過去編(5)
最近、ディアに花やお菓子を渡すと、キスをしてくる。
初めは驚いて、けれど嬉しさのあまりに悲鳴を上げそうになるエラン。
だがその理由をディアにエランは問いかければ、
「好きという親愛の証を、こうするのであろう?」
「……誰に聞いたのですか?」
「西の神……いや、魔王であったな、テイルに」
それを聞いた時のエランの心境といえば、良くやったと言うよりは、よくもディアに手を出したなという気持ちだった。
けれどそこでディアが不安そうな顔をして、
「エラン、険しい顔をしているが、私は何か間違った事を言ったか?」
問いかけてくるディア。
エランは先ほどのキスもあって、むらっとした。
だからそれを隠すようにぎゅうとディアを抱きしめる。
「エ、エラン?」
「少しだけこうさせてください。こうすると凄く落ち着くのです」
すると強張ったディアの体から力が抜けて、代わりにエランに好きだよと求めるように手を回してくる。
何だこの可愛い生き物はと、エランは悶絶して押し倒したい衝動に駆られながらも、必死で耐える。
そこでガラッとドアが開いてフィスが入ってくる。
そして中で抱き合うディアとエランを見て、見る見る怒りで顔が赤くなり、
「貴様! ディア様に何をしている!」
「落ち着くので」
「やかましい! 貴様の役割は守護だ! それ以上でもそれ以下でもない!」
「いいだろう」
「……」
「……」
「……私には妻がいるが、ディア様に不貞を働こうとする輩は、今すぐここで切り捨ててくれるわ!」
と言い出すフィスにエランはそこでにたった笑ってからディアに、
「ディア、俺とフィスが戦って欲しいのか?」
「嫌だ」
ディアは争いを好まない、故に、エランの思ったとおりそう答える。
それだけで、フィスはエランに手出しできない。そこで、
「あまり僕の事を無視しちゃうと、何をするかわからないよ?」
「テイル? 久しぶりだな」
「ディアも相変わらず綺麗だね。所で、人間の守護をつけたのだって?」
「ああ、あのエランだ」
「ふーん、確かにディアには劣るけれど綺麗だね。でも人間だし」
「テイル……」
「ディア、これちょっと借りて良い? どの程度の強さか見たいから。大丈夫、殺しはしないから」
けれどディアは、テイルに頷かない。そんなテイルは今度はエランに目を移して、
「……ディアの前に無様に負けるのが怖いの? 良いよ? どうせ君は人間だし、ディアに守られていれば良いよ」
「テイル! エラン、やらなくても良いからな!」
そうディアに言われるも、エランは、安い挑発に乗ることにした。
こう見えて人間の中では、エランは強い方なのだから。
そしてディアを守る剣で、エランはテイルに挑んだのだった。
結局エランはテイルに負けてしまった。
そしてその時耳元で囁かれた言葉が、エランの心にとげの様にささりじくじくと痛む。
「教えてあげる。ディアは誰にでも優しいんだ。そして人間が好きだから、だから君の優しい。別に君が特別なわけじゃないんだよ?」
嗤う様に言われたその言葉。
誰にでも優しいからエランにだけ特別なわけじゃない、勘違いするな。嫉妬、苛立ち。
ごちゃ混ぜになって黒い感情が、エランの中でむくむくと湧きあがる。
特別じゃない。
あんな風にディアが笑いかけてくれるのも、エランが特別だからではなくて。
人間だからで、だから。
そこでディアがエランを心配そうに覗きこんだ。
「エラン、負けたことがそんなに悔しいのか?」
「そう、ですね。こんなに弱い俺じゃ、ディアを守れない」
「……私を守りたいのか?」
「……はい」
揺れるディアの瞳。何かを躊躇するような、そんな表情。そして、
「……もしも、私の最後の魔法があれば、エランは……な、なんでもない」
ディアが、焦ったように顔を赤くして逃げていく。
そこでエランは自分の本来の目的を思いだすと同時に、気づいてしまう。
もしもその力をエランに渡したなら、ディアは無力だと。
そうしたならエランは、無力なこの美しいディアを独り占めできるのではないかと。
「俺だけを見てくれるディアに、する事だってできるんだ」
それが間違いだと気づくのは、エランが取り返しの付かない事態に陥ってからの事だったのだった。




