「がぶっ」
結局手で雪を掻き出して、僕達が入れるだけの穴を作ることができた。僕は最後の中の雪を外に出すために顔を出した。
その時にちょうど強い風が一度だけ吹くと、雪がふわふわと降りてきてほっぺに当たった。それは寒さと冷たさを確実に伝えてくると、ブルッと背筋が一瞬緊張するのを感じた。
寒くなってきた。
アズサちゃんが言っていた通りに天気が悪くなってきたようだ。
「ギリギリ間に合ったね」
「そうみたいですの」
僕は顔をかまくらの中に引っ込めながらアズサちゃんの方に振り向く。
中は明かりがないから暗いけど、入り口から入る光で薄ぼんやりとは見える。アズサちゃんは両目を瞑りながら膝を抱き込む形に座っていた。体と膝の間に尻尾を挟み込んで、両膝の隙間からぴょこんと飛び出た尻尾の先に頬を押し付けていた。
暖かそうでいいな。それを見ながら自分のお尻を一回擦る。でも僕に尻尾なんかあるはずもなく、つるんと手は滑った。
仕方ないと諦めた僕は、アズサちゃんと同じように三角座りをした。
「すごいね。カマクラってあったかいね」
僕の声は少し高めにカマクラの中で反響する。
初めての経験に僕のテンションが上がっているようだ。
それより不思議なのは雪は触るととても冷たいのに、その冷たい雪の中に居るにも関わらずカマクラは暖かい気がした。
風が入ってこないからかな? なぜなんだろうね。
「それも外に比べてってだけですの」
「……うん」
アズサちゃんの冷静な指摘に僕も頷く。それもそうだ。今は雪を掻き出すのに体を動かしていたから体自体が暖まっているけど、それもじきに冷えてくるかもしれない。村の中で遊んでる訳じゃない。今の天気が悪くなって動けない状況は良い状況とは絶対に言えないんだから。
僕のテンションは一気に鎮火する。
僕は顔を膝に埋めた。
姉ちゃんの足ならもうとっくに伯父さんや大人の人を呼んで滝壺に戻って来ているところだろうけど、僕達が崖から落ちたことは気づいてくれているんだろうか。雪の足跡を辿ればすぐわかると思うけども……。
いや、崖の上がこっちと同じ天気とは限らない。こっちだと上にある雲が、あそこでは下にあった場所だ。もし、あっちの方が先に天気が崩れていたとしたら? 霧が出て視界が悪くなったところに雪が足跡を消したとしたら?
――――何かが近づく気配。余計なことを考え出していた頭が一瞬でクリアになる。でも、僕は顔をあげる気にもならなかった。何か、と言っても、ここには僕とアズサちゃんしかいないからアズサちゃんに決まっている。
けど――
「ひぃっ! 何っ?」
僕の左耳に何かが触れる。くすぐったいと言うより、ビックリして反射的に顔をあげると、アズサちゃんが右手を竦めるように引っ込めた所だった。
「そんなにビックリしなくてもいいじゃないですの」
「びっ、ビックリするよっ! どうしたのさ」
僕の耳が何か悪さでもしたんだろうか。
そう思いながら聞き返すと、アズサちゃんは拗ねるように口を尖らせて、僕から視線をはずしながら斜め下に顔を向ける。
「……カイトの耳真っ赤になって寒くて痛そうだなぁって思っただけですの」
アズサちゃんが右手の指をもそもそと動かす。その手は手袋を脱いでいた。
言われてみると、僕の耳が寒さで痛くなってきた気がする。
「もしかして温めてくれようとしたの?」
首をかしげて尋ねてみる。アズサちゃんは顔を必死に横に振る。
「そんなこと無いですのっ! そんなこと無いですのっ! ただでさえ寒いのに、何を好き好んでカイトの冷たそうな耳を触らなきゃならないんですの? まぁ――――でも、どうしても温めてほしいなら手袋を脱いだついでに、ちょこっと私の手の温もりを分けて差し上げてもいいとは思わなくもないですの」
捲し立てるように早口に話すアズサちゃん。
手袋を脱いだついでにって、じゃあどうして手袋を脱いだのさって思ったけど、そこは言わないことにする。
