「……まぁ、がんばれ男の子」
「嫌っ。何するのっ」
みんなが声をする方を向く。
悲鳴をあげた人は白狐族のシキイさんと同い年くらいの女の人で、自分のお尻を押さえていた。女の人は二人の男の人に絡まれている。一人はいかにも戦士と言った体格。もみ上げから髭まで繋がったライオンのたてがみみたいな髭と黄色い猫耳、それに先端に茶色い房付きの尻尾がある獅子族。もう一人は、獅子族の人に比べればいくらか小さく卑屈そうに右頬だけ上げて笑う赤髪の人間族だった。
「んだぁ? 大声出すこたぁーねぇだろぅ? へっへっへっ、ちっとかあいい尻尾撫でただけじゃねぇか」
獅子族の人は少し呂律の回らないような物言いだった。
「ちっ。酔ってやがんのか? 達の悪ぃ」
サンさんは顔をしかめて舌打ちする。
「ヒッヒッヒ。尻尾さわらられたくらいでお高く止まってんじゃねえゲス。ねぇ、アニキ――。ゲスッ」
人間族の人が獅子族の人に振り向いた瞬間に裏拳で殴られる。
「ばーっきゃやろうっ。ジョニー、尻尾くれぇってなんだコノヤロウ。獣人にとってぇ尻尾ってぇのは大事な大事なもんなんだよ」
「だってっ、気安く触ったのアニキ――。ゲスんっ」
言いかけたところでお尻を蹴られるジョニーと呼ばれる人間族の人。
「やーかぁしぃっ! へっへっへ、お嬢ちゃん。悪いやつぁ俺がたぉしてやったからよ。もー、安心よぉ。だからなっ? いいだろ? なっ?」
「アニキずるーいっ! 俺だって狐っ娘にお酌されたいゲスぅ」
「うう、やだ、お酒くさい……。誰か……」
二人の男の人はますます白狐族の女の人に近づき、下品な笑い声が白狐族の人を囲んだ。その時、獅子族の人の肩に誰かの手がかかる。
「やめなよアンタ。女の子嫌がってんだろ?」
「――あっ」
白狐族の女の人は涙ぐんで伏せていた顔を上げて緩ませる。
「気安くアニキの肩に。なんなんスかアンタは? この子の彼氏かなんかでゲスか?」
サンさんは一瞬だけ眉間にシワを寄せる。
「……。違う」
「じゃあ、優男は引っ込んでるス!」
人間族の人がサンさんを突き飛ばそうと右手を伸ばす。
「やさおとこ――だぁ?」
方眉をヒクッと上げて少し声を荒げるサンさん。
サンさん肩から手を離し半歩体を引く。同時に伸ばしてきた手を避けながらその手の裾を左手で掴んでグッと下げた。
思わず前につんのめる男の人。
「あっ、らあ? ――ゲスっ」
男の人の顎にサンさんの掌底が決まる。
そのままずれ落ちるように座りこむ男の人。
「よっ――。よっくもやってくれたでゲスっ! ――って足が? ――あれ?」
「……ひゅー。やーるねぇ」
必死に立ち上がろうとする仲間を尻目に、他人事のように獅子族の人が言いながらサンさんの方へ振り向く。
「身なりからしてアンタら冒険者だろ。こんなことして恥ずかしくねぇのかよ」
「ああ冒険者様だーよ。へっへっへ。腕に覚えがあるから意気がってるみたいだが、俺の邪魔するたぁ良い度胸だ。だが、俺がたーだの冒険者だとでも思ってんのか?」
獅子族の人が親指で自分を指差す。
そこを人間族の人が合いの手を入れる。
「アニキは冒険者の中でも一流と呼ばれるAランク冒険者。迫り来る魔物はっ」
「自慢の力でぇ、ぶっ飛ばし」
「魔人、魔獣、魔竜を問わず」
「阻む物はぁ、力付くでぇ平らげる」
「ついたあだ名が」
「獅子族きっての斧武人。豪斧のカカロたぁっ! 俺の事よっ!」
「――アニキっ! かぁっこいいっ! 今日もキレてるでゲスよっ!」
