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花嫁に逃げられた侯爵と花売り娘、辺境で無双する  作者: ユーコ
第一章 花嫁に逃げられた花婿と花売り娘

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09.薬草キュア草 2

「他にも候補になりそうな植物はありますが、まあ一番有望なのはキュア草ですね。それで……」

 と先を続けようとするリリをオズワルドが止める。

「待て、その話は後でいい。キュア草の話を聞かせてくれ」

 オズワルドと四人の部下達の目が尋常でない熱を帯びている。

「つまり、あの土でキュア草を育てると、青キュア草が出来るのか?」

「いえ、おそらくそれほど単純なものではないです。赤キュア草なら作れる『はず』ですが」

 アラスター・カヴァナー老師が亡くなったのは一年ほど前、リリが大学を中退し、花屋を継いだ後のことだ。

 彼の遺言で愛用の手帳を受け取ったリリは閃いた。

 リリが大学で研究していたのは、食糧増産に適した土作り。多くの野菜や穀物で実験したが、薬草であるキュア草は対象外だった。

 だから試したこともなかったが。


 もしや魔境の土でキュア草を育てれば、赤キュアになる?


 だが既に大学を辞めて花屋を営んでいたリリには魔境の土を手に入れることは不可能だ。大学の伝手を辿ればなんとかなるかもしれないが、リリはとある事情で、あまり大学に関わりたくない。


 オズワルドは苛立たしげに言葉を重ねる。

「僕は青キュア草の話を聞いている」

 はやるオズワルドをリリはなだめた。

「閣下、金を稼ぐなら赤キュア草で十分です」

 なんせ元手のキュア草はそこいらの雑草である。

 これが赤キュア草になると価値が百倍に跳ね上がるのだから、危険は犯さなくていい。

 手記によるとクリンプス領の内部はまさに魔境だ。

 この世のものとも思えない不思議な生き物がウヨウヨしている。


 オズワルドは日頃のふてぶてしい態度が嘘のようにリリに懇願した。

「頼む、答えてくれ。君は青キュア草を作り出せるのか?」

「?」

 顔を上げたリリの目に、いつになく真剣なオズワルドとそして四人の部下の顔が映る。

「数ヶ月前までひどい戦争だった。僕らの僚友のうち四肢を失った者も多い。青キュア草さえあれば、彼らを助けられる」


 オズワルドはそれなりには良いやつらしい。

 将軍が「アレでいて部下には慕われているようだ」とぼやいた時は、「あんなのが……」と驚愕したものだが、どうも彼は金儲けのためではなく、戦友を助けたいらしい。

 四人の部下も同様だ。


「まだ全ては仮説に過ぎません。お約束は出来ないです。それに手記によると青キュア草の生育に必要なものはどうも魔境の土だけではないようです。その条件を掴むためにも私が魔境に行く必要があります。まずは、赤キュア草を育てましょう。高レベルの回復ポーションがあればそれだけ探索も楽になるはずです。老師の手記によると魔境の奥に進めば進むほど魔物も強くなっていくそうです」

