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花嫁に逃げられた侯爵と花売り娘、辺境で無双する  作者: ユーコ
第一章 花嫁に逃げられた花婿と花売り娘

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16.ソル種とルナ種

「うーん」

 リリが困ったように呻き声を上げたので、アンドリューはあわてた。

「人に教えてはならないという事情があるなら、無理におっしゃらなくても結構です」

「あ、いえ、そうわけではないです。……そうではないのですが、ソル種とルナ種については少し難しい上に誤解が生じやすい概念なのです。ですが魔境に近いこのクリンプス領では知っておいた方がいいことかもしれません。ただ私は聖職者様ではないので、聞きかじりの知識をお話しすることしか出来ません。それで構いませんか?」

 アンドリューは大きく頷いた。

「もちろん構いません」

「お願いします」

「はい、是非」

 と横で聞いていたウォーレスやエイルマーも聞きたがった。

 その場にいた他の兵士達も聞き耳を立てている。

 キュア草から赤キュア草を作り出したリリの話だ。何か面白いことが分かるのではと期待している。


 そんなことはつゆ知らず、リリは話し出した。

「では、触りだけでもお話しましょう。ソル種というのは、光の魔素に親和性が高い者です。一方、闇の魔素と親和性が高いのがルナ種です」

「闇……」

「リリ様はそのソル種で、我々はルナ種なのですね」

 うむとリリは力強く肯定する。

「はい。正確な判定は聖職者様でないと無理ですが、おそらくそうです」


 リリはあの後、館のほぼ全員に護身の指輪をはめさせ、光線を出せるか実験したが、リリのような強い光線は出せた者は誰もいなかった。

 大抵がアンドリュー達が出したようなヘロヘロとした光線が精一杯というところだが、中にはもう少し強い光を出せた者もいる。

 逆にまったく光線が出せなかったのは今のところオズワルドだけだった。


「皆さんのほとんどがルナ種、少し強い光線を発出することが出来たのはニュートラルの人ですね」

「ニュートラル……」

「はい。ソル種とルナ種の間の体質になります。闇の魔素も光の魔素もどちらも体に害にならない体質の人間が、人口の二割いると考えられています」

 ソル種四割、ルナ種四割、後の二割がニュートラルという比率だ。


「……」

 アンドリューはリリが木に大穴開けたところを見ている。

「……ソル種というのは、随分凄まじい魔法を使える者なのですね」

 アンドリューがしみじみと呟いた。

「体質なら仕方ないですが、ちょっと羨ましいなぁ」

 彼と一緒に現場にいたエイルマーも苦笑いする。二人の話を聞きとがめて、リリは口を挟んだ。

「あ、それは違います」

「違う?」

「まず第一に、私は魔法具という『道具』を『使った』のであって、私が『魔法』を『使った』とわけではないのです。だから私は魔法使いではありません」

 魔法使いというのは、文字通り『魔法』を『使う』者であって、リリは単に魔法具を作動させただけだ。

 リリは魔法使いではない。

「この地は闇の魔素が強すぎてあんな極端な結果になりましたが、他の場所では当然違いますし、魔法具は沢山の種類があります。中にはルナ種の人でないと使いこなせない魔法具もあるはずです」

「そうなんですね」


「それに」

 とリリは力を込めて断言した。

「ソル種とルナ種はどちらが優れているというものではありません。どちらかというとこの地ではルナ種の方がメリットが大きいと思いますよ」

「そうなのですか?」

 軍隊でも主力武器は剣や槍といった近接兵器から、銃に移行しかけている。

 魔法具の光線はうまく使えばかなりの戦力になるとアンドリュー達は睨んでいる。


「ソル種は光属性の魔素を吸収しやすく、力に出来るかわりに、ここのように濃い闇属性の魔素は体にとって毒のような異物になります。逆にルナ種は闇属性の魔素を吸収しやすく、力に変えることが出来ます。皆さんはここに来て体調良くないですか?」

 アンドリュー達は顔を見合わせ、頷いた。

「はい、その通りです」

 リリはにんまり笑った。

「それがルナ種の特徴です。ここまで闇が濃いと力が強くなったり、疲れにくくなったりしてますよね。ほとんど病気もしないんじゃないですか? 働いている皆さんはどうですか?」

