「うん。僕も今日は楽しかったよ」
日が傾いて、キュービ村中の雪が一気に紅葉しだす。
僕はエンくんたちと別れて、父さんと手を繋ぐと一緒に華樹の家に向かった。
今日エンくんたちと出会った事からを父さんに説明すると、父さんはうんうんと頷いて聞いてくれた。
「ほほぉ、冒険者の練習かぁ。じゃあ今日のクエストは大成功だったわけだな。よくやったじゃねぇか」
「うんっ」
父さんに誉められて、僕はニッとして返すと父さんにガシガシガシって頭を撫でられる。
「初めてのクエストでな、成功する冒険者はそう多くはねぇんだ。カイトは冒険者の才能あるかもなっ」
「本当っ?」
「ああ、ホントだとも。ギルドマスターリックのお墨付きだぜ」
「えへ。えへへ――ウワッとっと」
嬉しくて父さんの方を向いて笑ってたら、雪で足を滑らせてしまいそうになる。
危ない。一瞬ヒヤッとしたよ。
「上向いて歩いてたら危ないぞ。ほら、カイト。手」
僕の方に向かって手を差し伸べる父さん。手を繋いで歩くぞって意味だ。
僕は確かにあぶないなと思って頷く。そして父さんの手を握った。僕の手は父さんの大きな手にすっぽり包まれる。
「カイトは大きくなったら魔法使いの冒険者になるのか?」
「……うーん」
冒険者かぁ。
僕も男として強い父さんに憧れるところはあるし。父さんやパルさんが語る冒険談って言うのはすごく面白い。
それらは全部、村の外での話。
村の外はまだしも、獣人の森の外に行くなら冒険者になっておいた方がいいとも大人の人達が立ち話していたのを聞いたことがある。
でも、冒険に出るって事は――
僕は少し父さんの手を握る力を強める。
それに応じたのか、父さんが「あっ」と声を上げる。
僕は父さんを見上げた。
「――そういやカイト。ミズキリペンギンになりたいって言ってたっけ?」
「ちょっ、ちょっとっ。やめてよ父さんっ。それは昔の話っ! 今は無理だってわかってるよっ!」
僕は首を横に振る。恥ずかしくて頬がほてってるのがわかる。
父さんはニコニコ笑いながらも首を傾げた。
「えー? ちょっと前じゃねぇかぁ?」
「違うよっ! 僕が四歳の頃でしょっ! 大昔だよっ」
「え? ――ああ、そうか。そうなるわな。へへ、一年の重みが違ぇわな」
父さんが僕を見て目を細めて笑う。僕は父さんの言う事がわからなくて首をかしげる。
「父さんどうしたの?」
「いんや。なんでもねぇよ。んじゃ、カイトは今は何になりたいんだ?」
「……えーとね。実は二つ考えがあってちょっと悩んでるんだ。一つは傷薬とかお薬作れる人。姉ちゃんや母さんや村の人のみんなの役に立てるようにってね」
「薬師か。狩人にも冒険者にも傷薬は確かに貴重だしな。みんなの役にってカイトはえらいなぁ……って。いやいや、カイト。今の俺カウント入ってた?」
「父さん無敵だもん。いらないよね?」
何を言っているんだろうと思いながら父さんを見る。父さんはなぜかたじろいだ。
「ぐっ、なんて純粋な目なんだ。――いや、確かに俺は無敵だぜ。でもな、俺のためにカイトが傷薬とかを作ってくれたらもっともーっと無敵になれるんだぞ?」
「えっ、もっとなんだっ? すごいなぁっ! じゃあ父さんもいるねっ」
「そうそう。――ところでもう一つなんかあるのか?」
「もう一つはね。あっと驚くと思うよ。最近思い付いたんだけど、すごく画期的だよ」
「ほぉー? 俺を驚かすなんて相当だぞ?」
「それはねっ! ダンゴムシ戦法の研究者」
「……。」
父さんが一瞬目を点にする。
ふふふ、驚いてる驚いてる。これは相当だったみたいだ。
「ダンゴムシを見ててわかったんだけど、ダンゴムシは面白いだけじゃなくてすごいんだって事が、僕の最近の研究で分かったんだ」
「そ、そうか。すごいな。……えっと。カイト、その研究はどこまで進んでるんだ?」
「理論は出来たよ」
「……理論は出来ちゃったのか。カイトはえらいな。よかったら俺に少し教えてくれないか?」
「えっとね。ダンゴムシは、攻撃されると思ったらね。丸まるの。こうやって」
僕は父さんの手を離して膝を抱えて丸まって見せる。
「……うーん」
「ほら、父さんも丸まってみて」
「えっ……」
「ほらっ、はやくっ」
「おっ、おう……。こうか?」
僕の真似をして隣で丸まる父さん。尻尾のある父さんは尻尾が地面につかないように、さらにくるんと横から前に尻尾を体に巻きつける。
