過去編(4)
エランが神殿に住み着いて、二週間が経過した。
その間、住み込みでフィスという竜が来ていたが、ディアに新婚さんなのに何をやっているんだと怒られてしぶしぶ別の竜をエランの監視役としておいて置き、週の半分だけディアといる事となった。
また、エランは人間なので食料が必要なのだが、ディアがこのエランという人間がいなくなると悲しむという通達があったらしく魔物はエランを襲わなくなった。
睨み付けはするが。
なので近くの森で、食べ物や水を手に入れる。
けれどそれでも足りないものは町に出る事にして三日に一度は、人の町に下りるエラン。
もちろん状況の報告もあるが、人の町で色々なものを仕入れてディアに渡す。
綺麗な石に、色鮮やかで香りの良い花、甘いお菓子。
特にディアは、エランが作るお菓子がお気に入りだった。
ボウルで卵白を泡立てるエランを、ディアが不思議そうに覗き込む。
「? 何を作っているのだ?」
「今日は蜂蜜の入ったふわふわのケーキです」
「そうなのかー。楽しみだな、エランのお菓子は美味しいから」
笑うディア。
ディアは神なので何も食べなくても良いのだが、事のほかエランのお菓子を気に入っていた。
昔人間がディアの近くにいた時は、そういったものを作ってくれる人もいたらしいのだが、作り方も知らないし必要なかったのでディアは何も知らない。
なので、エランはお菓子の作り方をディアに教える。
「うう……エランの作ったものの方が良いのに」
「ディア様が作られたお菓子、俺も食べてみたいですね」
「作る!」
「でも今日は俺が作りますから、また今度にお願いしますね」
と言って、お菓子を焼き上げてクリームを添えて果物を飾る。
最後に粉砂糖を少しかけて、淡い雪の掛かったようなケーキが完成した。
「ディア様、出来ましたよ」
「わぁ、相変わらず綺麗だな。……これは、エランともしかして」
「ええ、監視の方にです」
なのでエランが監視の竜に渡すと微妙な顔をされて……くんくんと匂いをかがれて、それから食べてくれた。
それを見てから戻ると、ディアがわくわくするように、早く食べようとエランを待っていた。
その幼げな様子に、エランの顔に笑みが零れる。
そしてまずディアが口をつけて食べるのをエランは見る事にしている。
フォークで掬い取り、ケーキを一口。
「美味しい!」
もぐもぐと食べて幸せそうに飲み込むディア。
見ているだけでエランは幸せだった。と、
「どうしてエランは食べないのだ?」
「ディア様が幸せそうに食べているのを見るのが、俺は好きですから」
「な! あう……その、見ないで」
「何でですか? 可愛いですし」
ディアは顔赤くして、口をパクパクさせる。
こんな所も可愛いなと思いながらエランもケーキを口に含む。
結構美味しく出来たなと思っているとそこでディアが、
「エランはどうしてこんなにお菓子を作るのが上手いのだ?」
「病弱な妹と母が好きでしたから。それに父も甘党で下戸なのです」
「そうなのか……」
「それにもともと強くなったのも、病弱な母と妹の薬代を稼ぐためでしたし」
魔法薬の代金がかさみ、借金もあったエランの生家。
だからエランは強くなる事で賞金を稼いだり魔物を倒したり、けれどそれで目立ちすぎたがために、こんな事になってしまったのだ。
そこでディアがすまなそうに俯いて、
「癒しの力は今の私にはない。もうすでに後一つしか残していないから。すまない」
「いえ、ディア様が……むしろ俺達人間の方に非があるわけですし」
「それをエランがしたわけではないのだろう?」
その言葉にエランはくらくらした。
ディアは優しい。そして、許してしまっている、人間を。
力を根こそぎ奪って捨てたはずの人間を。
そしてそれゆえの愚かさを。
きっと、ディアの持つ最後の一つをエランは奪う事ができるだろう。
そうなれば、ディアは無力。
ならば、ディアをエランは奪う事ができるだろうか。
ぞくりとしてエランは身震いする。だってそれは確実にディアが逃げられないようにして、エランが捉えることの出来る方法だから。けれど、
「エラン、どうかしたのか?」
「いえ、ディアと一緒にいられるのが嬉しいなと思っただけです。一緒にいるとますます好きになってしまって……愛しています、ディア」
ディアは顔を赤くする。
そんな初心な反応を見ながら、こんなディアだから好きなんだと、悲しい顔なんてさせたくないとエランは思う。
だからゆっくりと口説いていこう。
そうエランは心に決める。
やがて渋々ながらも、フィスはエランの存在を認める事となる。
そうやって信頼を得るのに二ヶ月。
そんなエランに、ディアはこれからも自分を守ってくれないか、と告げる。
エランは即座に頷くと、ディアは一振りの剣を渡した。
それはディアを守護する者への剣だった。




