10.薬草キュア草 3
翌日早朝オズワルド達は、魔境周辺部へと向かった。
少数精鋭とかで、向かったのはオズワルド含めたったの五人だが、彼らは夕方になって戻ってきた。
「言われた通り、土は一キロ。これだけで良いのか」
とオズワルドは偉そうに言うと持ち帰った土をリリに押し付ける。
「ありがとうございます」
相変わらずふてぶてしく尊大で、つまり、元気そうなのでリリはホッとした。
「それで、魔獣はいたのですか?」
「いた」
「そうですか……」
オズワルドの答えは簡潔過ぎてまったく分からない。横で聞いていたオズワルドの指揮官補イーデン・イーリーが見かねて教えてくれた。
「遭遇した魔物は五体。いずれも無事に退治出来ました」
死体の状況が女性のリリには見せられないとかで、リリは仕留めた魔物がどんな生き物だったのかは知らない。
ただ狼のような大きさと形状の魔物だったそうだ。
「魔物は思ったより強敵でした。まさか中佐……いえ、リヴィングストン大佐が力負けするとは」
イーデン・イーリーがそう言うとオズワルドはプライドを刺激されたのか眉を上げた。
「油断していただけだ。次はもっと上手くやる」
「あのー、皆様怪我は?」
リリが聞くとオズワルドはフンと鼻を鳴らした。
「あるように見えるかね」
オズワルドと同行したというイーデン・イーリーをふくめ、側近四人は申し訳なさそうにこっちを見ている。
『うちの上司がすみません』
『いえ、分かってますヨ』
的にリリと四人はアイコンタクトを交わす。
一日馬で走り回ったらしいが、五人とも元気だ。
明日はもっと多くの兵を連れて遠出するらしい。
リリはその日のうちに早速用意していた畑に魔境の土を混ぜ込んだ。
まずはテスト段階ということもあり、用意した畑は、1アール、10mの正方形の面積で、テニスコートの半分ほどの大きさだ。
キュア草は兵士達が山向こうから採取済みだ。
畑にキュア草を植え替える。リリの推測が正しければ、これで赤キュア草を作ることが出来るはずだ。
肝心の土の配合濃度だが、最初はこの1アールで、二つつかみ程度の極少量で十分だろうとリリは考えている。
魔境の土はまったく植物の生育には適していない。
あまり濃度が高すぎると、赤キュア草になる前にキュア草が枯れてしまったり、生育が遅れる可能性がある。
リリは他にも王都から育ててみたい植物の苗を持ち込んでいた。
その一つは、毒消し草だ。
魔境の土で育てると毒消しの効果は高まるのか、はたまた失われるのか、楽しみだ。
料理に使えるハーブ類もいくつか持ってきた。
こちらでは珍しい種類のハーブらしく、料理人には喜ばれた。
こっちには魔境の土は混ぜない。
普通に食べたい、普通に。
夕食時になり、改めて見回すと食卓はお世辞にも豊かではない。
料理人の腕は悪くはないが、パンに大皿に盛った肉料理が一品、そしてスープだけと、普段リリが王都で食べていた食事より一品少ない。
特に甘い砂糖などは贅沢品らしい。
だから菓子のようなものは付かない。
肉の皿は、ジャガイモなど付け合わせの野菜でかなりかさ増しされている。女性のリリですら、「もうちょっと食べたい……」という量だ。
クリンプス領に与えられる予算は多くはないのだろう。
しょんぼりした空気を感じ取ったのか、対面で食事をしていたオズワルドが言った。
「魔物の肉を取ってきた。血抜きして明日、食わしてくれるそうだ。皮は残念ながら穴だらけだから、あれはパッチワークの材料にしかならないだろうな」
そう言うと、彼はポケットから赤い宝石を一つ、取り出してテーブルに置いた。
「五頭狩って、これが取れたのは一匹分だけだ。君にやろう」
「あっ、ありがとうございます。でもいいんですか? これ、多分高額で売れますよ?」
「僕もこれには見覚えがある。王都の研究機関が欲しがっていたが、何に使うものだ?」
「私も専門ではないので詳しくはないですが、昔は様々な用途で使用されていたとか。特に魔術式を組み込んだ物品、魔法具の動力として使用されていたそうです」
「魔法具は聞いたことがある。今は絶えた魔法技術だろう?」
昔はこの国にも魔法使いがいたそうだが、今はほとんどいなくなっている。
数少ない魔法使い達は国のお抱えとなり、リリ達一般人はおろか、オズワルド達軍人も知ることが出来ない国の特級機密だ。
老人達は今より魔法が栄えていた昔の方が便利だったと口を揃えて言うが、今は失われてしまった技術である。
「……まあ、あるところにはあったりするんですけどねぇ」
リリは奥歯に物が挟まったような口調でひっそり呟いた。
「魔法が関係するなら僕らの手には負えんな」
とオズワルドは肩をすくめた。
「だが高く売れるなら少し集めてみよう」
「ですが、閣下、ご無理なさらずに……皆様も」
とリリは一同に言った。
「僕はここに来てすこぶる体調が良い。クリンプス領の気候は僕には王都より合うようだ。忠告は受け取るが、あまり案じる必要はない」
とオズワルドは偉そうに言った。
確かにオズワルドの顔色はなかなか良い。
目の下のクマさえ消えると彼はそれなりに美形であった。
……ただ、不機嫌そうな陰気な表情は健在だ。




