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013 キャンプ


 カルディナまでは、中央都市を出て、ローデン運河を渡り、川沿いに北へと向かう。

 

 広大なローデン運河を前にして、アドガードはようやく後方を振り返る余裕を取り戻した。

 

 リリメルとカナは、両肩で大きく息をしながら必死に歩を進めている。

 顔は真っ赤で、今にも転びそうだった。

 

「……この辺で、休みませんか?」

 

 カナの提案に、涼しい顔を保っていたアドガードも、黙って頷かざるを得なかった。

 

 二人はその場に座り込み、地面に手をつきながら呼吸を整える。

 

 ――グーっ


 どこからともなく腹の虫が鳴った。

 

 その音に心が緩んで自然と笑い声があがる。

 リリメルが河川敷の小石の上にゴロンと寝転がると、空には幾千、幾万の星が輝いていた。

 

「お腹空きましたねぇ」

 

「はははっでも、もう動く元気がないっス……」

 

 リリメルが肩にかけていた白い布に法力(ほうりょく)を注ぐと、翠輝(すいき)法術陣(ほうじゅつじん)が浮かびあがる。

 ひとりでにリリメルの正面へと浮遊して、布が皺なくピンと張られた。

 リリメルが起き上がると布も並行して動いた。

 

 胸の装飾に手を当てると、淡い光とともに法術陣(ほうじゅつじん)が白い布に浮かび上がる。

 その円環に手を差し入れると、次々に道具が引き出されていく。

 

 寝床の毛布、折り畳みの竈、食器、そして焚き火用の薪まで——あっという間に立派なキャンプの支度が整った。

 

「おおっ、便利ですね! 今度、私にもその法術陣(ほうじゅつじん)を教えて欲しいっス。仕事柄、旅が多くて……」

 

 目を輝かせるカナの言葉に、リリメルは得意げな笑みを浮かべた。

 すると今度は、目の前に二つの法術陣を並べて投影する。

 片方が淡く光ると、すぐに紙片へと転写され、完全な複製がカナの手に落ちてきた。

 

「えっ……! ありがとうございます!」

 

「ふふっどういたしまして! この法術陣は特定の場所に置かれたものを自由に出し入れできます。今渡した二枚が対になってますから、片方を荷物の置き場所に、もう片方を持ち運んでくださいね」

 

 カナは大切そうにその紙を手帳に挟む。

 

「それにしても、その首飾り不思議っスね」

 

 マジマジとリリメルの首飾りに注目していると、またリリメルのお腹からグーっと音が鳴る。

 お腹を抑えて、頬を赤らめるリリメル。

 

「ご飯でも食べながら話しましょうか?」

 

 カナのその提案に「そうしましょう!」と元気よく答えてキャンプの準備を始める。

 

 カナが焚き火を起こし、アドガードがテントを組み立てる。

 その間にリリメルは、簡単に食べられそうなものを用意した。

 数分後には立派なキャンプ地が出来上がっている。

 

 目の前には、硬い携帯用のパンとキャベツと人参の入ったスープ、それに昼間のハムがわずかに並んだ。

 

 パンを口に運びながら、カナが質問する。

 

「カルディナには何しに行くんスか?」

 

「仲間になって欲しい人がカルディナに居るんです」

 

「カルディナに? 研究者でも仲間に入れるんスか?」

 

「はい。ゼフィルド・カーヴェインさんを迎えに行きます」

 

 カナの掌からパンが滑り落ちる。

 「えっ?今なんと?」と言いたげに目を何度も瞬いた。

 そのあと、頭に手を当てて少し考え込む。

 

「ゼフィルド・カーヴェインというと……あの?」

 

「はい! あの(・・)ゼフィルド・カーヴェインさんです!」

 

 リリメルの表情は満足げで隙がない。

 カナがぽかーんと口を開けたあと急に我に返る。

 

「リリメルさん、正気っスか!? 一体何を企んでるんスか?風聖(ふうせい)まで敵に回すつもりなんスか!?」

 

「ふふ。驚きますよね。でも私の計画には、彼の存在が絶対に欠かせないんです」

 

 二人のやりとりを見ながら、完全に置いて行かれているアドガードが口を挟む。

 

「……ゼフィ……? なんだ、そんなに有名なヤツなのか?」

 

「そうですよね。知りませんよね」と頷きながらカナは、わざとらしく神妙な顔つきになった。

 

「有名どころじゃないっスよ。風聖(ふうせい)の軍事施設を十以上も爆破して回った、狂気のマッドサイエンティストっス。風聖の教祖様もカンカンで、ついには五人目の“千年刑(せんねんけい)”を受けたんスから!」

 

 アドガードは首を傾げる。

 

「千年刑が決まっているのに、カルディナにいるのか?」

 

「刑が確定したのは去年でしたよね。ウチの新聞社でも大きく取り上げたっスよ」

 

