第17話 特別―格別なひととき―
【第二部】遺志を継ぐ者たち―巡―
──小道を抜けたその先で、私はしばらく言葉を失っていた。
だってそこには……静かな岸辺に、山茶花が一面に咲き誇る光景が広がっていたから。
「……ここって……」
思わず漏れた私の声に、七左衛門がひっそりと佇む建物へと視線を向ける。
「ここは……『穏花処』って看板に書いてるぜ!」
「ここが……穏花処……」
私はその名を胸の奥で繰り返しながら、自然に囲まれた色とりどりの山茶花の景色を見つめていた。
──蛍火にも、見せてあげたかった。
そのとき、私の手がそっと握られた。
「……哀伝」
哀伝は、静かに岸辺に広がる山茶花を見つめていた。
言葉は何も発さなかった。
それでも、手の温もりが同じ想いを語っていた。
私たちは、美しい山茶花の景色を静かに胸に刻んでいた。
……約一名を除いては。
「おーい!おばちゃん、団子くれー!」
ずこーっ──私は思わず肩を落とした。
「ったく、団子にしか目がいかないなんて、団丸らしいぜ」
「団丸は、食べることが何よりも大好きだからね〜」
「ちょっと、団丸ー!この美しい景色も目に焼き付けなさいよー!」
「おう!杏歌の言う通り、うまいぞ、団子!杏歌も食うか?」
「くすくすっ。どうやら団丸は、今は食することにしか集中していないようだな」
その後も、何度か穏花処には足を運んだけれど、団丸の視線はいつも早々にお団子に吸い寄せられ、山茶花の景色に目を留めることはなかった。
ちなみに、あの後、お城へ戻った私たちは、茶々蔵たちにこっぴどく叱られたわ。
そして、月日は流れ──山茶花団子は、晩秋から冬にかけて販売されることになった。
以前は一日限定で、穏花処のみの販売だったから、町の人たちは気軽に買いに行けなかったの。
そのため、山茶花団子は晩秋から冬の期間中、穏花処での販売をいったん止め、穏花処で作ったものを町へ出して売ることにしたのよ。
町で買えるようになったから、山茶花団子をお城で食べる機会も自然と増えていった。
ある日、団丸が山茶花団子をばくばくと頬張っているのを見て、私は思わず声を荒げた。
「こらー!団丸ー!!もう少し、まろやかな甘さを味わったり、山茶花の形の美しさをちゃんと心で感じて食べなさーい!!」
団丸は口いっぱいにお団子を頬張ったまま、頭にはてなを浮かべ、きょとんとした顔で私を見ている。
私はお団子から視線を外し、少しだけ目を伏せた。
「山茶花団子はね、食べたくても食べられない人だっているの。餅米だって、私たち沿岸国にとっては、とても貴重な物資よ。朽葉ノ国から塩と引き換えに分けてもらっているんだから」
──『次この山茶花団子を食べられるのは一年後か……』
その言葉が、胸の奥からふと蘇った。
山茶花の絵が描かれた箱を毎日眺めては、静かに目を輝かせていた蛍火。
「それに……穏花処に咲く山茶花だって、晩秋から冬にしか咲かないのよ。その景色を見たくても見られない人もいるの」
私は団丸を見て、言葉を続けた。
「山茶花団子も山茶花も……人によっては、とても特別なものなの」
団丸はしばらく黙ったまま、手に持ったお団子を見つめていた。
団丸は、私の大切な幼馴染。
だからこそ、このお団子も、あの景色も──大切にしてほしかった。
「……そうか……確かにそうだな!おいら、穏花処に行ったときも、この団子も、景色とか団子の美しさとか見てなかったな。杏歌、教えてくれてありがとな!」
「私の方こそ、声を荒げちゃって悪かったわ。だけど、きっとより一層、美味しく感じちゃうわよ。穏花処の山茶花の景色を心で感じながら食べるお団子なんて、格別なひとときに間違いないわ。なんていったって、特別なんだからね」
「心で感じると格別なひとときになるんだな!“特別”って、なんか幸せだな!山茶花団子と山茶花は特別だー!がははははー!」
ふふっ。
本当に団丸って素直な人なんだから。
そして、きっと、この日からだったと思う。
団丸が山茶花団子と山茶花を「特別だ」と言うようになったのは。
***
その出来事も、私たちの大切な思い出ね。
あの日のことを胸に刻みながら、私はみんなに言った。
「みんな、団丸の言う通りよ。山茶花団子と山茶花は特別なんだからね。心で感じるのよ」
「あぁ〜、杏歌様、なんて素敵な心得。もう私はあなたにどこまで……」
「そうだぞーー!!特別なんだからなー!!格別なひとときになるんだー!!がははははー!!」
雲祈の声は、団丸の叫び声にかき消された。
「ぷはははは〜っ!もう、団丸も雲祈も、僕、お腹痛くて大変なんだけど」
「だははははは〜!おめぇら、なんだよそりゃ〜よぉ〜っ!!」
哀伝と時雨の笑い声に、我慢していたみんなも一斉に声を上げ、室内は賑やかな笑い声に包まれた。
「ほほっ、賑やかじゃな」
「ふふっ、茶々蔵……本当ね」
特別なものは、誰かと分かち合うほど、もっと特別になるのかもしれない。