「ふふ。じゃあちょっと温めてもらっていいかな?」
「ちょっとだけ。ちょっとだけですのよ。――ってなんでカイトちょっと笑ってますの?」
アズサちゃんの指摘に僕は両手で口を押さえる。
「フムゥッ。笑ってないよっ。気のせいだよっ」
「ふぅん……。ならいいですけども」
アズサちゃんはしぶしぶと言った素振りをみせながら、尻尾を左右に振る。
アズサちゃんの手が僕の耳に伸びてくる。
「冷たい」
そう言いながらも手を離さないアズサちゃん。
僕は温かくて気持ち良かった。
「こんなに冷たくなって、耳に毛がないなんて不便ですのね。剃ってるんですの?」
「剃らないよっ! もともとこんなのだよっ」
まぁ、確かにアズサちゃんみたいなふわふわ狐耳だと僕みたいに寒さで痛くは無さそうだ。ちょっと羨ましい。
あれ? もしかしたら髭みたいに大人になったら生えてくるんだろうか……。そしたら温かいよね。
いやでも、あんだけ髭が立派なドワーフ族のオルさんだって耳に毛はなかったし、人間族の商人でも耳に毛がある人はいなかった。シイ様だって。
……だけど、もしかしたら僕が知らないだけで剃ってるのかもしれないよね。
でも毎朝剃刀もって剃ってるシイ様なんて想像できない。したくない。
それに、耳に剃刀を当てるとなれば、形的にうまく刃を当てるのって難しそうだし。……血塗れになりそうな。下手すれば耳がなくな――
考えるとなんでもないのに悪寒が走って耳が痛くなってくる。僕は首をすくめて両耳に手を当てようとした。
「ひゃっ!」
急に手を引っ込めるアズサちゃん。同時に尻尾の毛がブワッと逆立ってボリュームを増す。
自分の両手を見てみる。手袋を履いている自分の手は、雪を掻き出したときの雪が残っていた。
確かにこれで素手に触られたら冷たいだろう。アズサちゃんは冷たさに驚いたんだ。
せっかくアズサちゃんは僕の耳を温めてくれようとしていたのに、悪いことをしてしまった。
「ご、ごめんねっ!」
僕はあわてて顔をあげて謝った。
けど、アズサちゃんは僕に雪ほどに冷たい視線を浴びせながら手袋をはめる。
「雪のついた手袋で私の手に触るなんて……。信じられませんの。カイトの血は緑色ですの」
いや。赤だけど。
僕は言葉をぐっと飲み込む。口で言ったところで火に油を注ぐ事態になりかねない。
「ごめんね」
「……。」
僕から離れて座ってそっぽを向いて黙る。
どうしよう。ただでさえ寒いのに黙られるともうひとつ気温が下がった気がする。
なんとか機嫌を直してもらわないと。
「えっと。どうしたら許してくれる?」
「……。」
「アズサちゃんに黙られると――。まるで雪の中にいるみたいに凍えてしまうよ」
「……まるでじゃなくて雪の中ですの」
「……そりゃそうだ。うーん」
うまく例えようとしたつもりが何を当たり前の事をいってるんだろうと、頭を抱えて唸る。
「ぷっ……。くく」
声を圧し殺すような音を聴いてアズサちゃんの方を見る。肩が僅かに揺れている。
「あれっ? 笑ってる?」
「……笑ってませんの」
ピタッとアズサちゃんの肩の揺れが止まる。
あれは絶対笑ってた。間違いない。
でも前みたいに顔を覗きこんでおいかけっこするにはカマクラはちょっと狭すぎる。
そう思ったところで今度はアズサちゃんの体が震える。今度は一度だけ。笑ってる感じじゃなかったから今度はなんだろうと僕は首をかしげる。
風の低い唸り声が入り口から入ってくる。
そうか。本格的に外が荒れてきたのか。アズサちゃんは寒さからくる冷えに震えたんだろう。
そう思うと僕もなんだか寒くなってくる。
暖房があったら良いんだけど。――って、暖房なんかいれたら雪が解けてカマクラが潰れちゃうよね。雪は温めたら解けて水になる。僕でも知ってる基本だよ。
……あれれ? そういえば村で初めてカマクラを見たときは中で七輪使ってなかったっけ?