 リリが使用人達がかたまって食事をしているテーブルに問いかけると、一人が恐る恐る手を上げた。

 リリは一応侯爵夫人にして女主人。

 前侯爵の時代は、使用人達が話しかけていい身分の女性ではなかった。ちなみに前侯爵夫人は前侯爵の赴任中、王都で暮らしていたので使用人達は見たこともない。

「はい、その通りです」

 一人が言うと、他の使用人も同意する。

「風土病もあるし、どんな危険なところかと思っていましたが、案外住み心地はよかぁです」

 うんうんと他の人間も頷いた。

 使用人はクリンプス領やその隣の領の出身がほとんどだ。この辺りではまあまあ給料や待遇が良い職場として知られている。

 条件は良いが、危険な環境と風土病、それに周囲に何もないので人気はない。

 食うに困って仕方なく来た人々ばかりだ。

 だが慣れると居心地はいいので、離職率は低い。

 彼らのうち、四割ほどは早期に体調を崩し、退職している。この地に上手く適応し、残れたのは、ルナ種とニュートラルだけである。


「その代わりにルナ種にとって光の魔素は毒なんです。私が闇の魔素を魔力転換したようにルナ種も王都など光の魔素が濃いところでは、魔力転換して発出しないと体調を崩すと思いますよ」

 リリが何気なく呟いた一言にアンドリュー達は凍りついた。

「……王都は、光の魔素が濃いところなのですか?」

 アンドリューが慎重に問いかける。

 リリは彼らの異変には気付かず、いつもの調子で軽く答えた。

「ですよー。老師から聞きましたが、大昔は魔獣除けに光の魔素が溜まりやすい場所を選んで都市を築いたそうです。その名残らしいですヨ」




 昼休みが終わり、リリ達は午後もまた魔法具の捜索作業を続けた。

 さらに二つも同タイプの魔法具が見つかり、色めき立つ一同だったが、翌日は朝から夕方まで捜索を続けたにも関わらず、とうとう他の魔法具は見つからなかった。

 一同はガッカリしたが、リリは「そんなものだと思いますよ」とこうなることは分かっていた様子だ。

「リリ様、『そんなもの』というと?」

 とエイルマーが問いかけると、リリは言った。

「魔法具は高価ですからね。領主といえどそう簡単に買えなかったはずです」

 館にあるここ五十年ほどの資料には、魔法具に関する帳簿は残っていない。

 おそらくそれ以前――五十年以上前に買われたものなのだろう。

 魔石が流通していた当時からそこまで頻繁に買えるものではなかったと考えられる。

 医療用品などの命に関わるような物品だけ購入したのだろう。

「なるほど」

 エイルマーも納得した。

 ただし、リリの持つ指輪型の魔法具など、小さなものはどこかに紛れ込んでいるかも知れない。

 使用人達は仕事の合間に、捜索を続けてくれるそうだ。


「リリ様、皆様、おやつの用意が出来ましただ」

 ちょうどおやつの時間になり、スネルじいが呼びに来たので、一同は今日の仕事はもうやめて、おやつを食べることにした。

 今日のおやつは、余ったパンにスパイスを効かせた蜂蜜や薄切りの生姜を載せてリベイクした簡単お菓子だ。

 館には現在大人しかいないので、隠し味に甘口ワインをちょっとだけ入れてある。


「リリ様、見てきました」

 おやつを食べている最中、リリ達とは別の作業をしていたウォーレス達が戻ってきた。

 彼らは屋根の上の四つの魔法具、ガーゴイルの状況を見てきた。

「あ、どうでした?」

「どこも壊れてません。使用済みの魔石の大きさはこのくらいでした」

 とウォーレスが両手で作ったサイズは鶏の卵より大きく、それより大きな鳥類、ガチョウかアヒルの卵くらいのサイズだ。

「そうでしたか、お疲れ様です。あ、おやつをどうぞ」

「ありがとうございます。では先に手を洗ってきます」

 ウォーレス達が一旦立ち去ろうとしたのと、入れ違いに、

「副官、リリ様」

 見張り役の兵士が息を切らして駆け込んできた。


「大佐が戻られました」

 魔境からオズワルド一行が戻ってきたらしい。


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