今日もよく冷えるのにいきなり上半身裸になって、力瘤を見せるカカロって言う人。人間族の人と一緒にどやっと、やりきったような顔をする。
……まぁでも確かに凄い腕だとは思う。
けど、豪斧のカカロってあんまり聞いたことないなぁ。
エンくんに知ってるかと顔を向けたら、エンくんも首を横に振った。
「ぶえっくし。へっへっへ、また美女が俺の噂をしてやがる」
「アニキ。さすがでゲスよ」
冷えたんだと思うよ。
僕は心の中でつっこむ。
「変態はほっといて今のうちに行くんだっ!」
「――っ! ありがとうございますっ!」
いつの間にか、変態を置いてその後ろの女の人の近くにいたサンさん。変態節にあんぐりとしていた女の人は、そのサンさんの声に我に返って逃げ出した。
「あっ! こらっ、待つゲス」
気付いた人間族の人が追いかけようとしたところにサンさんが割って入る。
「行かせねぇよ」
「くっ。くっそぉ……」
「ジョニー。どいてろ」
一度サンさんに負けたせいかしり込みをする。
変態はその人間族の人の肩に手を置いて引かせる。
「アニキっ!」
「優男っ! テメェもだっ!」
「――っ! うわぁっ!」
一瞬でサンさんの胸ぐらをつかむとそのまま片手で押し出すように力任せに壁に投げる。
完全に体を浮かされたサンさんはそのまま岩壁にぶつかる。
「ぐあっ!」
サンさんが一瞬呻いて岩壁をずり落ち地面に伏す。それを見て人間族の人は小躍りしながら大喜びをする。
「さすがッス。さっすがアニキッス! さぁ、さっきの狐っ娘ちゃんを――って、アニキどうしたんス?」
「……。」
変態はサンさんを放り投げた方の手をジーッと見る。なにかを確かめるみたいだった。
しばらくするとツカツカツカとサンさんの方へと歩いていく。
少し身を起こすサンさん。そのサンさんの顎に手をやり無理矢理顔をあげさせた。
「おめぇ、女か」
「……マジスか? ……俺、一般人の女にやられたんでゲスか?」
信じられないと目を点にする人間族の人。
「……ケッ、今ごろ気づきやがったのか。……節穴野郎が」
「へっへっへ。悪ぃな。タッパも割とあるし格好と喋りに騙された。いやいや、そうとわかってりゃもう少し優しくしてやったのによ。それによーく見りゃさっきのおねぇちゃんより俺好みの別嬪だ」
「……よせよ。……虫酸が走らぁっ!」
「クックック。その気の強いのはいいなぁ。――が、口の悪さは矯正が必要か?」
太みたいな腕を振り上げる。同時に悪そうに口の端を釣り上げた。
サンさんは目をつむることもなく毅然とまっすぐそれを見た。
――見てられない。
僕はその場から飛び出す。
「待っ――」
エンくんの声が途中で止まった。
同時に僕の足も止まる。
「――サ、サンさんから手を離せ」
シキイさんが振り上げていた丸太みたいな腕の手首を掴む。
「シキイっ! ……お前」
「ああん? ヒヨッコが。このねぇちゃんと知り合いか?」
シキイさんの掴む手をなんでもないかねように振りほどいて立ち上がる。
頭ひとつ分違うシキイさんが見下ろされる。
「半人前が。おめぇ、このねぇちゃん……。サンつったっけ? サンの弟かなんかか?」
「ち、違うっ! 弟なんかじゃない。それにボクは十七だ。もう大人で一人前だっ!」
「かっ! んなもんどっちでもいいわ、青瓢箪が。それより、おめぇは誤解してるかも知れねぇが別にひどい事しようってわけじゃねぇ。俺らはこのねぇちゃんにちょーっと酌してもらって、いーい気分になろうってだけなんだからよ」
シキイさんに顔を近づけて威圧するように言う。
そこに人間族の人が続く。