「アズサちゃん。カマクラの中って七輪使っても溶けないの?」
「……しっかり出来たものなら七輪くらいじゃ解けませんの。今日くらい寒かったらなおさらですの――へっくちっ」
アズサちゃんのかわいらしいくしゃみが木霊する。
ふむふむ。七輪くらいなら大丈夫って言うのなら僕にも少しやりようはあるんじゃないかな。
「じゃあアズサちゃん。あったかくしてあげる」
「え? どうするんですの? 火種はともかく燃料もありませんのに」
アズサちゃんが右目を丸くしながら僕を見る。
僕は三角座りから胡座かくように変えながら両腕を広げて手のひらを上に向ける。
「火四、風三」
右手に赤い珠。左手に緑の珠を出す。僕が今安定して出せる最大出力は十。今回は少し小さめに出す。
「あっ、西魔術。……でもカイトのそれ間に合いますの?」
なるほどと頷きそうになったのを途中で止めて、僕に向かって首をかしげてくる。
「だ。大丈夫だよっ――」
たぶん。って言葉は飲み込む。
失礼なっ! って思わなくもないんだけど、胸を張れるほど自信もない。
僕は珠を重ね合わせて混ぜる。
「火は熱に、風は届けよ」
雪山を掘ろうとしたときと同じ詠唱。それと同時にアズサちゃんの方に手を向ける。
真冬の空間を切り取って、春の陽気を差し込むイメージで形作る。
それをゆっくり、長く。
西魔術の魔力の解放は息を吐くのによく似ていると思う。
一気に吐き出すなら目一杯吸い込めば良いけど、ゆっくり長くならあまりに目一杯吸い込むとやりにくい。
「あら。ほんとにあったかいですの。それにほんのり桜の香りもするような」
僕はニコッとだけして答える。桜の香りはイメージが春だからだろうかと頭をよぎりながらも、僕は集中を切らさないようにする。話をしても、イメージを途切れさせても西魔術が解けてしまうからだ。
アズサちゃんもそれを察したのか黙って日向ぼっこするように目を閉じた。
まもなくして珠が小さくなっていって、珠に込めた魔力が底をついて消えた。
「あっ……」
名残惜しげなアズサちゃんの声。
「ふぅー。どうだった?」
「まぁ……まぁまぁでしたの。西魔術を少し見直しましたの」
機嫌が直ったみたいで尻尾をパタパタ揺らす。
「じゃあ、もうちょっとするね」
また同じように温風の西魔術を使う。
アズサちゃんが匂いに引かれるようにこっちに寄ってくる。僕の左腕を持ち上げると、アズサちゃんは自分の肩のに回して、僕に寄りかかってきた。
「……勘違いしないでほしいですの。こうした方が効率がいいからですの」
勘違いってなんの事だろう? と思ったけど僕は一応頷く。
アズサちゃんが近づいてくれると、僕にも風あたってきて温かい。たしかに効率が良くなった気がする。
アズサちゃんは少しうつらうつらしながら目を閉じた。
少しして西魔術が途切れると、今度は自分も温風に当たっていたせいか一気に寒さを感じる。アズサちゃんもハッと目を閉じながら体を起こすと、小さくくしゃみをした。
僕はまたすぐに温風の西魔術を使った。また僕に寄りかかるアズサちゃん。
たぶんこれで僕の魔力は空っぽに近い。
