02.環境変異1
「ふーん」
オズワルドは温室の内部を見回した。
天井は高く、壁のほとんどがガラスで出来ている。大きな天窓もある。
かなり豪華な設備で植物を鑑賞出来るよう洒落たテーブルと椅子でも置かれてそうなのに、そうしたものはリリが全部取っ払ってしまった後なので、中は倉庫みたいに殺風景だった。
そもそも貴婦人用の温室なら色とりどりの花が咲き乱れていそうなものだが、ガラス越しに見た通り、鬱蒼とした緑の葉が生い茂っている。
日光に当てるためなのか、植物は外側に密集しており、中央には何も置いていないのでますますガランとして見えた。
内部は外よりはやや暖かい程度で、そこまで気温に変化はない。むわんとした温室特有の空気に濃密な植物の匂いがする。
背の高さも大きさも違う草木が鉢に植えられ、所狭しと並んでいる。
ありふれたものから珍しいものまで、様々な種類の鉢が置かれていたが、オズワルドは植物の種類に詳しくはないし、関心もない。
単に『何かの木と草』があるとしか思えず、どれも同じに見えた。葉っぱばかりで花はないため、余計に彼には区別が付かない。
部屋は広く、奥の方に大きな作業テーブルがあり、そこでは苗を作っているようだ。
「ふん」
聞いていたよりかなり『普通』なのでオズワルドは不満げに鼻を鳴らした。
忙しいのに無駄足を踏まされたオズワルドは機嫌が悪い。
「僕は帰るぞ」
とリリに言うと、リリは「そう言わずに、はい」とオズワルドに小さな石のつぶてを手渡した。
「何だねこれは」
「小石です」
「それは見れば分かる」
「この石をあそこにある草、見えますか?」
リリはそう言うと十メートルほど離れた植物を指さした。
あまり背が高くないトゲの生えた草で、よく見ると小さな楕円形をした緑色の実のようなものがなっていた。
「あれか?」
「そうです。合図したらアレの実に向かって石をぶつけてみてください。出来るだけそっとですが、ちゃんと届く感じで。それから……」
というとリリはオズワルドの目を見つめて続けた。
「ぶつけたら、この衝立に身を隠して下さい。すぐですよ、すぐ」
そう言うと、リリはガラガラと鉄で出来た衝立を重そうに引きずってきた。
オズワルドは訳が分からずリリに聞いた。
「おい、十メートルは離れているだろう。そんなに警戒が必要か?」
リリは既にもう一つ持ってきた衝立に身を隠して強く頷いた。
「必要です、とぉっても必要です。元々の生態でも十メートルくらいなら種飛ばしますからね、アレ」
なんだか分からないが、リリはこれ以上説明する気はないようだ。
「……ふん」
オズワルドが小石を握りしめ、言われたとおりに石を親指くらいのサイズの植物の実に向かって投げてみると――。
オズワルドは植物の実に見事石を当てた。
軍隊では目標に向かって物を投げるというのは必要な技能のひとつだ。そのためオズワルドは難なくやり遂げた。
リリの指示通りに衝立の影に逃げ込む。
バラバラバラッ。
直前までオズワルドがいた場所に黒い小さな物体が猛スピードで飛んできた。
さらに鉄の衝立越しに何か、硬い物が当たる感触。
リリは上手くいったのを見て、「ふうっ」と額の汗を拭った。
オズワルドはリリに詰問した。
「あれは何だ?」
「テッポウウリと呼ばれるウリです。飛んできたのは種なんです。おっと、閣下、汁には気をつけて。毒です」
種子という黒い物体とともに粘性のある液体も飛んできた。衝立に汁がこびりついている。
「毒?」
オズワルドはギョッとして手を引っ込めた。
「危ないじゃないか」
オズワルドはリリに文句を言った。
それは確かに最初から言われていたが、これほど本格的に危ないとは聞いてない。
「はあ、危ないんです。あんな感じで身が熟すと少し触れただけで種を飛ばします。おまけに一緒に飛ばす汁には下剤作用があるんです」
「さすがは魔境の植物だな」
てっきりオズワルドは魔境内部から採取してきたものだろうと思い、唸る。
だが、リリは「いいえ」と首を横に振った。
「これ、普通に生えている草です。もっとも我が国では自生しておらず、南の方のウリなんですが」
オズワルドは驚いた。
「こんなものが自然界に生えているのか!?」
リリは大きく頷く。
「そうなんですよ。不思議ですよね。ただ、元々のテッポウウリの種は当たっても『当たったな』というのが分かる程度です。痛みはほとんどないでしょう。汁は強力な下剤作用がありますが、口にしなければ被れる程度で済みます。ただ目に入るとかなり危ないのですぐに洗浄してください」
十分危ない植物である。
しかし、それ以上にオズワルドはリリの言葉に引っかかった。
「だが、先程の種は弾丸じみた威力だったぞ」
オズワルドの言葉にリリは重々しく頷く。
「環境変異です」
「環境変異?」
「同じ生物であっても、育つ環境――栄養や温度、光など――の違いによって個体間に生じる特徴の差のことです。生き物はその環境に合わせて柔軟に姿や機能を調節する機能を持っています。あれは土に四分の一魔境の土を混ぜてみました」
「魔境の土?」
リリは王都から様々な植物を持ち込み、それぞれの大きさに合った鉢に植え替えた。
有害な植物が混じっていた場合、地植えにすると根っこが残ってしまう場合がある。
その点植木鉢なら鉢ごと破棄すれば良いので安心だ。
そうしてリリは魔境の土が植物に与える影響を調べた。
「大抵の植物は枯れるか弱ります。どの植物も百パーセントの濃度の魔境土では枯れます。だが、土に魔境土を混ぜるとかえって元気が良くなる植物があったんです」
「それが、あれか?」
オズワルドは超テッポウウリを指さした。
「はい、実際の植生でも種子を飛ばしますが、より威力が強くなり、汁に触れるとめちゃくちゃ被れます。更に汁を口にすると上級回復ポーションでなければ死亡するくらいの下痢になります」
さらにテッポウウリはもっと南下した地域で自生している植物で、この国では寒くて育たない。領主の館に運んできた当初は温室で温度を整えてやり、ようやく生きていた程度に弱まってしまったが、魔境土を足すと見る間に成長し、実を付けたのである。
「多分、温室でなくともこれ、生きていけます」
とリリは断言した。
非常にたくましく育ってしまった。
「ふうむ」
オズワルドは思いがけない展開に戸惑ったが、面白そうだと思った。
これは何かの武器に使えないか?
と軍人らしい思考に至った。
そう、例えば――。
考え込むオズワルドにリリは提案した。
「閣下、これ、冒険者の集落の防御壁として使いませんか?」
「何?」
それはかなりいいアイデアに思えた。
オズワルドは防御壁を石で作るつもりだったが、それだけでは力の強い魔獣達に破られてしまうかもしれないと危惧していた。
石壁の前にこの超テッポウウリを植えれば、そもそも石垣に近づくことも出来まい。
「それはいいかもしれないな。用意出来るか?」
リリはにんまり笑った。
「もちろんですよ。他にもいいのありますから、見ていって下さい」
リリはそう言って軽い足取りで奥に向かう。オズワルドは嬉しいより、呆れた。
「他にもこんな危険な植物を育ているのか、君は」
ぼやきながら、オズワルドはリリを追いかけた。




