過去編(7)
それから力を貰ったエランは、その力の使い方まで瞬時に理解する。
そして目の前の、力を全て失った美しいディアを見て、酷薄に嗤った。
「ディアは、愚かだ」
ついこぼれてしまったのはそんな言葉だ。
自分がどれほど魅力的で、どれだけのものが欲しているのかディアは分っていない。
そして、エランをディアは無条件で信じている。
それともただ信じたかっただけなのか、どちらにしろ愚かな事に変わりないとエランは思う。
そんなエランにディアが不安そうに、
「! エラン、約束は……」
「傍にいる事だろう? 俺が言っているのはそうじゃない」
「エラ……ン?」
怯えたようにエランを見上げるディア。
そんなディアの頬を撫ぜてから、エランは唇を奪う。
そのまま舌を入れてやれば、性に疎いディアだが身の危険を感じて焦って逃げ出そうとする。
床が後ろに倒れて、倒れこむようにエランから逃げ出して、けれどエランはわざとディアを逃す。
逃げ出すディアのその先にある部屋は寝室だったから。
ドアの鍵をかける前に開いて、ディアは大きな天蓋つきのベットに這って逃げる。
いつもそのベットに眠るディアの寝顔を堪能してから起すのが、エランの仕事だった。
けれど今は、エランから逃げようとするディアを捕まえて、仰向けにさせる。
暴れる腕を一纏めにして、ディアの頭の上でベットに片手で押し付けてやる。
エランを見上げるディアの瞳は、怯えたように揺れている。
けれどその怯えた表情もディアの美しさを損なう事はない。
その美しい獲物を前に、エランは舌なめずりをする。
後はもう、喰らいつくだけなのだから。
そこでディアの震える赤い唇から、言葉が零れる。
「なんで……」
ディアは何も分っていない、本当に愚かだとエランは思って、それにエランは答えない。
何で、どうしてと混乱するディアの愚かさもまた愛おしい。
けれどこれでディアの全てを、欲しくて堪らない人を手に入れる事ができる。
後は連れ去ってしまえば良いだけ。
もうディアには何の力もないのだから。
「愛してる、大好きだよ、ディア……」
その言葉にディアは涙を零し、そして、ついには気を失って、最後までは出来なかった。
けれど少しでも触れられたエランはその分だけ愛おしさが募る。
だから涙に濡れたディアの顔にエランはキスをする。
酷い事をしてしまった自覚はあるが抑え切れなかった。
我慢強い方だと思っていたが、ディアに対しては細い糸のようになってしまう。
ディアが欲しくて、自分だけのものにしてしまいたかった。
そんな時だった。
一通の手紙がエランの所に届き、それを見て顔を蒼白にして……エランはごめんと呟き、その場を後にしたのだった。
ディアが目を覚ますとエランが何処にもいなかった。
乱された服の間から見える白い肌には、赤い幾つもエランのつけた跡が残っている。
けれどディアはその乱れた服を正そうともせず神殿内を歩き回る。
エラン。
小さく名を呼んでふらふらとした足取りで、部屋という部屋を開けて探す。
けれど彼の姿は何処にもない。
エラン、エラン、と、認めたくないように、ディアはエランの名を呼び再び歩き回る。
きっと今は外にいるか何処か違う場所に居るだけだとディアは心の中で繰り返す。
必ずエランは、ディアの元に戻ってくると。
けれど瞳からはぽろぽろと涙が零れる。
そしてやがて再び自室に戻り、倒れこむように崩れ落ちる。
瞳には光は無く、何処か絶望したようなディアの表情は、美しい人形のようだった。
「嘘つき……」
そう、ディアは一言呟いたのだった。
手紙に書かれていたのは早く力を手に入れてこなければ、エランの家族をすぐにでも殺すというものだった。
だから急いで戻りその力を見せる。
そしてすぐにでもディアの元に戻ろうとしたエランは、薬を盛られて、軟禁されて彼の姫と関係を持たせられる。
手に入れた力を血ごと奪い去ろうという彼らの策略だった。
けれどすぐにエランはこの姫が自分のことなど眼中に無く、他に恋人がいるのだと知った。
だからせめてもの抵抗で、彼らにこの力がわたらにようにする。
その結果貴族達には勇者の子孫はいるけれども、勇者の血を引いていないのはそういうこと。
ディア、ディアとエランも閉じ込められた部屋で狂ったように泣いていた。
そして後にエランは、ディアに似た黒髪の娘と交わり子をなす。
それがエリオットの祖先となる。
けれど、そのエランが軟禁されている間に、ディアは魔王と化して、復讐というよりも無意識の内にエランを求めるように魔王として人間を襲撃した。
それの討伐にエランは呼ばれて、剣と交換で人を魔王から救った勇者となったのだった。
けれど魔王となってもディアは、相変わらずエランの大好きで愛おしい優しいディアのままで、けれど自分にはもう抱きしめる資格も無く、その後悔はずっとエランを苛んだという。
しかしその話は、長い時の流れの中で消えてしまったのだった。