それを僕は両手の親指と人差し指で四角を作るとその中から父さんを覗いてみる。
うん。こう客観的に見てみてもなかなかいいんじゃないかな。
僕は顎に手を当てながら一人満足しながら頷いた。
「バッチリだよ父さん。研究者の僕から見てもベリーグッドニャーだよ。どう? 防御力上がった気がするんじゃない?」
「……上がったかなぁ? 上がるかなぁ? ……うーん。カイト、目の付けどころは良いと思うが、これはやっぱダンゴムシ用じゃねぇかなぁ? 俺が思うに、ダンゴムシって奴は背中に殻があるから硬ぇんだし」
「はっ! ……あっ、いやっ。違う、違うよ。理論って言ったでしょっ。それくらいで防御力上がらないのは計算のうちだよっ。実際はね、えーとえーと。父さん、防御力の高い防具の素材ってなに?」
失敗したと思われないために僕は父さんに聞く。
父さんは丸まるのをやめて立ち上がった。
「無難なとこだと鉄だな」
「鉄かぁ。鉄なら硬いね。じゃあ鉄の鎧。鉄の鎧をジグザグに作って着るの」
「……蛇腹ってことか?」
「そうそう。鉄の板だったら丸まれないけど、それなら丸まった時に伸びるでしょ。ばっちりじゃないっ?」
言葉にしてみると思った以上に手応えを感じた。
だけど父さんは渋い顔をして口をへの時に曲げる。
「……うーん、構造はおいといて鉄って重たいぞ? それ鉄を倍使うだろうし、動きもきついし」
「えっと、えっーと……。あっ、大丈夫。いま思いついたんだけど、鉄の鎧を着てたら坂道をゴロゴローって転がればいいんだよっ。走らないから疲れないっ!」
「なるほど。そこに気が付くとはカイトはちょっと賢すぎるな」
父さんが腕を組んで目を閉じながら深くうなづく。僕は父さんに認められたと思って鼻を高くした。
「でも、それすっげぇ目ぇ回すんじゃねぇかな」
「……あっ」
ぽつりと言う父さん。僕の高く伸びた鼻がポッキリ二つに折れる。
完璧だと思ってた理論にまさかの欠陥。
僕は言葉を失った。
「この研究は……、凍結です」
ようやく言葉を振り絞ってガクッと肩を落とす。
父さんが笑いを押し殺すように含み笑いをすると、僕の頭をポンポンと撫でた。
「クックッ。まぁ、落ち込むなカイト」
「うん……」
そうだよね。薬師とか研究者とかよりも西魔術と東法術の両方を使いこなすっていう課題があるしね。気落ちしてる場合じゃない。
僕は自分の顔を両手でパンパンと叩く。
「ふぅ。ところで父さん」
「ん?」
「父さんは今日何をしてたの?」
「俺か? 俺はなぁ。村の外でこれを取ってたんだ」
父さんは冒険者用ウェストポーチの中に手を入れると、そこから大きくて長い葉っぱを一束掴みだす。
「えーっと。……なにそれ?」
「これはナーグルの葉だ」
「それはどう使うの?」
僕は父さんの取りだした葉っぱを一枚掴んで見る。なんかギザギザと言うか、モラモラしてる。
「煎じて飲むと体力や、活力、気力の回復。一株丸ごと濃縮した丸薬は、口の中に放り込むと死んだ奴すら目を覚ますとか言われたりするぜ」
「へーっ! すごいねっ」
「でもそれは、それだけの効果もあるかもしれねぇが、それほど苦いって意味もあってな。その丸薬なんかは、生きてる奴が飲んだら苦さのあまりに三日三晩死ぬほどうなされるって良く言われるほどだ」
「こ、怖いっ」
僕はビクンと身をすくませて葉っぱに伸ばしていた手を引っ込めた。
父さんは僕の反応を見て楽しそうに笑いながらナーグルの葉をしまった。
でも、ナーグルの葉って聞いたことあるな……。
あっ……。マッシュ様の時か。
「マッシュ様それのお茶飲んでたよね? マッシュ様、体の具合悪いの?」
「え? あー……。マッシュ様は単純にこのお茶が好きなんじゃねぇかなぁ? 変わりもんだよなぁ?」
「ふーん。そっかぁ」
大人の人でもあんな臭いお酒とかをおいしそうに飲んだりするし、千年以上生きてる樹妖精なら逆に苦いのが良かったりするのかなと自分で納得して頷く。
そしてまた父さんと手を繋いで帰り道を歩く。
扉のない門をくぐって華樹の広場に出る。
広場ではいろんな雪像の原型みたいなものが立ち並んでいて、作業をしていた人たちが返る準備をしているところだった。
雪祭りがあるって言ってたもんね。どんなお祭りになるんだろう。
そういえばオルさんはどうしてるかな?