「ヒッヒッヒ。その後に膝枕してもらいながら耳掻きしてもらって、たまに喉を掻いてもらって『ゴロニャーン』って言わせてもらうのを忘れてるゲスよ。ア・ニ・キ――ゲスぅっ!」
「ばーっかっやろうっ! 言うんじゃねぇよ恥ずかしいじゃねぇか。このっこのっ」
「ゲスっ! アニキっ! 加減っ! 加減忘れてるでゲスっ!」
人間族の人は顔に一発拳を入れられて倒れると、そのまま顔を真っ赤にした変態が自分の顔を手で覆いながら人間族の人を蹴たぐる。
一見じゃれてるような雰囲気に対して、酔っていて力加減ができていないのか、人間族の人は踏まれるたびに目玉が飛び出しそうな顔をした。
「……っんとに恥ずかしい奴だなっ」
目を丸くして一瞬呆けていたサンさんが、ふと正気に戻って吐き捨てるように言った。
「まっ、まったくだ。そ、そんな下らない事にサンさんを付き合わすことなんてできないっ」
「……下らない――だと?」
自分の手で覆い隠してた顔が鬼の形相になって覗きだした。
シキイさんを見おろす。
目はそのまま口だけはいびつに歪ませて笑いだした。
「クックック。ならどうした? なら止めてみるか? なら力尽くか? いいぜ。やってみろ。力尽くで止めるんだな」
「……ぐっ」
頭から齧り付きそうな威圧にシキイさんがたじろぐ。その様子にカカロは少し目を細める。
「出来なかったらサンを連れて行くだけだし、何もしなくてもサンは連れて行く。いずれにせよ結果が一緒なら痛ぇ思いするなんてバーカらしいって思わないか? おめぇも足が震えてる事だしよ」
カカロは一瞬視線を落として、シキイさんの震える足を見た。
そして鼻で笑う。
カカロは口の端だけを上げる。シキイさんの肩に手をポンと置こうとした。
「そ、それでも引いちゃいけない時があるんだっ!」
シキイさんはその手を弾く。そして震える自分の足を自分の拳で叩いた。一瞬だけ震えが止まった。
その一連の行為にカカロは一瞬目を見開いた。
「シキイっ――」
「うっ、うおおおっ!」
サンさんの呼びかける声と同時に雄たけびが上げて、カカロの腰にシキイさんが全力でタックルを繰り出す。
「……おめぇ」
カカロは呟く。
「弱すぎるわ」
びくりとも動かないカカロ。腰にまとわりつくシキイさんを落胆したように見下しながら片手でシキイさんを悠々と引き離すと、その頬に真横から張り手を喰らわす。
シキイさんは張り手を喰らうと宙を舞うようにして地面に倒れる。
「はぁー……。おめぇ、サンより弱いじゃねぇか。良くも前に出てこれたな」
カカロはシキイさんに向かって腰に手を当てて嘆息する。
だけど、シキイさんは呻きながらも体制を整え、すぐさまカカロに向かってまた駆けだした。
「うるさいっ! うおおおおっ!」
「シキイっ! やめろっ!」
駆け出すシキイさんにサンさんが叫ぶ。
シキイさんは止まらない。
「ちっ。弱い上にキレやがったか。あまちゃんが、上半身と下半身の動きがてーんでバラバラだぞ? っと」
「ごはっ」
「シキイっ!」
シキイさんの突進に合せてカカロが前蹴りを繰り出す。それはシキイさんの腹部にめり込む形になって決まった。
そのまま両手で腹を押さえて膝から崩れるシキイさん。
「やめろよ。わかったよ。付いて行くから。……シキイはもう勘弁してやってくれよ」
力のない目をするサンさん。いつもの気丈さはなく。涙声になっていた。
カカロはにんまりと顔をゆがめる。ジョニーはサンさんの顔を覗き込んで嗤う。
「ふぅん。ずーいぶんしおらしくなったな。まあ、ちょうど良かったかね」
