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花嫁に逃げられた侯爵と花売り娘、辺境で無双する  作者: ユーコ
第一章 花嫁に逃げられた花婿と花売り娘

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8/10

08.薬草キュア草 1

 ちょうど夕食の時間だ。

 話は館内の大食堂で食事をしながら、ということになった。

 リリは道中と同じようにオズワルドとその四人の部下と共に食事をする。

「もうご夫婦なのですから」

 と副官のアンドリューは気を遣って二人で食事するように提案してきたが、オズワルドは「必要ない」と即刻却下した。

 リリだって、オズワルドと二人きりで話したいことなど何一つない。

 領主の館のメインダイニングである大食堂はいっぺんに七十人ほど着席出来る。

 現在領主の館にいる兵は、前侯爵に仕えていた百名、それからオズワルドと元にやって来た三十名で、計百三十名。

 食事は二交代制で、オズワルドとリリは第一部の方だ。


 この数日の移動でリリは疲労困憊だったが、さすが軍人というところか、オズワルト達は王都で見た時より目の下のクマは少し薄くなり、色艶も良い。

 出会ったばかりでそんなものかと思っていたが、王都では全員が全員とも顔色が悪かった。


 ――戦地から帰ってすぐだからか?



「さあ、さっさと君の知っていることを話せ」

 軍人というよりはごろつきのように問い詰めるオズワルドに対し、リリは言った。

「皆さんは、キュア草をご存じでしょうか」

 オズワルドは質問をはぐらかされたと思ったのが、不機嫌そうに答えた。

「子供だって知っている質問だな。低レベル回復ポーションの原料となる薬草だろう」

「はい。キュア草はどこにでも生えている身近な薬草です」


 サラダの皿をプルプルしながら下げるスネルじいにリリは話しかけた。

「スネルさん、この辺でもキュア草は取れますか?」

 給仕は人手が足らないのか、執事が直々に行っている。

 自分でやるからとリリもオズワルドの部下達も給仕を手伝おうとしたが、

「奥様や将校様にそんなことをさせるわけにはいけねぇです。どうか、お席に」

 とスネルじいが譲らないので、リリ達はその挙動をハラハラと見つめていた。

 気にせず夕食を食べているのは、オズワルドだけだ。


「この辺はキュア草はあまり見かけねぇです。ですが、山向こうにはたんまりごぜえますから、心配入りませんだ」

 キュア草は煎じてその他の生薬と混ぜ合わせポーションにした方が効能は高まるが、ただ口に入れて食べるだけでも効果がある。

 医者のいない田舎では万能の薬草として重宝されている。

 キュア草を煎じて作る回復ポーションはちょっとした切り傷などはすぐに治すし、滋養強壮の効果があり、風邪にも有効だ。

 怪我の多い軍隊では必須の薬だった。


「そうですか、キュア草は湿地を好みますから、水はけの良いこの辺りの土地は自生しないんでしょう。植え替える時には少し注意しないとなー」

 リリがブツブツつぶやきながら、うんうんと頷く。

「その、キュア草が何だ?」

「キュア草より効果の高い高レベルの回復ポーションの原料は、赤キュア草ですが、この赤キュア草は、元々はキュア草と同じものです。ただ生育条件が違うとキュア草は赤く色付き、赤キュア草になります」

「ああ、赤キュア草の群生地は国内でも限られていて、貴重なものらしいな」

 赤キュア草になると効果は桁違いだ。骨折くらいなら即座に治る。

 そのため赤キュア草はキュア草の百倍の値段で売買されている

 赤キュア草から作られる高レベルポーションは、上級回復ポーション、赤ポーションなどと呼ばれる。



「私は大学で食糧増産のための土壌改良を研究していたことがありまして、その時に様々なサンプルで実験を行いました。ある時この魔境の土が持ち込まれたのです。結果として魔境の土は、土壌改良にはいずれの配合でも適さないまさに不毛の大地の土に相応しいものでした」

 オズワルドは先を促す。

「それで?」


「大学を中退してしばらく経った頃、てラカンタル教会のアラスター・カヴァナー老師が亡くなられました。幼い頃から私のことを可愛がってくださった方でして、私に一冊の手記を遺されたのです。それがこれです」


 リリは古びた手帳をオズワルドの前に出す。ボロボロのなめし革の表紙中央に白い透明な、クリスタルと思しき石の飾りが付いた古風な装丁の手帳だ。


「読んでいいか?」

「どうぞ。ですが、古い神聖魔法が掛けられていて、私以外は読めないようになってます」

 リリの言葉通りに、オズワルドが手記をめくっても白紙のページが続く。何も書かれていないようにしか見えない。

 代わりにリリが内容をかいつまんで説明する。

「彼は若い頃は、冒険家だったそうです。このクリンプス領に立ち入ったことがあり、魔境での体験が記されています」

「中に入ったのか?」

 オズワルドはリリの話に大いに興味をそそられた。

 軍から渡された資料ではこの何十年も魔境の中に入った者はいないと記されていたからだ。

「はい、老師がお若い頃ですから、かれこれ五十年前です」


「五十年――」

「そこまで昔の資料はなかったな」

 オズワルドの部下達が囁き合う。

 彼らにとっても未知の情報だ。

 アンドリューがリリに言った。

「リリ様、お手数ですが、その手記、後で複製して頂けませんか。我々も読んでみたい」

「あ、いいですよー」


 リリは了解し、老師の手記をパラパラとめくった。

 オズワルド達には白紙にしか見えないが、リリは該当の箇所を指さし、読み上げる。

「『魔境にて赤キュア草を見かけた』と記されています」

「赤キュア草?」

 と誰かが呟いた。

 リリは「はい」と頷いて、ページをめくる。

「ここです。『魔境の奥地で私は青キュア草を見つけた。間違いなくこれは命の霊薬である』」

 オズワルドが目を見張る。

「命の霊薬? あの死んだ者すら完全に再生させるという薬か?」


 命の霊薬は死の淵にある者の魂を現世に繋ぎ止め、あらゆる病や傷を瞬時に癒やす伝説の万能薬だ。主原料は青キュア草とされるが、それがどこに芽吹いるのかを知る者は、ない。そもそも実在しているのかさえ疑われる薬草だ。


「さすがに骨になった者は無理ですが、死んで数日なら蘇生出来るそうです。体の一部が欠損しても再生するとか。実際に手記の中で、カヴァナー老師も大怪我を負い、もはやここまでというところでこの薬草を見つけ生き延びたと記されています。この話から伺えるのは、あのクリンプス領の土は普通の作物を作るにはまったく適していないが、ある種の植物を育てるには適している可能性があるということです。例えば、キュア草です」


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