表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/19

第13話 羽田蛍火―夢―

【第二部】遺志を継ぐ者たち―巡―

晩秋の気配が近づいた頃。


城内には、どこか落ち着いた賑わいが広がっていた。


一日限定の山茶花団子(さざんかだんご)が、今年も発売される日だから。


杏歌(きょうか)、今から蛍火(ほたるび)のところへ昼の甘味を持って行くんじゃ。今日一日限定の山茶花団子じゃから、お前さんも来なさい」


「あの噂の山茶花団子!?うん、行く!」


私にとって、山茶花団子を目にするのは、この日が初めてだった。


その名は知っていた。

けれど、実物を見るのは今日が初めて──だから胸が少しだけ高鳴っていた。


私と茶々蔵(ちゃちゃぞう)は、蛍火の自室へと向かった。


茶々蔵が風呂敷をほどき、中の包みを開ける。そこには、色とりどりの山茶花が描かれた紙箱が入っていた。


「わぁ……」


私も蛍火も、思わず声を上げた。


「綺麗じゃろ?これは、山茶花団子専用に作られた紙箱なんじゃ。職人が一つひとつ、丁寧に仕上げているんじゃよ」


蛍火は、箱の絵柄を見つめたまま、静かに呟いた。


「職人さんが、一つひとつ……真心を込めて作ってるんだね」


「しかし、これで驚くのはまだ早い。山茶花団子も、それはまた美しいのじゃよ」


そう言うと、茶々蔵は箱をすっと開けた。


中には、山茶花の形をした淡い色のお団子が並んでいる。


「お団子も綺麗ね。一日限定ってところが、また特別よね」


「ほほっ、そうじゃな」


「蛍火もそう思うでしょ?」


私は蛍火に声をかけた。

けれど蛍火は、横になったまま、ただ山茶花団子をじっと見つめていた。


「蛍火……? 大丈夫? 具合でも悪いの?」


「蛍火、どうしたんじゃ? 大丈夫か?」


私と茶々蔵の心配する声に、蛍火はしばらく間を置いてから、静かに口を開いた。


「山茶花って……本当にあるの? 外の世界には、その箱に描かれているような美しい景色が本当に存在するの……?」

 

──外の世界。


この言葉が、胸の奥に深く突き刺さった。


蛍火は、生まれてから一度も、その“外”を見たことがなかったから。


「……あぁ、そうじゃよ」


茶々蔵のその言葉に、蛍火の瞳の奥が、ほんの一瞬──きらりと光ったような気がした。


「……どこにあるの?」


「この箱に描かれておる山茶花はな、町から少し離れたところにある、穏花処(おんかどころ)という団子屋に咲いているんじゃよ」


「穏花処……」


「山茶花は晩秋から冬にかけて咲く花なんじゃ。穏花処の岸辺に咲く山茶花はな、この箱に描かれているように美しいのじゃよ」


「……ごほっ」


蛍火は、小さく咳き込み、それでも視線を逸らさぬまま続けた。


「僕……その山茶花の景色を、この目で見てみたい。自分の足で歩いて……僕にも、できるかな……?」


茶々蔵は、柔らかな笑みを浮かべ、蛍火の頬をそっと撫でた。


「もちろんじゃよ、蛍火。きっと、見られる。そのときは、わしらと一緒に山茶花を見に行こうな」


「……うん!」


蛍火の声は小さいけれど、その言葉には迷いがなかった。


「さぁ、山茶花団子を食べるとしよう。これは格別に美味しいぞ」


私たちは、山茶花団子のひとときを楽しんだ。


「ん〜……なんて美味しいの!餅米の生地がもちもちしていて、食べ応えがあるわね」


「本当だね。しかも、まろやかな甘さで優しい味……こんなに綺麗で、食べるのがもったいないから、ゆっくり味わって食べないとね」


「これには餡に黒糖が入っているんじゃよ。だから、まろやかな甘さになるんじゃ。蛍火も気に入ったみたいで、わしは嬉しいぞ」


蛍火は、嬉しそうにお団子を見つめながら、小さく微笑んだ。


その姿を見た茶々蔵も、自然と頬を緩めていた。


「茶々蔵、この山茶花団子の箱、貰ってもいいかな?小物入れにしたいんだ」


「もちろんじゃよ、蛍火。好きに使いなさい」


「素敵ね、蛍火。何を入れるの?」

 

哀伝(あいでん)が、僕に外の世界を見せてくれるんだ。そのときに石を拾ってきてくれるんだけど、この箱に入れて大切に保管しようと思ってね」


ふふっ、哀伝らしいわ。


きっと輝くような眩しい笑顔で、蛍火に渡しているんでしょうね。


「ごほっ。次この山茶花団子を食べられるのは一年後か……」

 

蛍火が遠い目をして呟いた。


「そのときは、わしが買ってきてあげるから、またみんなで食べよう」


「うん、そうだね」

 

それから蛍火は、少しずつ夢を語るようになった。


蛍火はもともと、自分の足で外を歩きたいと願っていた。


そして、みんなと一緒に、いろいろな場所を走り回りたいとも。


そして今度は、その願いが一つの形を得た。


自分の足で歩き、あの箱に描かれたような美しい山茶花の景色を、この目で見る──


蛍火は毎日、山茶花の絵が描かれた箱を眺めては、目を輝かせていた。


そして、あの日から一年後の山茶花団子を、心の底から楽しみにしていた。


月日は流れ、季節は再び晩秋を迎えていた。


蛍火が待ち望んでいた山茶花団子の発売日が、ついに訪れた──


私は、茶々蔵が買ってきてくれた山茶花団子を持って、蛍火の自室を訪れていた。

 

「蛍火、茶々蔵が買ってきてくれた山茶花団子だよ。一緒に食べよう」


「……ごほっ、きょ……か、ごほっ、ごほっ」

 

「蛍火!大丈夫?」


私は蛍火の背中を優しくさすりながら、そっと様子を確かめた。


「うん……ごほっ、ごほっ、少し寝たら、よくなる……から。心配……かけて……ごめんね」


ここ最近、蛍火の体調はあまり良くなかった。


起き上がることさえ辛そうで、ご飯も喉を通るのに時間がかかるようになっていた。


(ふすま)が静かに開き、茶々蔵が入ってきた。


「……茶々蔵、蛍火が……」


今にも涙が溢れそうになる私に、茶々蔵は落ち着くように、そっと頭に手を置いた。


「大丈夫じゃ、杏歌。蛍火にはわしがそばにおる。じゃから、心配するでないぞ。ほら、山茶花団子を食べて、元気出すんじゃ」


「……うん」


その言葉から、しばらく経った雨の日。


蛍火は、静かに息を引き取った──

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