第11話 僕の決意―本当の強さ―【哀伝編】
【第二部】遺志を継ぐ者たち―巡―
その後、春風との対戦はお預けになった。
春風に「今はまだ、私と戦うのは早い」って言われたけど、僕にはその意味がよく分からなかった。
少しだけ春風と訓練をして、僕は静かな城内を一人、歩いていた。
ふと、池のほとりに見知った人物が見えた。
杏歌だった。
いつにも増して、難しそうな顔をしている。
杏歌ってば、また根を詰めて勉強してるんだね。
僕が「たまには息抜きしてね」って、いつも言ってるのに本当に聞いてくれないんだから。
だけど、僕はそんな杏歌のことが大好きなんだ。
僕たちは、物心ついたころからずっと一緒にいたから、いつ杏歌のことを好きになったのかは分からない。
気がついたら、僕の心の中には杏歌がいた。
杏歌って、気が強くてなんでもできそうに見えるでしょ?
だけど、実は陰ですごく努力しててさ。
僕はそんな強がりな杏歌が、愛しくてたまらないんだ。
だから僕は思うんだ。
僕が守ってあげなきゃって。
ほら、僕、なんでもできちゃうからさ──
「杏歌〜!そんな難しそうな顔してどうしたの〜?」
「……あっ、哀伝!あんた今日、見事にさぼったわね〜!」
こんなふうに、僕に大きな声で、ぷんすか怒る杏歌との日々も僕の楽しみの一つなんだ。
そして──あの日は訪れた。
視界が雨と風に覆われ、激しい雨音に僕には何も聞こえなかった。
気がついたら、杏歌が斬られていて、春風が杏歌の前に立ちはだかっていた。
その瞬間、僕の頭は真っ白になった。
「何が起きたのか」
「何をすべきなのか」──何も分からなかった。
ただ、目の前の光景が、胸の奥に刺さっていくのを感じた。
僕は、自分は何でもできると思っていた。
だって、今までそうやって生きてきたから。
だから、深く学ぶなんて考えたこともなかったんだ。
お父上が僕に言っていたこと。
『“見えないもの”を極められないうちは、大切な者も守れぬぞ、哀伝』
僕は、表面上のことしか見えてなかったんだ。
あのとき、もし僕に空気を読む力があったなら。
激しい雨音の中でも集中できていたなら。
予期せぬ変化にいち早く気づけていたなら。
きっと、杏歌を守るのは僕だった。
だけど結局、杏歌を守ったのは春風だった。
僕は「僕が守る」なんて言っておきながら、どんな顔をして杏歌に会えばいいのか分からなかった。
あれから僕は、お父上に稽古をつけてもらい、武術の基礎を徹底的に学び直した。
“力”だけではなく、研ぎ澄ませた集中力、判断力、そして人の心を読む力──今までつまらないと思って避けてきた深い部分まで。
その期間、僕は杏歌に会わなかった。
もちろん、僕の不甲斐なさで、合わせる顔がないっていう理由もある。
でも、それだけじゃないんだ。
僕、努力を見せるのが嫌いなんだよね。
ほらだってさ。
杏歌は根を詰めて努力しちゃう性格でしょ?
頑張って、頑張って、頑張りすぎちゃう子。
だからこそ、杏歌を支えられるのは、僕みたいにさらっとなんでもできちゃう人じゃないと。
杏歌が弱音を吐けなくなって、壊れちゃうかもしれない。
だから僕は、杏歌のためにも、余裕のある僕であり続けたいんだ。
深い部分まで学ぶことの意味を、ようやく理解した。
強さとは、守れるかどうかで決まるんだって。
だから今は、迷いなく言える。
──僕は強いって。
杏歌があの日、僕たちに話してくれたあの襲撃者の特徴。
手首に刻まれた、黒百合模様の入れ墨。
今度もし、僕たちの目の前に現れたときは、必ず僕が捉えてやる。
僕は二度と杏歌に悲しい思いをさせない。
体の傷も、そして心の傷も……二度と。
僕はこれまで、御用貿易商人の家系として、商人の道を歩むために学んできた。
政治も、外交も、情報も──
だけど、あの日の出来事があってから、僕はようやく気づいたんだ。
杏歌を守るために、ただ“遠くから支える”だけでは足りないって。
それを聞いたお父上は静かに言った。
「哀伝、お前がそばにいられる場所を選べ。守るための道は、必ずある」
その言葉を胸に、僕は決めた。
杏歌を近くで支えるために交易の道を選ぶ、と。
それが、僕にできる最も確かな「守り方」だからね。
今日みたいな雨の日は、決まって杏歌は囲炉裏の部屋にいる。
だから、僕は杏歌に会いに、囲炉裏の部屋へと向かった。
木戸を押し上げると、中には杏歌と春風がいた。杏歌と距離が近かった春風を、僕は勢いよく引きはがした。
そうして、僕たちは二人きりになった。
僕の問いかけに、杏歌が俯き、苦しそうな表情を浮かべた。
「こっち向いて。僕の方を見て」
俯いていた杏歌の顔を僕はゆっくりと覗き込む。
知ってるよ、杏歌。
僕のことを思って、苦しんでるんだよね。
あの日、僕が杏歌を守れなかったことをずっと背負ってるんじゃないかって。
それを、杏歌は気にしてるんでしょ?
僕の瞳と杏歌の瞳が交わる。
綺麗な透き通った大きな瞳。
普段は強い表情なのに、今は言葉を飲み込んだようで──切なく瞳が揺れている。
僕はそんな杏歌がたまらなく愛しくて、そのまま杏歌に口づけをした。
「……ちょっ、哀伝……」
杏歌が何か言ってるけど、その声すらも愛おしい。
胸板を押し返されても、そんな力じゃ僕なんてびくともしない。むしろ、杏歌が必死に抵抗する姿が「守ってあげたい」っていう気持ちをさらに強くさせる。
……まぁその後、僕は杏歌に殴られちゃったけどね。
だけどさぁ〜、杏歌って顔を赤くして本当に可愛いよね。
僕のことが「大好き」だって顔に書いてあるのに、いつも強がってるんだよ?
杏歌はそれに全然気づいてないみたいだけど。
だから僕はもうしばらく、この状況を楽しんじゃおうって思ってるんだ〜。
あっ、このことは杏歌には内緒だからね。
僕の大好きな、強がりな君。
君の笑顔を守るためなら、僕は何だって頑張れちゃうんだ。
それが僕の、たった一つの誇りだから。




