目を覚ます
見知らぬ天井、というわけではなかったのだが、ディアは起き上がる。
ついでに、目を覚ます前に起った事を思い出して、
「確か、リアネーゼという勇者? のようなものがいた気がしたが」
「それは俺だ。そして、お前の命は俺が握っている」
嗤うリアネーゼにディアは目を瞬かせてから、
「お前が私を殺すのか?」
「そうだ。もっともエリオットを呼び出してからだが。確実に止めをさせる状況にある」
「相打ちになるが、いいのか?」
余裕のある笑みを浮かべているリアネーゼの唇の端が、ひくりとなる。
「お前達二人が束になってかかってくれば多少は俺に傷をつけられるだろうが、お前一人では……」
「リアネーゼが力を隠しているのは分っている。それを含めて相打ちになるぞ?」
「……こんなにか弱そうな見た目をして、随分と平然と嘘がつけるものだな」
「……どうして嘘だと思った?」
「お前の魔力はどういうわけか俺から見やすい。そして、それに似たような手はさっきそっちのテイルが使っていた」
ディアがテイルを見ると、ばつが悪そうな顔をする。
その頭を軽く撫でてからディアが、何故かむっとしているリアネーゼに問いかけた。
「どうして、エリオットを傷つけるような真似をしたのだ? 随分とエリオットは信頼していたようだが……」
「そうだな。確かにエリオットは俺を信頼していて、でも、他の奴らを相手にするのと同じ優しさだったんだ」
「エリオットは優しいからな」
「でも俺は、もっと強い感情を俺にぶつけて欲しかった! ……特別でいたかったんだ」
リアネーゼの声に感情がこもる。
同時に無意識に発生した怒気を含む魔力が周りに放出されて、部屋が微動する。
その恐ろしさにテイルがびくびくしているのを見てリアネーゼははっと我に返るも、そこでディアが真っ直ぐに、見透かすようにリアネーゼを見た。
「……エリオットにとっては、特別だったのではないのか? リアネーゼが」
「……知った口を聞くな」
「そうでなければ、あんな風に家に引きこもる事なんてなかったのでは?」
その言葉にリアネーゼは少し黙ってから、
「その特別は、俺の望む特別じゃないから、意味はない。だから、憎しみで満たしてやったのに。俺だけの事しか考えられなくて、何も出来なくなるように……あいつが大好きな幼馴染のあの女、エミを利用して」
そう鬼気迫る表情で嗤うリアネーゼ。
その情念は暗く歪んでいて、見るものに恐怖を与える。
けれどディアは静かにそれを見つめて、大きく溜息をついた。
「……それで、リアネーゼは本当に満足したのか?」
「どういう意味だ?」
「それが、本当にリアネーゼが望んだ結末なのか?」
「……関係ない。どの道エリオットは、俺が力ずくで奪う、それだけだ」
「では何故すぐにやらなかった? こんな西の魔王倒しという茶番を引き受けた?」
「……知らない」
「時間が経てばエリオットが許してくれるかもしれない、そう思ったのではないのか?」
「……知らない」
「後悔したのではないのか? 自分のした事に」
「知らない!」
苛立ったように叫び、再び壁が小さく振動する。
けれどディアは相変わらず、真っ直ぐにリアネーゼを見据えている。
それにリアネーゼは恐れを覚える。
真っ直ぐで純粋で、けれど見つめるものの心の深く奥底まで見透かすような、まるで鏡を見ているような、そんな気分にさせられる。
醜い自分の心という姿を見せ付けられるような気がして、苛立ち紛れに、リアネーゼはディアを押し倒した。
ベットに押し倒されたディアは相変わらず美しく、けれど気に入らない表情のままだった。
「ディアに手を出すな! リアネーゼ」
それをテイルが必死で止めようとするが、邪魔なのでリアネーゼは動けなくなる魔法をかける。
そして見下ろしてリアネーゼは不敵に笑う。
「もしもお前が俺に犯された姿をエリオットが見たらどう思うだろうな」
そう告げるリアネーゼ。
この美しくて気に喰わない顔が、哀願するように泣き叫ぶ姿を想像すると、楽しくなってくる。
エリオットは、もっとリアネーゼを憎んで、リアネーゼのことしか考えられなくなるだろうか。
笑いがこみ上げてくるのを必死に押さえながら、リアネーゼは、まずはキスからしてやろうかと思っていると……そこでディアの手がリアネーゼの背に回されて、そのままリアネーゼは抱きしめられた。
温かい。
服越しに感じた体温に、ふと、エリオットと始めてあったときをリアネーゼは思い出した。
こちらに来て間もない頃、孤児院に馴染めなかったリアネーゼがエリオットに会って、あの時。
「また遊ぼうね」
エリオットが微笑んだあの時、あの手の温かさもこんな風に感じたのだ。
それが、一目惚れした理由。
自分でも単純だと思うけれどそれが切欠で、一緒にいる内にどんどん好きになって。
だから好きで好きで好きで堪らなくて……。
それがディアと重なって、どうしようもなく惹かれてしまうように感じられて、リアネーゼは焦る。だから、
「放せ!」
力でリアネーゼはディアを突き放し、そのまま逃げるように走り去る。
そんなリアネーゼを見送りながらディアが無表情にポツリと一言呟いた。
「子供だな」




