第101話 変わりゆく桂ノ国
【第二部】遺志を継ぐ者たち―
あの日から、いくつかの時が流れた。
桂ノ国は、静かに──けれど確かに、変わり始めていた。
その裏で。
小梅は、いまだに口を閉ざしたままだった。
問いかけにも応じず、ただ虚ろな瞳で一点を見つめている。
やがて、ぽつりと呟く。
「……あの子が悪いのよ……」
細く、掠れた声。
「……あの子が……私の栄善を……」
その言葉だけが、何度も、何度も繰り返されていた。
やがて──幾度もの会議を重ねた末、小梅に裁きは下されなかった。
それは、誰かが情けをかけたからではない。
評定は、初めからひとつの結論へと傾いていた。
他国の姫を裁くことは、その国と刃を交えることを意味する。
桂ノ国、そして朽葉ノ国の民を守るためには──その選択はできなかった。
そして小梅は、詫びの書状とともに、自国へと返された。
その背中を、七左衛門が静かに見つめていた。
引き止めることも、言葉をかけることもせず。
ただ、その姿が見えなくなるまで──
***
哀伝は、殿となった後も変わらず、交易の任に就いていた。
「じゃあ杏歌。行ってくるよ」
「ええ。哀伝なら、きっと大丈夫よ」
私は、その背中を見送る。
この国を背負った、彼の背中を。
静かな日々が続いた。
そしてある日──その知らせは届いた。
かつて折り合うことのなかった国との取引を、哀伝は成立させていた。
「なんてやつだ、おめぇはよ〜!」
「まったく、恐ろしい人ね」
「お前ならやると思っていたよ」
時雨、柚寧、春風の重役たちが、次々と歓喜の声を上げる。
その中でも時雨は、我慢できないとばかりに哀伝の髪をわしゃわしゃと乱した。
「時雨やめてよ〜、僕の髪の毛が乱れる〜」
「だははははー!うるせぇ、知るか!」
口は悪いけれど、そこにあるのは隠しきれない満面の笑みだった。
その笑みが、すべてを物語っていた。
かつては交わることのなかった条件が、今は受け入れられている。
それは、血統の有無によるものではない。
これまでの交渉の中で積み重ねられてきた信頼に、「国としての責任」が重なった結果だった。
そして何より──その相手国との交易が成立したという事実は、この国の在り方そのものを示すものだった。
いかなる相手に対しても、この国としての在り方を崩すことなく、必要な条件であれば正面から交渉し、成立させていく。
その姿勢そのものが、他国にとってこの国の格を決定づける証となっていた。
「哀伝、すごいことになったぞ」
茶々蔵が、弾んだ声を上げる。
「哀伝さん、聞きましたか!!」
「町中、大騒ぎですよ!」
「こんなに嬉しいことはありません!」
茶々蔵に続き、雲祈、大納、蒼月の三人も目を輝かせながら声を張る。
その知らせは、ゆっくりと国外へと伝わっていった。
やがて静かに他国へと広がり──血統がなくとも、この国は揺らがない。
そう判断した国々は、これまで通り関係を維持していった。
その在り方は、栄善が生前に示していたものでもある。
血統ではなく、信頼と責任によって国は成り立つという考え方──
哀伝はその遺志を受け継ぎ、朽葉ノ国との関係についても、ただ切り捨てることはしなかった。
国としての都合だけで民を苦しめることはできないという判断のもと、米の取引は維持しつつ、新たな物資交易の可能性も探っていく。
対話を重ねることで、今後も良好な関係を築いていく道を選んでいた。
桂ノ国は、静かに──けれど確かに、その姿を変えていった。




