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「カイト。なに遊んでるんですの?」

 立ち上がったアズサちゃんが目を閉じながら腕を組んで、ツンとそっぽを向く。


「愛らしい見た目に騙されましたのっ。黒くて小さくて、まるでカイトを丸めたかのようでしたのに、口に入れれば筆舌に尽くしがたいばかりの苦さ。まさしくカイトの腹黒さを表したかのようですの」

「どっちにしろ僕なの?」


 良いにせよ悪いにせよ、その例えじゃ僕としてはどっちにしても嬉しくない。勝手に僕の胸に入っている空気が口から大きく漏れた。


「まぁ……。確かに効果は抜群のようですの。そこだけは認めてあげますの」


 立ち上がっていた事に気付いたアズサちゃんが、首を傾げながら耳の後ろをポリポリ掻くと、再び左目を押さえながら右目を開く。


「……ここはどの辺なんだろう」


 僕は立ち上がって回りを見渡す。

 背の高い木が立ち並ぶ。その木々のうち、葉を全部落としたものの背後からは山の稜線が見える。


「山の中かなぁ。アズサちゃんはわかる?」


 僕はアズサちゃんの方に振り向きながら聞いた。

 アズサちゃんは自信なさげに首をかしげる。


(わたくし)もあの滝壺意外はあまり村の外は出ませんから、だいたいですけども……。んー、でもキュービ村はここの山の上にあると思いますの」

「ああ。あそこから落ちたんだしね」


 僕は落ちてきたところ指差しながら、アズサちゃんの言葉に頷いた。村から滝壺までは村の外とは言ってもたいして歩いていない。

 ……あの怖い橋は渡ったけども。

 すごく長く見えた橋も、冷静に考えてみたらそう長くはないと思える。だとしたら一見滝壺と村は別れていても、一つの山が割れているだけで山頂では繋がっていそうだ。

 そう考えたら直線距離ではあまり遠くは無いのかもしれない。


「落ちたこの場所は多分道だから――」

「道? どうしてわかるんですの?」

「よく通るところは木が生えにくいからね。それでね、道だとしたらこれを辿って行ったら村に帰れるかも。結構近いかもね」


 なんだか希望が湧いてきた気がする。

 僕は語気を強めてアズサちゃんの方を振り直した。


「……うーん」


 だけど、僕とは対照的にアズサちゃんは渋る。

 アズサちゃんはふわふわの尻尾を巻き付けるように自分の前に持ってきていた。目線は筆先のような尻尾の毛先を向いていて、それを指先で摘むように触っている。


「どうしたの?」

「なんだか、天気が悪くなりそうな気がしますの」

「えっ? じゃあ早く行かないとだね。行こう」


 僕は道の先を指差しながら行こうとする。だけど、アズサちゃんが僕の服を引っ張って止めた。


「……いや、天気の悪い山で動くのは危ないってお父様がよく言ってましたの。確かキュービ村から延びる道は坂の緩い所を道にしたからグネグネ曲って見た目より距離はあるはずですの。それとも最短を目指してこの崖をロッククライミングでもしてみるつもりですの?」

「うっ」


 意地悪な事を言うようで、アズサちゃんの顔は真剣だ。

 確かに直線で考えたら絶壁に近い坂を登ることになる。それにキュービ村に来てた日も夜には雪が降ったり、かと思ったら翌朝嘘みたいに晴れたり天気が変わりやすい。

 天気が悪くなったら見通しが悪くなる。道だと思ってあるいたらまた地面がありませんでしたで落ちたら、もうお守りはない僕たちに次はないかも。

 僕は背筋にゾッとする感覚がすると首を引っ込めるように肩をすくめる。


「……いや、それはちょっとね。じゃあ雨宿りできるところを探さなきゃね」


 雨宿りならぬ雪宿りだろうか。僕はそんなことを思いながら再び回りを見渡す。木のある場所なら多少凌げるかもしれない。だけどそこは傾斜になっていた。足を滑らせると危ない気もする。


「なさそうだね」


 僕はアズサちゃんの顔を見た。アズサちゃんも口をへの字に曲げて考えるように目を閉じた。


「……そのようですの」


 アズサちゃんの答えに、僕たちは二人してうーんと唸る。


「あっ」


 少ししてアズサちゃんが何かに気がついたようにポンと右手で太ももを叩いた。


「無ければ作ればいいですの」

「作るって……」


 何を言ってるんだろうと一瞬首を傾げる。雪風をしのげるところを作ると言っても、木を切り倒すなんてできないし、材料なんて雪くらいしかない。いくらなんでも無理がある。

 ……雪?