「ゲッヒッヒ。そうしてるとずいぶん女っぽくなったゲスね」
「……シキイ」
サンさんはシキイさんを一瞥して立ち上がる。カカロはサンさんの肩にご機嫌に腕を回そうとした。
「だ――めだ。サンさんを、行かせはしない」
「ああん?」
片手で腹を押さえて蹲りながら、カカロのズボンの裾を掴んで顔を上げる。
「ボクは。まだだ。――まだ終わっていないっ」
シキイさんは目はカカロの目を見たまま、いう事の効かないであろう膝を叩いて何とか立ち上がろうと力を振り絞る。
カカロはうっとおしげにシキイさんを見下ろした。
「や、やめてくれっ! シキイももうやめろっ。オレの事はいいからさ」
「ゲッヒッヒ。往生際の悪い奴でゲスね。アニキ」
カカロの胸に縋りつくようにサンさんが懇願する。その隣でジョニーの下卑た笑い声がこだました。
「はぁー……。サン、邪魔だ。ジョニーちょっと押さえてろ」
「あっ……。やめっ」
「ゲッヒッヒ。おとなしく見てるでゲス」
カカロがサンさんの肩を軽く押してジョニーの方へとやる。サンさんはまたカカロの方へ戻ろうとしたが、ジョニーに後ろから肩と腕を握られそれは叶わない。
「もう寝とけや」
「やめてくれえええっ!」
サンさんが叫ぶ。
しかしその声がカカロを止める事はなく、カカロの丸太のような腕は拳を握って上がり。
そして、――振り下ろされる。
【甲は乙の願いにより丁を守る盾】
無機質に言葉を紡いだものがシキイさんを襲う凶腕を弾き返す。それは母さんの持たせてくれた式紙。僕のお守り入れから飛び出したものだ。
式紙の紡いだ防御結界はカカロの腕の振り下ろされた攻撃を受け止めて、なおも式紙は破れずに空中に漂う。
「な……に?」
カカロから漏れるのは戸惑いの声。
自慢の豪腕を止められた事より、なにより目の前の光景に理解する事に時間がかかっているようだ。
「……カイト? カイトっ! なんでお前っ……えっ?」
サンさんの疑問の声が僕の耳に入る。
だけど、僕は今それに答える気はないし、答えは僕にもあまりわからない。
僕はどこからか頭が真っ白になると、気が付けばシキイさんとカカロの間に立っていた。
「カイトくん。……出てきちゃダメだ」
シキイさんが痛みにこらえながら出した声が僕の背中越しに聞こえる。
でも僕はさんざん無茶した人の声には僕は構わなかった。
僕はカカロを睨みつける。
「おいおーい坊主。大人の話し合いを邪魔すんな。向こう行ってろ――」
カカロは呆れたような顔をしながら僕の前にしゃがみこむと、僕の頭の上に手を置く。
全身の身の毛がよだつ。
「なっにが話し合いなんだっ」
僕は両手でそれを払いのけた。
「力自慢みたいですけど、自分より弱い相手に振りまわして威張り散らしてるだけじゃないかっ! 僕は知ってます。それは弱虫って言うんです。――カカロさんは弱虫ですっ!」
「ああん?」
カカロは片眉を上げて首をかしげる。
「ややや、やめとけよ。カイト」
僕はしっかりカカロの目を見据えていると、僕の服の袖を引っ張る手に気がついて少し目をやる。
エンくん、サンカくん、シカドくんがそこにいた。
「あああ、相手が悪すぎるってて」
「そ、そうデスよ。ここは大人の人に、ま、任せまショウ」
「あうあうあう」
恐らく僕を心配して来てくれたんだと思う。怖いのにもかかわらず。
でも、悪いけど今の僕はとてもそれを聞く事は出来ない。僕は少し声のトーンを落として片手を突きだす。
「エンくんたちはちょっと静かに」