僕はオルさんの姿を探すと、すぐに見つける事が出来た。
オルさんはギガントベアよりも大きな雪像の上の頭の上に乗っかってまだ作業をしていた。
「一人なのに、あんなに大きいのなんてオルさんすごいなぁ」
僕は思わずつぶやいてしまう。
「ん? 知り合いか?」
「うん。あの人はね。オルルゲウ……。えっと。オルさんって言うんだよっ」
「クック。噛んじゃってるじゃねぇか」
ちゃんと名前の言えなかった僕は父さんに笑われる。しょうがないじゃないっ! 言いにくいんだから。
僕はちょっと不機嫌にほっぺを膨らませて父さんから顔をそむけと、父さんと手を繋いだままオルさんに声をかけた。
「おーい。オルさーんっ!」
「ん? おお。カイト」
オルさんが作業を中断して顔を上げると、すぐに僕の方に顔を向けて大きな手を振ってくれた。
僕も父さんから手を離すと両手を振って返しながらオルさんの雪像の方へ近づく。
すると、オルさんがいきなり雪像から飛び降りた。
「いよっと」
「うあああっ! オルさん早まっちゃダメっ」
僕は思わず目を両手で覆う。
重たい物が落ちる音と、わずかにこっちに跳ねてくる冷たい雪。僕の背筋がゾッと寒くなる。
「ガハハハ。心配しいだわいなオンシは。オイはこんくらいじゃなんともないわい」
快闊な笑いが聞こえてきて僕は指の隙間を開けてみる。
そこには腕を腰に当てて、髭の間だから大口を開けて笑うオルさんが居た。
「すごい。すごいですっ! オルさんって強いんだねっ」
「ガッハッハ。鍛冶屋は体も頑丈じゃないと鍛冶の炎との対話なんぞもできんわいな。まっ、でも良い子は真似しちゃいかんわいな」
「しないよう。恐くてできません」
僕はとんでもないと首を大きく早く横に振る。それを見てオルさんがまた笑った。
僕の後ろからサクサクサクと雪を踏む足音が聞こえる。
「うちのカイトが世話になってるみたいで」
「ん? オンシは?」
「俺はリック――うおぉっ」
「僕の父さんだよっ」
「こぉら、ダメだろカイトっ!」
「あはははっ」
僕は父さんの右手を両手で握る。父さんは僕が両手で握った右手をゆっくり上下させて、僕を上げたり下ろしたりする。
オルさんは一瞬目を丸くするけどすぐに目を細めて頷いていた。
「ガハハ。良い親父殿だわいなカイト。カイトの親父殿、オイはドワーフ族のオルゲルト・ジャギレフ。オルと呼んでくれてかまわんわい」
「そっか。じゃあ俺もオルさんって呼ばせてもらうわ。しかし珍しいな。冒険者じゃない鍛冶屋のドワーフが断崖の村の外に居るなんて」
「オイは片刃の剣って奴に興味があってな。それで曲島との縁がありそうなここに来たんだわいな」
「刀の事か?」
「オンシ、知っとるんかいな?」
「ああ、冒険者として旅してる頃に何度かサムライともパーティーを組んだからな。物は何度か見た事がある。
だが、刀はほとんど直角族の職人のお家芸だろ? 何べんか研いだ事のある研ぎ師はいるだろうが、一から作る鍛冶屋となるとちょっと獣人の森じゃ知らねぇなぁ。やっぱあっちの方じゃねぇかな?」
「くはぁー。やっぱり船乗って行かんといかんわいな……」
オルさんが幅の広い大きな肩をがっくり落とす。
――曲島。
そういえばオルさんが僕を見た時に曲島の子だとかどうだとか言ってた気がする。
それに何となく僕の周りでは曲島って言う言葉は耳にすることが多い気がしなくもない。
母さんに曲島ってなに? って聞いてみた事はあるけど、東法術の総本山みたいな所よ。って聞いただけだけど。
もしかしたら僕と何か関係があるのかな?