「ああっ! あのカマクラってやつ?」

「そうですの。知っていたんですのね。じゃあ話は早いですの」


 アズサちゃんがニコッと僕に笑いかける。


「ささ、カイト。西魔術とやらでちゃっちゃと作ってくださいの」

「よし、任せ――」


 アズサちゃんのあまりに良い笑顔で思わず返事しそうになるのを思い止まる。


「――られても困るよ。ドライ先生ならできるかもだけど、僕の西魔術じゃできないよ。っていうか、カマクラ自体どう作ってるかわからないし」


 僕は慌てて首を横に振る。


「ふぅん……。カイトの作った水の落下傘よりかは簡単だとは思いますのに」


 アズサちゃんは何かを考えるように少し顎を上げる。

 水の落下傘? って、あの落ちてる時に作った泡の事だろうか。そんなつもりで作ったつもりはなくて、単純にクッションになれば良いと思っただけだけど、確かに落下傘としての効果も有ったのかもしれない。

 って今はそれどころでもない。


「僕、そもそもあれどうやって作ってるかも知らないんだから」

「雪の山を積んで踏み固めて掘るだけですの」

「それだけなんだ?」


 僕はアズサちゃんの言葉に拍子抜けしながら、僕たちがちょうど落ちてきたところを見る。

 そこには僕たちと一緒に落ちてきた雪がどっさり山盛りになっていた。大人の人くらいの高さはあるだろうしちょうどいい。


「それなら僕、西魔術使わなくても作れるよ」


 僕はそう言いながら雪山に何とか登りながら踏み固める。

 元から相当な高さから落ちたからかある程度踏むと、すぐに芯のある固さになる。

 僕は少し拍子抜けしながら、今度は降りて穴を掘ろうと手で掻きだす。

 固いせいかなかなか手が入らない。それに冷たい。指先が痛くなってくる。

 これシャベルとかの道具がなかったら無理じゃないのかな?