「「ひゃいっ!」」
三人が僕の様子にビックリして後ろに飛びながら並ぶと、気をつけの姿勢を取る。
僕は再びカカロに目を戻して睨みつけた。
「勇ましいな坊主。が、怖い大人には近づくなってママが言ってなかったか?」
「弱虫なんか怖いもんかっ! ギガントベアは結界が持たなかったけど、結界も抜けない弱虫のカカロさんなんかちーっとも怖くともなんともないっ。やーいっ! 弱虫っ!」
僕は歯を食いしばりながら抗議する。
「おいおい、ギガントベアにまで対峙してるのかよ。って、そりゃ勇ましいじゃなくて無鉄砲――」
「うるさい弱虫っ」
「むっ。それに、抜けなかったのは加減してやって――」
「弱虫っ! 弱虫っ! 豪斧のカカロなんて嘘っぱちっ!」
「ちょっ、聞け――」
「弱虫弱虫弱虫弱虫弱虫弱虫っ!」
「ガオーっ! うーるせーっ!」
カカロは耳を両手で押さえながら立ち上がる。僕の声をかき消すように空に向かって吠える。
「高級式紙に守られてるだけのボンボンのガキがわめくんじゃねぇっ! じゃあ、その結界目の前で抜いてやらぁっ! くそガキが、動くんじゃねぇぞっ」
「ふんっ! 逃げるもんかっ!」
カカロが半歩身体を引く。そしてボールを蹴るみたい右足を上げる。
それがさっきの拳よりずっと強い攻撃が来るだろうって言うのは僕は肌で感じた。
迫りくる丸太のような腕より太い鍛えられた右足。
それでも僕は目をそらすもんかと思ったその時。なぜか蹴りだされる足が遠のいていく。
「え?」
風景が前向きに流れていく。
――違う。僕が後ろに飛ばされていた。シキイさんに服を掴まれて後ろに引っ張られたんだ。
僕の代わりに膝立ちのシキイさんのお腹にカカロのサッカーボールキックがめり込む。シキイさんの体が少し浮き上がると、苦悶の声を漏らす。
「ぐうっ。がっ」
「……あっ! あーあー」
「シキイっ!」
枯れた喉で無理やり叫ぶような声でシキイさんを呼ぶサンさん。
一瞬ばつの悪そうな顔をするカカロ。カカロはその足を降ろそうとするとシキイさんがその足を掴んだまま離さない。
「子供に……、手を出すな。やるなら……、ボクを……やれ」
「……見切りもできない奴がしゃしゃり出てから偉そうに」
カカロは乱暴に足を掴むシキイさんを振りほどくと、シキイさんの胸ぐらを掴んで無理やり立たせる。
シキイさんはほとんど力が入らないのか、手足はだらんとしている。
それでも、シキイさんは顎を上げ片目は苦しそうにつぶりながらももう片目はしっかりとカカロの顔を見る。
カカロは目を見開きながら二三、荒く息をした後。一回目を閉じて静かに息を吸って、深くため息をつく。目を再び開くと、小さく舌打ちをした。
「――ちっ。……ったく。酔いが冷めるぜ」
カカロは呟くと、ぶっきらぼうにシキイさんを片手で岩壁に向かって放り投げた。
投げだされるシキイさんの体。それともう一つシキイさんから四角い影が飛び出す。
そして二つは同時に岩壁に叩きつけられる。
――パキン。
四角い影は乾いた少し高めの音を鳴らした。
僕はシキイさんの方へ駆け寄る。シキイさんはぐったり気を失ってるけど、胸が大きく動いている。息はしているみたいだ。
「ジョニー。サンを離してやれ」
放り投げたシキイさんに一瞥もせずカカロは踵を返す。
「え? いいんでゲス?」
「……すっかり冷えちまったし。そんな涙でボロボロの女に酌してもらっても嬉しかーねぇよ」
「……あー。そっスね。宿に帰るでゲスかね」
ジョニーがサンさんから手を離すと、カカロの脱ぎ捨てていた上着を拾ってカカロに渡す。