座っているから分かりづらいけどこれで出力七を三回になるから、合計で二十一。出力十を二回使って次に五の珠を出したら腰が抜けたから――。うん、だいたいあってると思う。
うーん。次でちょっと休憩しないとね。
今度は余計な事を考えていたからか少し早く西魔術が切れる。
「……もう終わりですの?」
「うん。ちょっと休憩」
「……そう」
小さく呟く。
アズサちゃんが寄りかかった部分は体温が感じられて温かい。だけど、十分とはとても言えない。
あっ。東法術と西魔術で交互にしたらいい感じにずっと使えるんじゃないだろうか。
これは結構名案かも。
「アズサちゃん。東法術で温かくなりそうな技ないの? 良かったら僕に教えてくれない?」
「……温かくなると言うか、直接火を出す事なら出来なくもないですの。でも燃料もないですし」
アズサちゃんは目を閉じたまま答える。
燃料か。さっきも言ってたね。
「でも燃料無くてもずっと出し続けてたらいけるんじゃない?」
「私式紙も東紙ももう持ってませんけど。カイト。あなた、東紙の余り持ってますの?」
「いや、ないけど……」
アズサちゃんが薄目を開けて僕を見る。
そこはかとなくプレッシャーを感じた僕は両手と首を横に振った。
「あっ、髪が無くなっていくのか。いや、でも僕が使うからっ。……頑張るよっ?」
式紙が無かったら対価が必要って言っていたのを思い出す。
髪が短くなっていくのは複雑なところだけど、この際仕方がない。問題はうまく扱えるかだろうけど、どうせ今はやることがない。うまくいけばラッキーくらいでいいと思った。
「……。」
アズサちゃんがしばし黙る。
そして僕の正面に顔を持ってくると目を閉じて首を傾げた。
ちょっと母さんに似ている。
「髪? ああ、そう言う事ですの……」
どういう事ですの?
今度は僕が首を傾げる。
「丸禿も辞さないというカイトの心意気は買いますけど。火を出す事の対価は髪じゃなくて爪ですの。東紙も火打ち石も用意できない質素な生活を、爪に火をともす生活と言うくらいですから。――それでもちょっと火を灯すくらいならまだしも、子供の法力でずっととなると。……ちょっと痛いと思いますの」
それでも良い? とアズサちゃんは視線にのせて僕を見る。
爪なのか……。うーん、爪ねぇ。深爪みたいになるのかな? 深爪するとちょっと痛いよね。ちょっとかな? 割と痛いよね?
どっちにしろ僕の答えは出た。
「それは止めた方が良さそうだね」
「それが懸命ですの。どんどん生爪の剥がれていくカイトなんてあんまり見たくもありませんの」
「ひぃっ! 痛いっ!」
僕は思わず手を胸元でグーに握って指先を隠す。
ただでさえ寒いのに背筋を凍らせるような事は言わないで欲しいよね。
アズサちゃんが左手で口許を押さえてクスクスと笑うと、また僕の左腕を自分の肩に巻き付けた。
僕はひとつ大きなため息をすると、かなり暗くなっている外を見た。
外の天気は本格的に吹雪になっている。低く轟く風の音が響いて、目につくものを片っ端から凍らせようとする。
……それは、いままで死んでいった人たちの怨嗟の声? それとも、山がちっぽけな僕たちがもがいているのを嘲笑う声?