 僕は手袋越しに真っ赤になってる気がする指先を見ながら、心が一瞬で折れそうになった。


「カイト。はやくしないと天気が悪くなってきましたの」


 一度アズサちゃんの声に振り向いてから空を見上げる。西の方から重たそうな雲が近づいてきた。

 このままじゃ間に合いそうもない。


「ああもうっ! えーと、えーと。火五、風五。火は熱に、風は届けよ」


 僕は慌てながらにたねを出して詠唱しかける。僕の手にある赤と緑の斑の珠は、緩やかな温風になって雪山に吹きかかった。

 温風は雪山に一瞬で冷やされて冷たい空気になって僕に返ってくる。

 それはほんの少しだけ雪山を溶かすものの、手で掘った方が断然早かった。


「カイト。なに遊んでるんですの?」

「ち、違うよっ! 遊んでなんかないよっ! えーと、えーと。水5、風5。水は礫に、風は飛ばせ」


 首を傾げながらこっちを見てくるアズサちゃんをしり目に、今度は氷の弾を飛ばしてぶつける。

 それは勢いよく雪山にぶつかるものの、雪山はびくともせず。飛礫は少し埋まってそのうち消えた。

 手で掘った方が断然早かった。


「カイト。全然すごくないじゃないですのっ」

「ち、違うよっ! イメージがうまくできなかっただけだから。えーと、えーと。土5、――あれ?」


 次のたねを出そうとした時に腰を抜かしてしゃがみ込む僕。

 あら……、魔力切れだ。


「……はぁ、しょうがないですの。おどきなさいですの」


 アズサちゃんはしゃがみ込む僕の近くまで来ると、僕の肩に手を乗せて移動を促す。


「で、でも。魔力切れで腰がぬけちゃって――」

「でも、そこに居たら雪に埋まってしまいますの。まぁ、そうなっても春には芽吹き夏には花を咲かせるでしょうけども」

「す、すぐに動くよっ! 苦いぃぃっ」


 母さんも言ってたし、その言い回し流行ってるの? って思いながらも埋められてはかなわないので、僕は慌てて丸薬を口に放り込む。思いっきり眉間にしわを寄せてしまうような苦さが口に広がるけども、すぐに飲み下すと僕は腰を上げて避難する。

 効果は抜群なんだよね……


「法力開放」


 アズサちゃんは片目を押さえながら印を結ばずにそう言う。

 アズサちゃんは髪を犠牲にして防御結界を作った時も印は結ばなかった。アズサちゃんはやっぱりすごいんだなぁと思いながら僕はその様子を見る。

 変化がない。


「……解放出来てないよ?」

「う、うるさいですのっ! あーあ、やっぱりあれはギリギリ状態での偶然でしたのね。法力開放」


 アズサちゃんは少し恥ずかしそうに僕を一度睨むと、今度は両手で印を結んで法力開放をする。

 もちろん左目からは手が離されているから、両目はつぶったままだった。

 今度はちゃんと展開される。アズサちゃんの法域はポコポコと水泡の湧き立つ淡く青い色だ。

 アズサちゃんは目をつむりながら式紙を一枚出すと、そのまま雪山に投げつけた。

 雪山に真っすぐ飛ぶ式紙はぶつかる直前で僅かにアズサちゃんの法域と同じ色に光る。


きのえは貫く、きのとの千の錐』


 無機質な声。それと一緒に、細かく削るように細い衝撃が針の山のように襲いかかる。その衝撃に雪の粒が舞い上がる。

 間もなくして式紙が破れると、息を突く間もなかった雪山に対する攻撃も止んだ。

 あれ? 浅いな。

 僕の体ほどの穴が出来ていた。穴と言うよりは手が入るだけくらいのような凹みだから穴とはまだ言えない。派手な割に少し拍子抜けした。


「やっぱり、この雪山固いよね」

「何言ってるんですの。これは耕す用ですの。こうすれば簡単に掻きだせるはずですの」


 そう言いながらアズサちゃんは左目をまた手で押さえて右手だけで雪を掻きだす。

 本当に簡単に掻きだせるようだ。


「さ、カイト次は西魔術で掻きだしてくださいですの」

「えっ? えーと」

 

 アズサちゃんの期待にあふれる視線が僕に注がれる。

 アズサちゃん西魔術あんまり知らないからきっと珍しいんだろうとは思う。

 それにしても掻き出すか……。どう組めばいいんだろう。泡を飛ばしたり、氷の矢を飛ばしたり、ヤカンを飛ばしたり、アインさんを飛ばしたり――何かを飛ばすのはよくみたけども。掻き出すなんてできるんだろうか。

 僕は少し腕を組んで考える。そう言えばケサパサランの種ってどうやって集めたんだっけ。

 ……そうか、闇を使えば引っ張れるのか。


「闇5、水5。闇よ雪を掻きだせ」


 僕の両手を重ねて黒と青の斑のたねを作りだすと、それを柔らかくなった雪山に半分埋め込むように手を押し付けると両手の指でわっかを作る。

 理屈はあってる。

 僕の作ったわっかからは雪を吸い出すように掻き出ると、僕の顔に向かって飛んで来た。

 突然の事にビックリした僕は少し顔を背けた。でもそれだけで済んだ。

 ……なぜなら、掻き出たのが少しだけですぐに消えたから。

 

「カイトの西魔術。あんまり間に合いませんのね……」


 アズサちゃんがつまらなさそうに口を尖らせる。

 手で掘った方が断然早かった。



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