07.到着!クリンプス領
昨夜で懲りたオズワルドは翌日からは出来るだけ夫婦別の部屋取ることにしたが、二日もするとそれは難しくなる。
王都から離れれば離れるほど人家もまばらとなり、町も小さくなっていく。
宿の規模も小さくなり、宿屋を借り切っても、全員が眠れるだけのベッド数は確保出来なくなった。
半分程は町の外でテントを張り、野宿を余儀なくされる。そうなってはリリもオズワルドも贅沢は言えない。
結局ソファとベッドを交互に寝るという協定が結ばれた。だが一行は街道をそれて、細い田舎道へと入っていく。
その夜泊まった宿は、かなりのボロ屋で、リリとオズワルドに宛がわれたのは、粗末なシングルベッドが一つ、ぽつんと置かれた狭苦しい部屋だった。
長椅子はおろか、椅子一脚もないが、これでもこの宿では一番いい部屋らしい。
「仕方がないな、一緒にベッドで休もう」
そう言われて、リリはさすがに怯んでおずおずとオズワルドを見上げた。
リリは彼氏いない歴=年齢。
当然だが、処女だ。
「僕は男色家ではないが、理由があって女性と子供を作ることはしない。だから君が心配するような事態は起こらない」
オズワルドはキッパリ断言した。
「はあ……」
良く分からないが、オズワルドにはなにか事情があるらしい。
「いいか、男色家ではない」
と彼は念を押してきた。
「いや、どうでも良いですよ……」
最後の二日は最悪だった。
ついに宿すらなくなり野宿だが、もはや些末な問題だ。
それより何より道が悪すぎる。
かつて道路だったろうというまったく整備されていない道を馬車は走る。
めちゃくちゃに揺れる車内でリリはオズワルドに言った。
「閣下、まずこの道を何とかしましょう」
「同感だが、やることは他に山ほどある」
「うおっと」
馬車が大きく跳ね、リリは思わず座席にしがみついた。
馬車にはオズワルドと副官のアンドリューが乗っているが、さすがは軍人というべきか、彼らはしっかり踏ん張って、リリほど揺れに翻弄されていない。
リリは舌を噛まないように注意しながら口を開く。
「閣下、やることとは?」
「魔物退治だ。周辺住民が襲われている。早く数を減らさせねばならない。それに僕らが当面住むことになる館の修繕だ。予算も有限だ。残念ながら道の整備は後回しだ」
一行はまだクリンプス領に辿り着いていない。
今いるのは隣領のイールサンプ伯爵領だが、クリンプス領に続くだけの田舎道なので、領主も道の整備に積極的ではないのだ。
だから整備したいなら、クリンプス領の領主たるオズワルドが金を出すしかない。
「閣下、では金さえあれば整備は可能だと?」
オズワルドはリリの問いかけに口をへの字にした。
「簡単に言うな。道の整備にどれだけ金が掛かると思う?」
「そんなの知りませんよ」
とリリは怒鳴り返す。
道が荒れ放題なので、狭い馬車の中でも馬車がきしむ音がうるさすぎて、普通の声では会話出来ないのだ。
「とにかく大金があれば何とかなるなら十分です! 頑張って稼ぎましょう!」
そして一週間の旅の果てに、リリ達一行は、クリンプス領に辿り着いた。
広大な不毛の大地とその周囲二キロほどの範囲が、クリンプス領だった。
地図の上では広いクリンプス領だが、実質この『魔境』の周囲にあるわずかな土地だけが人間が生活出来る地域である。
領主の館は、魔境を望む小高い丘の上にあった。
魔境とクリンプス領の間には川や谷や山などで仕切られていて、その上で防壁をこしらえ魔獣達が越境してくるのを阻んでいる。またそれらを越えたところで人里にはさらに数十キロの距離を取っている。
不思議なことに魔獣達はこちら側に食べ物を求めてやってくることはあっても、魔境から離れることを嫌い、すぐに戻っていく。
だが、この領主の館近辺は魔境から一キロと距離が近い。
ここに魔物を集中させるため、わざとこうなっているそうだ。
領主の館は、兵士五百人が住めるという古いが大きな館だった。物見櫓もあり、館というより、砦というに相応しい。
石造りの館は実に頑丈そうで、武骨一辺倒の建物だった。
周囲は草原になっている。
定期的に野焼きして見晴らしを良くするのも、クリンプス領の役目だそうだ。
ここは対魔物戦の最前線地帯だ。そのため一番近い農家でも領主の館から十キロは離れている。
先の領主が死んでこの地に残ったのは、百名ばかりの兵と後は領主に仕えた二十人の使用人達だ。
館を取り仕切るのは、スネルという名の執事でよぼよぼの老人である。
新しい侯爵とその一行を歓迎しているようで、広い室内を歩き回り、あれこれと案内してくれるのだが、足下もおぼつかず、リリは大変にハラハラした。
「侯爵様、奥方様、あれが、クリンプス領でごぜえます……」
と窓の外を震える指で指し示す先にはクリンプス領が広がっている。
直線にして一キロ程。
草原の終わりに黒い森がそびえていた。
ものの例えとして、深い森を黒と表現することがあるが、そこには漆黒の木々が立ち並んでいる、異様な景色だった。
ゴツゴツとした木肌で、黒い葉がまばらに生えている。見た目は枯れているようにしか見えない、なんだか不気味な木だ。
その木々の合間にうっすらとキリが立ち込めている。それらに遮られ、魔境内部の様子はこの高台からでも確認出来ない。
遠くでは「ギャーギャー」と不吉な音で鳥が鳴いていた。
「聞いていた以上に凄まじいな。こんな景色は見たことがない。魔境と呼ばれるわけだ」
とオズワルドは呟く。
オズワルドに怖れはないが、改めて身を引き締まる思いだ。自然と、厳しい表情になった。
だが、一方でリリは、喜色満面と言った様子で笑っている。
「いやぁ、噂通りです。早速行ってみたいですね、閣下、出来れば明日にでも」
オズワルドはギョッとしてリリを見る。
「明日? いや、それより、君も行く気か?」
「行きます。――いえ、そうですね。よく考えたら私が行っても足手まといになるだけですね。ではお土産を期待します」
「土産? 君はクリンプス領の一体何を知っている?」
リリはニヤリと微笑んだ。
「話せば長い話になりますが、聞きますか?」