凍結地獄。そんな言葉が勝手に僕の頭にくっついてくる。
僕は右手で自分の肩を抱いてギュッと身をすくめた。
怖い。
ウルブ村に居たときは雪はふわふわ柔らかくて、白く輝いていて、冷たいけれど温かく感じていた。
だけどここでは、雪を孕んだ風はそれだけで身を切り裂きそうなほど鋭く、僕たちを騙しては崖下に突き落とし、日の光を遮っては僕たちは白い暗闇に飲み込んだ。
「ん? カイト、どうしまし――へっくち」
また小さくアズサちゃんがくしゃみをした。
僕はハッと我に返ってアズサちゃんの方に振り向く。
さっきからアズサちゃんはよくくしゃみをする。
「アズサちゃん。風邪?」
「いいえ。……でも、首もとがスースーしますの」
アズサちゃんは目を閉じたまま眉をひそめる。
髪が突然短くなったから慣れてないだけだったか。僕の腕を巻き付けたがるのはそれもあるんだろう。
風邪じゃなくて僕は少し安心した。
だけど、このままだと風邪をひくのも時間の問題かもしれない。
僕はアズサちゃんの肩に回していた手を外すと、丸薬を口にいれて飲み込む。
……苦い。
「火四、風三」
僕の手に赤と緑の珠がでる。珠はほんのり光っていて、カマクラの中をごくわずかに赤と緑に照らす。
「あら? もう魔力回復しましたのね」
アズサちゃん右目だけを開けて僕を見る。
僕は一度だけ頷いた。
アズサちゃんがまた目を閉じる。
本当は無理矢理なんだけど、何もしていないと悪い事ばっかり考えそうなのが嫌だった。
「火は熱に、風は届けよ」
僕はまた温風の西魔術を続けた。
◇◆◇
何度か魔力補給をしながら西魔術を使った。
どれくらい時間が立ったのかはわからないけど、さすがに疲れてくる。
ちょうど珠の魔力が途切れると、グゥゥゥってお腹の鳴る音が聞こえてきた。
あれ? 今のは僕じゃないけど……
アズサちゃんの方を見ると目をつむったままほっぺを赤くしていた。
「アズサちゃん?」
「グー、グー」
突然寝たふりをしだすアズサちゃん。
「ねぇ、アズサちゃん?」
「グーッ! グーッ!」
頑なに寝たふりをするアズサちゃん。
「雪山で寝たら遭難するよ?」
「あーっ! もううるさいですのっ! そうですのっ、私のお腹が鳴ったんですのっ! まったく、カイトは」
左手を押さえて目を開けると、右目だけで僕を睨みつけるアズサちゃん。
「それにカイトの言ってる事はなんかおかしいですの」
「え? そう?」
「もう遭難してると言えますの。だから正しくは、遭難して寝たら雪山ですの」
「そっか――」
確かに。寝ると遭難するだと、寝てる間に移動してるもんね。どんな寝相だよっ! って感じだよね。
そうだね、遭難してから寝るから危ないんだもんね。そうなったらもう雪山だもん。恐いよね雪山になったら。だって雪山だもん。困るよ?
何が困るって? えーと、例えば雪山になると、えーと……
あれっ? 雪山になっちゃうのっ?