「でも、めずらしいなぁ。普通ドワーフ族に刀なんて見せたら、こんな左右非対称な剣ありんわいとか何とか言って研ぐのも渋るくらいなんだが。サムライ連中が良く嘆いてたぜ?」
「ガッハッハ。オイも腐ってもドワーフ族。その辺の感性はわからんでもないんだわいがな。でも、オイは一度だけ本物の刀を見た時に非シンメントリーの妙を見たんだわいな。つまり、見てわかりやすいバランスでなく、歪なようでその実全体でみるとものすごくバランスがいい。そう、調和だわい。わかるか? オンシ」
「すまん、俺そう言うのわかんねぇ」
「ふむ。つまらんわい。……まぁ、カイトはどうだわいな?」
「へっ? えーっとえっと」
オルさんに話しかけられて我に返る。
どうしよう聞いてなかった。
僕は困って目を泳がしながら言葉を探す。
「まぁ、カイトにも高度すぎたわいな」
「あっ。う、うんっ。ごめんなさいオルさん」
「ええわい、ええわい。それよりこの雪像の事なんじゃがな」
「すごいですっ! それっ。オルさん一人でそれだけ作ったの?」
「おうよっ! って言ってもまだ雪を盛っただけみたいなもんだわいな。削りだしはこっからだわい」
「へー。何を作るの?」
「じゃあ、カイトにだけ特別に触りだけ教えようかわいな」
少しもったいぶるように言うオルさん。でもあんな大きなので何ができるんだろうね。
僕はドキドキして待っていると、オルさんが軽く咳払いをして説明を始めた。
「まず、二頭身の立像を作るわいな」
「へー、雪だるま?」
こんな大きな雪だるまが出来たらなんと壮観なんだろうと僕は頷く。
しかし、オルさんは嬉しそうに首をゆっくり横に振る。
「ふふーん。普通そう思うわいな? でも、そこを狸をモチーフにデフォルメした愛らしい雪像を掘りだすんだわい。そして色をどうすると思う?」
狸にするのかぁ。でも二頭身……?
一瞬何かがよぎったけど、たぶん気のせいだと思うことにする。
「うーん、狸だし黒?」
「じゃと思うわいな? だが、オイはそこを澄み渡った湖のような青い――」
「ダメーっ!」
僕は考えるより先に大声を上げて止めてしまう。
何が悪いのか僕にもわからない。
ただ、一瞬頭によぎったのは『ド』と『ラ』。
恐らく音楽の何かなのかもしれないけど……。でも、僕は考えるのはそこでやめた。
突然の僕の反応に目を白黒させるのは父さんとオルさん。二人は僕が考えてる事はわかるはずもなく。
「ど、どうしたんだわいなカイト」
「そうだぞカイト」
訝しげに僕の顔を覗く。
「わからないけどっ、わからないけどなんだかダメな気がしますっ」
「いやいや、カイト。聞く限りは一見歪に思えるかも知れんが、これぞ調和の妙だと思うんだがの」
「オルさんっ。それなら招き猫の猫を白狐風にするなんてどうかな? この村にピッタリだし」
「へぇー。それなら俺にも良い感じだなってのがわかるぜ」
「――ほぉ、作品一体でなく村との和を持って調和とするか。カイト。オンシなかなかの才だわいな。
よしっ、カイトの案でいこうわいな」
「え、えへへ」
オルさんと父さんに褒められる。
なぜか、嬉しさよりもホッとした気持ちの方が上回った。
「おっと、あっという間に暗くなっちまう。カイト、もう行くぞ」
「あ、うん」
「そうだわいな。オイももう撤収して宿に戻るわい」
「うん。またねっ、オルさん」
「おうっ」
僕と父さんはオルさんと手を振って別れるとまた家の方へ歩き出す。
「今日はいろんな人に出会ったんだなぁカイト」
「みんな、いい人だったよ」
「そうか」
「あっ! あの酔っぱらい二人は別っ! やっぱりお酒は良くないと思うっ」
「……耳が痛ぇ。まぁ、あの二人もそう悪いばっかりの奴らじゃあないんだがな」
「うそっ。絶対悪いよっ。――ああっ!」
父さんと話しながら歩いているうちに、社に上がる石段の所まで来る。その石段を見た時に僕はある事に気がついた。
「僕の雪だるま……」
僕は居てもたってもいられずに走り出す。夕日が傾き空が赤というより紫になってかなり見えにくい。だけど、僕の作った雪だるまはそこでずっと待っていた。
すっかり忘れてた。そもそも雪だるまの顔を探しに行っていたはずなのに。
そう思って走って行ったけど、僕は雪だるまにある程度近づいたところで足を止めた。
「……そっか。君、女の子だったんだね」
僕は言った。
誰かがくれたのか、雪だるまには顔が付いていた。
「うん。僕も今日は楽しかったよ」
僕はそう返した。
誰かがくれた雪だるまの顔は笑っていた。
そして、その頭には小さめの椿の花が髪飾りについていたのだった。




