14.魔法具 護身の指輪
――リリは気合いが入っていた。
リリが魔法具を使うのはこれが初めてである。
失われた過去の技術である魔法具を使える機会に、ワクワクしないはずがない。
魔法具の使い方は、老師に教えて貰った。
魔法具には大抵呪文が記されているから、それを唱えれば良い。
魔法具とは魔法の知識や素養を持たない一般の人でも魔法を使えるようになる道具だ。一部の特殊な魔法具以外は簡単に使えるように出来ている。
リリに教えを授けた時、老師はこう言った。
「何かの時に役に立つかもしれない」
もう聖職者である彼らも稼働する魔法具に触れる機会はない。ましてやただの庶民であるリリに『何か』なんて一生かかってもあり得ないんじゃないかと、幼いながら思ったものだが、老師が正しかった。
何かの時がついに来たようだ。
老師曰く、魔法具は『思考』と呪文によって体内の魔素を消費し、発動する。
魔法具を使うコツは、『強く願う』こと。
リリはその時、体に異常が出るくらいには魔素を貯め込んでいた。
その魔素が、一気に排出された時。
キューーーン!
聞き慣れない、ガラスを引っ掻くような音と共にリリの指輪から何かが放たれた。
「きゃっ」
驚いたリリが思わず目を閉じたのと、『ドン!』と空気を揺らすような大きな音が響いたのは、ほとんど同時だった。
しばらく経ってそーっと目を開けたリリは思わず声を上げた。
「は?」
十メートルほど離れた場所に立っていた木に大穴が開いていた。
「えっ? 何? どうなったの?」
一瞬だったし、目を閉じて閉まったので何が何だか分からない。
「君がやったんだ」
呆れ顔でオズワルドがリリに説明した。
「えっ、私ですか?」
「そうだ。その指輪から白い閃光が伸びて、木を貫いた。一瞬だったが確かに見た。それより君は無事か?」
「はあ、なんともありません」
強いて言うと、少し気分が良くなったくらいだ。
「凄まじいものだな」
木に開いた大きな穴を見てオズワルドがしみじみと呟いた。
「おい、その指輪、僕にも貸してくれ。やってみたい」
「あー、いいですよ」
とリリは指輪を抜いてオズワルドに渡した。
喜び勇んで指輪を小指にはめたオズワルドは、リリが小さく呟いた言葉を聞き逃した。
「多分無理だと思いますけど……」
結果――。
魔法具はオズワルドが呪文を唱えても、うんともすんとも言わず、まったく動作しなかった。
オズワルドは釈然としない様子で何度も指輪と木を見ている。
「どうして?」
「あ、やっぱり」
とリリは言った。
「おい、やっぱりって何だ?」
リリはオズワルドの問いかけは無視して、
「お二人もやってみてください」
とアンドリューとエイルマーにも指輪の試射を促した。
そこで二人も試してみたが、どちらもリリのように指輪から光線を発射することが出来なかった。
何も出なかったオズワルトの時と比べ、二人が使うと白い光線がチョロっと出るという違いはあったがその程度だ。
エイルマーの出した光線があまりにもヘロヘロだったので、恐る恐るアンドリューが触れてみたら、ちょっと「ピリッ」とした。
「何故だ?」
とオズワルドが首を傾げる。
「それはですね、体質が違うからです」
「さっきもそんなことを言ってたな、君は人口の四割とかいう魔素が体の毒になる体質だとか」
「そうです。私はソル種で、閣下達はルナ種です。ルナ種は闇の魔素を魔力転換せずに体内で消費するので……あれ?」
話しているうちにリリは目が回ってきた。
このところの寝不足と体調不良に加え、魔素を高威力を排出したため、体が悲鳴をあげたのだ。
「おい、どうした?」
怒鳴るオズワルドの声を遠くで聞きながら、リリはぱったり倒れてしまった。
***
再びリリが目を覚ましたのは、それから丸一日経ってからだった。
「あれ、奥様!? お目覚めになったとですか?」
リリの様子を見に来た女中頭のマーサが、ハッと気付いて声を上げる。
「あれ、私……?」
「お加減はどうですか?」
マーサの問いかけにリリはしばらく考えた後、答えた。
「……悪くないですね」
ここのところリリを悩ましていた頭痛と倦怠感が消えている。
「こうしちゃいられません、少しお側を離れますよ」
マーサが急いで医者のエイルマーを呼んできてくれた。
「異常ないようですね」
「はい、大丈夫です」
診察の後、エイルマーはふとリリに尋ねた。
「……大佐からリリ様にお目にかかりたいと申し使っております」
エイルマーが言いづらそうなのは、オズワルドがお世辞にも弱っている時に会いたいと思うタイプの人物でないからだろう。
「あ、閣下ですか?」
「はい、ご気分が優れないなら後日でも構わないそうです」
「いや、大丈夫ですよ」
リリがパジャマからワンピースに着替えたのを見計らったようにオズワルドがリリの部屋を尋ねてきた。
「具合はどうだ?」
「おかげさまで大丈夫そうです」
突っ立って話すのもなんなので、リリはオズワルドに椅子を勧め、自分も対面の椅子に座る。
リリの部屋は領主夫人の部屋なので、応接室も付いているのだ。
「失礼しますだ」
と今度は部屋にスネルじいさんがやっていた。
「無事にお目覚めになってよろしゅうございました」
「ご心配おかけしました」
スネルじいは白い眉をハの字に寄せて、リリに問いかける。
「奥様、お菓子は召し上がれますか?」
「大丈夫です」
スネルじいが用意してくれたのは、マジパン。
アーモンド粉と砂糖または蜂蜜を練ったもので、栄養価が高く消化に良い。この国では薬局で売っているくらい滋養強壮に優れたお菓子である。