 リリメルがカナの言葉に頷いてから、アドガードに説明を始める。

 

宗戦(しゅうせん)からのお誘いが絶えないのでしょうね。勾留はもう一年も引き延ばされています。私も、彼に面会するだけで一ヶ月も待たされましたから」

 

 小さくため息を吐きながらリリメルも、パンの最後のひとかけを口へと運ぶ。

 

「まぁ……彼の功績を考えれば、無理もない話なんスけどね……」

 

 カナは全員の食器を集めて、川の水を汲んだバケツの中で簡単に洗った。

 

「功績?」

 

 アドガードが聞き返すと、カナは手を止めて、ポンチョの前ボタンを外す。

 めくり上げられた内側には、革ベルトに固定されたホルダーにキラリと光る金属が覗いている。

 

「エヴァンですか?物騒ですね」

 

 リリメルがわざとらしく肩をすくめてみせる。

 

 アドガードは初めて見る武器に眉をひそめた。

 

「……エヴァン?」

 

「火薬を使って鉄の玉を飛ばす武器だそうです。当たり所や玉の口径によっては、即死することもあるとか……」

 

 アドガードは眉を寄せ首を傾げている。

 カナはホルダーからエヴァンを取り出した。

 

「百聞は一見にしかずっス。見ててください」

 

 カナがエヴァンを川面へ向ける。

 カチリ、と硬質な金属音が夜の静寂に弾けた。

 

 直後、――カァン!!

 

 鼓膜を震わせる爆音と共に、筒の先から火花が散る。

 

 アドガードの動体視力ですら追いきれぬ速さで「何か」が放たれ、数メートル先の水面が爆発したように跳ね上げた。

 

 遅れて、鼻をつく、焦げたような火薬の匂い……

 

「これが、エヴァンか」

 

 アドガードの呟きは、驚きよりも警戒に満ちていた。

 法力も予備動作もなく、ただ指先一つでこれほどの殺意を放てる道具。

 八十年の間に、戦いのルールそのものが塗り替えられてしまった事実に、アドガードは肌が泡立つような予感を覚えた。

 

「……やっぱり、その音も匂いも、好きになれません」

 

 リリメルは耳を塞いだまま、眉間に皺を寄せる。

 カナはホルダーにエヴァンを収めながら「まぁまぁ」とリリメルを宥める。

 そして、また食器へと手を伸ばし、何事もなかったように片付けを続けた。

 

「まぁ仕方ないっスよ。ウチらみたいな、法術(ほうじゅつ)が使えない一般人が旅をする時には、必須のアイテムっスから。」

 

 戦う術のないものが、街から街を旅するのはかなりの危険が伴う。

 盗賊や獣人の被害に遭うケースも多い。

 そんな民間人の強い味方が「エヴァン」だ。

 

「で?それを作ったのがカーヴェインってことか」

 

 アドガードが確認するように問う。

 

「そうっスねぇ。他にも沢山武器製造には関わっているんスけど、やっぱり代表作と言えばエヴァンっスね」

 

「この技術のせいで宗戦(しゅうせん)がより激化したとも言われています。私は……どうも苦手ですね。無骨すぎて。」

 

 リリメルは小さくため息をつき、興味なさげに首を振る。

 

「じゃあ、なんでカーヴェインなんか迎えに行くんスか? 武器製造以外に、彼にどんな魅力があるっていうんスか?」

 

「彼は武器製造以外にもいろいろと作ってるんですよ」

 

 リリメルは鼻を鳴らして得意げに笑った。

 

 「でもやっぱりカーヴェインと言えば武器製造っスけどね」と少し口の先を尖らせたカナ。

 

 そんな二人にアドガードが割って入る。

 

「よくわからない話はもういい。明日に備えて休め。カルディナまではまだかなり距離があるんだろ」

 

 渋々、二人は頷き、見張り番を決める。

 順番はアドガード、リリメル、そしてカナ。

 リリメルとカナは先にテントへと入っていった。

 

 夜の静けさに包まれたテントの中で、カナは寝袋に身を沈めながら、小声で囁く。

 

「……リリメルさん。本当に何を考えてるんスか?」

 

 その声には、興味と心配。それに中央都市での一抹の不安が混じっている。

 

「裏切り者ばかり集めて……自殺志願ですか?」

 

 カナの問いに、リリメルはしばし沈黙した。

 やがて、月の光を反射する瞳に、イタズラめいた——それでいて底の知れない光を宿して笑う。

 

「ふふ。私はね――世界征服をしたいんですよ」

 

「……はあ?」

 

カナは呆気に取られ、言葉を失った。

 しかしリリメルはそれ以上何も語らず、にっこりと笑ったまま寝袋へ潜り込んだ。

 

「おやすみなさい」

 

 カナは呆気に取られたまま、その背を見つめていた。

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