過去編(6)
短い間だが、一緒に過ごしているうちに、エランは竜達の信頼も得ていた。
確かにディアに気に入られていたが、今までのエランの行動も彼らの信頼に足りるような物だったのが大きい。
そして嵐になりそうな空模様。
「いいか、ディア様を絶対にお守りしろ」
「分っているよ、可愛い奥さんによろしくな」
「ディア様のみならず、妻に手を出したら許さん!」
「……いや、もういいけれど、あんまり熱々な話をしないでくれ」
「羨ましかろう、とはいえ、ディア様の事は頼んだ。ああ見えて、強い精神力があるとはいえ繊細な方だから」
「知っている」
そんな会話をして、神殿にはディアと二人きりだとエランは思う。
そしてフィスを見送ってから、神殿の中へと引き返す。
すでにポツリポツリと雨が降り出していた。
嵐になるなと、エランは思って、これからエランのしようとしている事自体が、嵐そのものだと思う。
欲しいから。
自分だけを見て欲しい。
誰にも、では無く、自分だけ。
反芻するその言葉は、あのテイルという魔王と出会ってから、繰り返しエランを苛んでいた。
いつもと同じように装ってきたが、確実にエランの心を苛んでいた。
おそらくはこの時すでに、エランはディアへの恋慕で狂っていたのだと思う。
好きで好きで好きで堪らなくて、欲しくて、そんな子供じみた欲求がエランを支配していた。
それに伝言の鳥が来ており、早く力を得て戻ってこないと家族がどうなっても知らないぞという、脅しが書かれていた。
仕方がない、そう、仕方がないのだと、くらくらしながらエランは心の中で思う。
やがてディアの部屋の前にエランはやってくる。
そして意を決したかのようにそのドアを叩いたのだった。
「嵐になりそうな天気だな」
そう、窓の外を憂鬱げにディアは見上げる。
鉛のような灰色の空から冷たい涙のような水が降り始めるのを見る。
遠くに稲光と次に轟音が聞こえて、ディアは近いなと呟いた。
嵐はすぐそこまで来ていた。
そう思いながら何処か心、ここにあらずなディア。
理由はエランの事。
身を守るためと、それ以上に人々に一番強い神である自分の、最後に残した破壊の魔法は渡す事は出来なかった。
けれど、剣にほんの少しその力を混ぜただけでは、エランはテイルに勝てない。
あれ以来妙にエランは塞ぎこんでいる。
いつもと同じ風に装っていてもディアは分る。
「……エラン」
いつも傍にいて、初めはこの力がエランの目的だったのだと思う。
けれどディアは、今はもう信じても良いのではないかと思う。
否、信じたい。
「……渡したが最後、か。だが……」
そう繰り返し悩み続けるディア。
そこで、ドアが叩かれて、エランが入ってくる。
何処かいつものエランと違い切羽詰っているようだった。
「どうした? エラン」
「……俺は弱くて、ディアを守る事ができないんだと、痛感しました」
「それは、だが、テイルは……」
「ディア様の方がよほど強い力をお持ちです。俺がいなくても、十分守れると。だから、お暇を頂きたいのです」
それにディアは、焦ったようだった。
そしてそんなディアを見ながら、ディアもエランに傍にいて欲しいのだと知る。
思ったとおり、ディアは優しくて、そして愚かだ。
「そんな……今のまま傍に居てはくれないのか?」
「残念ながらこのままでは俺は足手まといですから、一度戻って力を蓄えてきます」
「……そう言って、二度と皆戻ってこなかった」
ポツリとディアが呟く。
ディアが、寂しいだけかもしれないが、その他大勢の人が恋しいだけかもしれないが、それでもエランを求めてくれている事は嬉しかった。
けれどそんなディアに付け込もうとしている自分は酷い男だとエランは思う。
でも、それでも、もう、エランは我慢出来なかった。
「……弱いから仕方がないんです」
そう、離れて行く揺さぶりをかけて、それにディアは俯いて、そして意を決したように見上げて。
「力を、私の最後の力を渡せば、エランは傍にいてくれるのか?」
そのディアの言葉と表情に、エランは、かかったと心の中で嗤ったのだった。