「それもおかしいよね?」
「……気のせいですのっ」
アズサちゃんはほっぺを赤くしながらプイッと目をつぶってそっぽを向く。
「お腹が減ったらちょっとした間違いくらいありますのっ!」
「そ、そうだねっ」
アズサちゃん相当おなか減ってるのかな。なんだかイライラしてる気がする。
まぁでもお腹のせいじゃなくてもこんな状況じゃ仕方ないよね。
ちょうど魔力が切れてた僕は魔力補給にまた丸薬を口に入れる。
僕は結構この苦さにももう慣れた。その事実になんとなくイラっとするとカリッと噛み砕いて飲み下す。
魔力のみなぎりを感じながらも、口の中に丸薬の粉が残って苦さがずっと残る。
うえー。やんなきゃよかった……
「ん? カイト。何か食べてますの?」
「え? えーっと」
左目を閉じながら僕の方を見てくるアズサちゃん。なんだか恨めしそうな力のこもった右目につい体をのけ反らせて言い淀んでしまう。
「おっしゃい。何を食べてますの?」
「こ、これだよぅ」
観念して僕は丸薬の入った器を見せる。
今度はアズサちゃんが顔をしかめてのけ反る。
「……えっと、食べる?」
「さすがに、それはいりませんの……。と言うか、そんなものを隠れて食べたりなんかして。カイトったら空腹のあまりについに味覚がかわいそうに? それとも元からあれでそれなのですの?」
一転させて僕を憐れむような眼差しで見てくるアズサちゃん。
失礼な。僕だって何もなかったらあまり食べたいようなものでもない。
僕はちょっとムッとして返す。
「魔力切れちゃうから仕方ないでしょっ。これがなかったらずっと続けては使えないんだよ」
「ふぅん? ずいぶん持つと思ったら……。休憩すればよかったんですのに」
「いいよもう。僕も温かいんだし。くしゃみも止まったみたいだし。火四――」
「えっ? いたっ!」
思わず両目を開いたのを、慌てて両目をつぶって左目を押さえるアズサちゃん。光の粒が飛び散って消える。
僕もびっくりして珠を出そうと手を開いたまま固まる。
痛みが治まるのを待つようにしていたアズサちゃんは、ゆっくり右目だけを開いて僕を見ると、固まる僕の前まで来て正座をして座る。
「どうし――」
不思議に思った僕が言い切る前に、アズサちゃんは身を乗り出して僕の首に抱き付いた。
「ごめんなさい――――。ありがとう……。カイトはずっと私の事を気にかけてくれていたんですのね」
「いいよ。やめてよ。これくらい当たり前の事なんだから」
どうしようと、僕の両手が泳いだまま僕は抱きついてくるアズサちゃんに返す。
アズサちゃんは僕の顔の横で顔を横に振った。
「いいえ。あんなにまずいものを途切れず食べるなんて……。文字通りカイトの味わったものは筆舌に尽くしがたい苦しみですの……」
「う、うーん」
確かに、どうやってもおいしいとは言えない丸薬だけど。そこまで言われるとこの丸薬がちょっとかわいそうな気がする。
役には立つんだけどねぇ。
それでもアズサちゃんにとったら何にも代えがたい苦さだったんだろうか。
そう想像しながら両手を泳がす。
「カイトっ!」
「はいっ!」
突然耳元で呼ばれてびっくりする。
泳いでいた両手もピタッと止まる。
「私を抱きしめ返すんですの」
「あ、うん」
僕はやり場のなかった両手に指示を出されてアズサちゃんの脇の下を通して肩を軽く抱き返す。
「うー……」
何故かアズサちゃんが唸る。
えっと、何か間違った?
僕はそう思いながら何故か緊張する。
「がぶっ」
アズサちゃんに僕の左耳を軽く歯を立てられる。
「え? あっ? お腹すいたからって僕の耳食べちゃだめぇっ!」
「ばっ。ばかっ! 違うですのっ! お腹すいたからじゃありませんのっ! もうっ。もっと――、もっと強くしっかりですの」
強くしっかり? えっと、何のことだろう。抱きしめろって事だろうか。
そう断定して僕は腕をアズサちゃんの背中に回して抱きしめる。アズサちゃんのフワフワの尻尾が僕の腕の上にさらにかぶさるようにかかった。
「……そう。こうしたら温かいですの」
アズサちゃんは一転して優しい口調で抱きついたまま僕の頭を撫で始める。
確かに、こうくっつくと温かいと思う。
「だから、休憩してもいいですのよ?」
「わかった。次魔力が切れたらこうやって休憩するね」
「……はいですの」
アズサちゃんは少し腕の力を抜くと、僕の肩に頭を預けるように載せて鼻を僕の首筋に寄せて来た。
なんだかこそばゆい感じがするけど。もうちょっと頑張れそうな気がした。