 オズワルドは苦り切った口調で言った。

「しかし、時間はない」

 その僚友達の具合はあまり良くないのだろう。

「うーん、ならば時間を稼ぎましょう。赤キュア草を量産し、上級回復ポーションを作れれば、四肢を生やすのは無理でも延命になるはずです」

 リリの言葉に軍医のエイルマー・エマーソンが頷く。

「確かに。今はそれが最善の策でしょう」


 オズワルドは多少冷静さを取り戻したようだ。

 偏屈で偉そうな口調に戻った。

「そうか、では僕の最初の仕事は、当初の予定通り、領外に出てくる魔物の調査と退治。それに魔境の土の採取……それさえあれば、君は赤キュア草を作れるのだな?」

「はい。作れるかどうかはやってみないとですが、あとはキュア草を栽培する畑……」

 リリが言うと、

「それはこちらでご指示頂ければ人員も場所も確保致します」

 すぐに館の管理を担当するウォーレス・ヴォーンが確約した。

「ウォーレスさん、ありがとうございます。ええっと、ですが、閣下、スネルじい様の話では、魔境に近づくのも危険とか。魔物は倒せそうですか?」

「危険でごぜぇますよ」

 給仕のために側にいたスネルじいも心配そうに言い添える。

 一週間も生活を共にするとそれなりに情も湧いてくる。

 戻ってきたら死体というのはあんまりだ。


 オズワルドはキラリと瞳を光らせる。

 不遜な態度とは裏腹に、どこか冷静な表情で彼は言った。

「やってみないと分からんが、一度、戦地に正体不明の化け物が現れて、倒したこともある。あれが魔物なら手こずりはしたが、やれるはずだ」

「へー、魔物ってどこでも出るって聞きますが、閣下達が派遣されていたのは、西部でしたっけ? あっちでも出たんですね」

「あれが魔物だったのかは僕らには分からん。死体はすぐに回収されたしな。とにかく一度しか倒してないから何とも言えん。明日、確かめに行く」

 魔物というのは、何もクリンプス領に限るものではない。

 人里離れた山奥などでは稀に出没すると言われ、恐れられている。

 そして人が多いはずの戦場などにも彼らは姿を現すと言われている。


 だが、これほど多く魔物が目撃されるのは、このクリンプス領だけだ。


「はい、お気を付けて。土の方は領の境界でささっと袋に一杯。それで十分ですから」

「そんな量で良いのか? 土に撒くんだろう?」

 リリは大学で研究していた頃を思い出して顔をしかめた。

「あの土はねー、ちょっと混ぜただけでもぺんぺん草も生えなくなるくらいのすんごい効果があるんですよ。除草剤として役立つんじゃないかなんて笑い話もあったくらい。だからたくさんは入りません。実験に必要な量はひとつかみでいいくらいです。安全第一でお願いします」



「僕だって部下の命を預かっている。君に言われなくても無謀なことはしない」

 とオズワルドは嫌みったらしく言った。

「あー、じゃあ、これ、出来たらいいんですが、ホントーに出来たらでいいんですが」

「なんだ? もったい付けるな」

「魔物の皮は出来たらあまり傷付けないで狩って頂けますか? 手記に素晴らしい手触りと書いてあったので、売れるかも知れません。あるいは防寒具になるかも」


「ふーん」

 オズワルドは思案顔で顎に手を当てた。

「スネルじいさん、先代は魔物の皮を売り物にしなかったのか?」

 問われたスネルじいは首を横に振る。

「狩るのに精一杯ですじゃ、魔物めを穴だらけにしてようやく息の根を止められる。とてもとても形を留めような真似は出来ませんでさ」

「……というわけですので、無茶はなさらないで下さい。あくまで出来たらということです。ですが、皮は駄目でも、肉は旨いそうです」

 リリがそう言うと、スネルじいさんも同意するように大きく頷いた。

「あれは旨いです。蕩けるような舌触りですが、皆様嫌がって食わねぇです。もったいねぇ」

 オズワルドは少し慄いている。

「食って病気にはならんのか?」

「カヴァナー老師の手記にお腹が痛くなったという話は書いてませんでしたね。まあ、ポーションがありますから、大丈夫でしょう」

 とリリは気楽に言った。

「……まあそこまで聞くと一回くらいは食ってみたい。後は? 売れそうな物はあるのか?」

「うーん、ありますが、これはちょっと難しいですよ」

 リリは言い渋る。

「何だ、言え」

「彼らは主に額や胸が硬化して石のようになっているそうです。魔石という、主に赤い色をした宝石みたいなものらしいです」

「ああ、そう聞くな。そこが弱点であるらしい」

「欲を言えばその魔石が欲しいのです。つまり、急所を狙わないで倒して欲しいんです」


「そうか、それは確約は出来んな」

 オズワルドは確かに優秀な指揮官なのだろう。すぐに前言をひるがえした。

「はい。しないで下さい。まだキュア草すら十分な量を確保出来ていません。赤キュア草の量産し、高レベルの回復ポーションを作成するまで皆様、絶対に無茶はしないで下さい」





 ***


 クリンプス領の領主の館は、魔境を一望出来る小高い丘の上にある。

 兵五百人が常駐出来る……というが、それは詰め込めるだけ詰めた場合で、実際に快適に暮らせるのは三百人程度が限界だろう。

 どちらにしてもかなり大きな建物だった。

 兵士達の住まう両棟に挟まれる形で、領主の住む中央の棟がある。

 リリが住むのは、この中央棟の三階だった。領主とその家族が住む階で、オズワルドとリリの部屋は隣り合っている。


「おい、君」

 と部屋に入ろうとするリリはオズワルドに呼び止められた。

「互いの寝室は中扉で繋がっているそうだが……僕の部屋には絶対来るなよ。何があっても絶対だ」

 リリはうへーと思いながら答えた。

「頼まれたって行きませんよ。ご安心ください」

 リリはバタンと扉を閉める。


「僕は、君のために忠告してやっているのだ。君は本当に可愛げのない女だな」

 廊下に取り残されたオズワルドは怒って言うが、お互い様である。


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