病中のリリを気遣って作ってくれたようだ。
「ご主人様、奥様、失礼しますだ」
お茶を淹れたスネルじいが部屋から出て行き、オズワルドとリリは二人きりになる。
「……」
「……」
結婚して夫婦のはずのこの二人。
しかし二人きりになるのはあの旅路の道中以来、初めてである。
リリは少々気まずい気分でマジパンを皿から取り上げた。
貴族はフォークで切り分けてお上品に食べるが、庶民は手で持ってガブッといく。
マジパンは柔らかく、簡単に形を変えられる。
そのため動物や果物を模して作られることが多かった。
今日のマジパンは馬の形をしていた。
軍では移動手段として今も馬が重用されている。軍人と馬は切っても切れない関係にあるので、馬型のマジパンは喜ばれただろう。
リリが「どこから食べよう」と悩んで馬マジパンの頭を齧り付いた時には、オズワルドは既にマジパンを食べ終えていた。
「少々急いでいるのだ。君はゆっくり食べてくれ。具合はどうだ」
「だいじょうぶれす」
食べている時に問われたので変な話し方になった。
「ならば良い。君に話しておかねばならないことがあるのだ。長くはならないから聞いて欲しい」
オズワルドはいつになく真面目な口調だ。
「はい、閣下。なんでしょうか?」
「明日から魔境内部に入る」
「えっ?」
リリは驚きのあまり声を上げ、ついでに囓りかけのマジパンを落っことしそうになり、あわててキャッチした。
そんなリリに向かってオズワルドは、
「君は落ち着きない女性だな」
と呆れたように言った。
「お言葉ですが、閣下のせいですよ。どうしてそんな急に魔境内部に行くことになったのですか?」
オズワルドは首を左右に振る。
「急ではないのだ。前々から決めていたことだ。昔の部下の中で具合が良くない者がいる」
「それは……」
リリは言葉に詰まる。
「上級回復ポーションで今は小康状態を保っているが、一刻も早く、青キュア草を手に入れなければならない。手帳や昔の文書に記されていた『冒険者の集落』とやらを目指すつもりだ。君も知っての通りだが、あそこには井戸があるかもしれない」
「はい」
集落を記した文献の中に、「井戸があった」と書かれていたのだ。
飲み水があれば、探索は随分楽になる。
放棄されたのは四十年近く前らしいから、施設のほとんどは使い物にならないだろうが、一から拠点を作り直すよりは楽なはずだ。
集落がどうなっているのか、確かめるためにもオズワルド達はそこを目指す。
旅程は一泊二日。
一晩、魔境で夜を明かす危険な計画だった。
「なるほど……」
危険だが、無謀な計画ではない。
むしろ今後魔境内部に侵入するなら拠点作りは不可欠だ。
リリ達が量産した上級回復ポーションの備蓄も増えてきたので、オズワルドは今魔境探索を決意したのだろう。
「何人くらいで行くんですか?」
「僕とイーデンを含め、十名で行くつもりだ」
イーデン・イーリーはオズワルドの指揮官補で、戦闘能力が高い。
「随分、少人数で行くんですね」
「とりあえずの様子見だからな。資材を運べるようになったらもっと大勢の人間で行くが、少人数の方が小回りが効くし魔獣を必要以上に刺激しないで済む」
「そうですか……」
「ところで、せっかくの機会だ。何か向こうで君が手に入れたかったものはあるか?」
「そうですね」
リリは少し考えてからオズワルドに言った。
「植物を採取して欲しいです」
「植物?」
「はい、雑草でも何でも構いません。根っこがあればありがたいですが、なくてもいいので、無理はしないで下さい。それと」
「それと?」
「魔境のあの黒い木は駄目です。あれを持ち帰るのは絶対に避けてください」
魔境内部に生えている木は、普通の木とはまったく違い、真っ黒な木肌をしており葉もなく枯れたような不気味な姿をしている。
深刻なリリの表情にオズワルドも真顔で頷いた。
「分かった。他は?」
「可能な範囲で、もし緑の魔石があれば、持ってきてください。あの黒い木以外の木の根元や、茂みなどにある可能性が高いです」
「赤では駄目なのか?」
「すみません、確かなことは私にも分かりません。今言えるのは、緑の魔石なら出来ることがある『かも知れない』程度なのです」
「確かに昔の帳簿では、魔石に色があったようだな。赤は火の魔石ではないのか?」
魔石はほとんどが赤い色をしている。リリ達が持っている魔石も赤だ。
だが、昔、魔石を売り買いしていた頃のクリンプス領の帳簿には、魔石には色々な色があり、赤色以外の魔石が高値で取引している形跡があった。
「違います。神学で赤は血の色を意味します。司るのは生命の力と言われております。魔獣の持つ魔石が赤なのは、これに関係していると思います。推測ですが」
「なるほど」
「何らかの特殊な条件下で魔石は色つきになると思われます。色つきの中でも白と緑は癒やしの効果を持つはずなのです」
オズワルドは思いついてリリに質問した。
「白は探さなくていいのか?」
「過去の資料では白の魔石の産出はほとんどなかったようです。見つけられる可能性が高いのは、緑のほうです」
緑の魔石は色つきの中では比較的産出量が多い魔石だったようだ。
「分かった。善処しよう」
そう言って茶を飲み干したオズワルドは椅子から立ち上がった。
「決してご無理はなさらずに」
とリリはオズワルドに念押しする。
オズワルドは目を眇めて、いつも通り偉そうに言った。
「君に言われなくてもそうする」
「へーい」
本当、コイツ、むかつくわーというのが、リリの夫なんである。




