってるのよ!!」
「……げっ!?忘れてたわ!!待って、書類はもうできてるのよ?」
私は慌てて立ち上がり、ふと気づく。
(書類は……書斎だわ……!!)
「ちょっと待って、書斎にあるから……!」
私は慌てて部屋を出て、書斎へ走った。
書斎の机の上に置かれた書類を掴むと、そのまま部屋へ戻る。
戻ってくると、柚寧が静かに腕を組んでいた。
「あっ、あったわ!春風への確認も済んでるわ」
「……そうね。しっかり、外交奉行の公印も付いてるわね。ありがとう。しかし杏歌、期日はしっかりと守るのよ」
「……はい。ごめんなさい」
私と柚寧の一連のやり取りを見ていたみんなが、驚いた表情を浮かべた。
「……どうしたんだよ、杏歌」
「……春風の言う通りだぜぇ」
「あぁ〜、素直な杏歌様も素敵です!」
「蒼月、貴重な杏歌さんを拝見できたな!」
「うん、今日はきっと良い日に違いないよ!」
「昨夜、変なものでも食ったのかの?」
「昨夜のきのこかもしれませんね……」
……私って、そんなに普段は素直じゃないの?
みんなの反応に、私は肩を落とした。
「なんか、哀伝が杏歌に説教したのが効いてるみたいだぞ〜!がははははーっ!」
……って、げぇーーー!!!!
これじゃまた振り出しじゃない!!
団丸、余計なこと言うんじゃないわよ〜!!
「おっ、哀伝〜。さすがやんちゃ坊主だなぁ〜。なんて言って、暴れ馬を大人しくさせたんだ〜」
「暴れ馬って何よーー!!時雨ーー!!」
私が拳を上げてぷんすか怒ると、みんなはくすくすと笑い始めた。
「確かに、それは興味あるわね」
柚寧まで〜!!
「へっへっへ〜ん!杏歌を大人しくさせた理由、それはね〜……」
みんなが興味津々な表情で、哀伝の次の言葉を待つ。
私はもう終わった……そう思った。
次の言葉が出るのを覚悟した瞬間、哀伝がからかうように言った。
「それは、僕と杏歌だけのひみつだよ〜!へっへっへ〜」
私は一気に肩の力が抜けた。
「んだよ〜、勿体ぶんじゃねぇ〜よぉ〜」
「私も興味津々だったがな」
「あら、残念だわ」
みんながぶーぶー言っていると、茶々蔵が口を開いた。
「ほれ、みんな。仕事を始めるぞ。杏歌も早く準備して来るんじゃぞ」
そう言うと、みんなはぞろぞろと仕事場へ戻っていった。
「俺たちも行くかな」
「おう!そうだな!訓練に励むぞー!」
七左衛門と団丸、栄善も口々に声を掛けて去っていく。
「杏歌、哀伝、準備が整ったら来るのだぞ」
その声だけが、静かに部屋に響いた。
そして再び部屋には、私と哀伝、二人きりになる。
「杏歌ももう大丈夫みたいだし、僕もそろそろ行こうかな〜」
そう言って、哀伝は部屋を出ようとした──けれど。
何かを思い出したように、くるりと踵を返し、今度はまっすぐ私の方へと歩いてくる。
そして、哀伝は私の耳元に顔を寄せ、囁いた。
「さっきの続きは……また今度しようね、杏歌」
ーーーっ!!!!
その一言で、胸の奥が一気に熱くなる。
じわじわと込み上げる恥ずかしさに、顔まで熱くなるのが分かった。
そんな私を見て、哀伝は満足そうに笑う。
「やっぱり、杏歌を手なずけられるのは僕だけじゃないとね!」
からかうようなその声に、私は悔しいのに、何も言い返せなかった。
「杏歌も準備したら来るんだよ〜? じゃあまたね〜!」
そう言って、哀伝はひらりと手を振り、何事もなかったように部屋を出ていった。
……ほんと、昔から調子いいんだから。
そう思いながら、私は小さく息をつき、胸の奥に残る熱を振り払うように身支度を始めた。
っていうか、私って普段からそんなに素直じゃないの?
一人で考え込む私だった。