サンさんは大粒の涙をポロポロ零しながらシキイさんに歩み寄ってしゃがみ込むと、シキイさんの手を取る。
「シキイっ。シキイっ。大丈夫か? シキイぃ、返事してくれよぉ」
「……うっ、サン……さん?」
サンさんの声に気付くようにシキイさんが目を開ける。
「……あっ。……シキイ? ……シキイっ!」
サンさんがシキイさんを抱えるように抱きつく。
「シキイっ! シキイっ! シキイっ!」
「はわっ! はわわわわっ」
「良かったっ! 良かったっ!」
「あわ、わわわわわっ。サ、サササ、サンしゃんっ」
「いいっ。しんどいだろ? 無理してしゃべんなっ」
サンさんの顔の横で顔を真っ赤にするシキイさん。たぶんしゃべれないのはダメージのせいだけじゃないと思う。
「チッ。とんだ茶番だな。あーあー、とっとと他ん所に行って貢献値稼ぐかね」
「そうスねぇ」
「ここはろくな村じゃねぇや。しつけのなってねぇガキはいるし。親の顔が見てぇな」
「そうかいそうかい。じゃあ飽きるまで見てくれていいぜ。ランクBのカカロ・ライオ・リオン」
「バッカ、俺はAランク。まっ、もうすぐだからちょっと前借って話なんだが――って、誰だっ?」
服を着ながら立ち去ろうとしていたカカロとジョニー。その向こうから僕が一番良く知ってる声に気が付くと身がまえた。
「父さんっ!」
父さんは僕の声に一度だけ僕の方を見ると、ニッと歯を見せて笑う。
「え? あれ? あのガキの親父? なんでゲスか?」
「ああ、俺は間違いなくあそこにいるカイトの親父だぜ。ランクCのジョニー・アシュトン」
「ゲェ! 俺の事まで知ってるでゲスかっ!」
「お、おめぇっ! 何もんだっ!」
激しくうろたえる二人。父さんはポリポリと頬を掻きながら肩をすくめて見せる。
「何。大したことねぇよ。冒険者ギルドを預かるギルドマスターの嗜みってやつさ」
「はぁー? いい加減な事言ってんじゃねぇっ! この村のギルドマスターは白狐族の爺だろうがっ! みるからにド青狼のおめぇなわけ――」
「……ア、アニキ」
捲し立てるカカロの袖を引っ張るジョニー。ジョニーは何かに気付いたように唾を飲む。カカロはジョニーの様子を首を傾げて見る。
「あ、あいつ。この村のギルドマスターじゃないんじゃないでゲスか?」
「え? じゃあ、青狼だから……? リッ……ク?」
「ご明察。ってか?」
二人はガチガチに固まると嫌な汗をダラダラと流す。父さんはニコニコとゆっくり歩み寄る。
「な、なんで≪青の雷鳴≫が居るってんだよ」
「ん? んな不思議な事でもねぇだろ。嫁さんの実家こっちなんだわ」
「マジか。……ジョニー」
「……へい」
「……逃げるぞっ!」
「合点っ!」
父さんの左右を一気に駆け抜ける。直後、父さんは嬉しそうに笑った。
「カッカッカ。そうこなくっちゃ――なっ!」
父さんが疾風の如く駆け出し、雪を巻き上げる。
「ぎゃあー」
「ゲスー」
あっという間に二人の悲鳴と共に空中に打ちあがり、仲良く二段重ねに倒さる。その上に父さんが座って二人ごと抑え込むと、帳面と羽ペンを出して何かをチェックしだす。
「ったく。お前ら酒癖の悪さでマークされてるぞ? 素人さんに迷惑かけるなんて駆け出しのGランク以下だぞ?」
「……ぐっ」
「ってわけでお前らワンランクずつ降格な。CランクとDランクから勉強し直し」
「なっ! ざけんなっ! 俺らが何年かけて、どんだけ苦労して――」
カカロが顔を上げて父さんに抗議する。
父さんは一瞬帳簿から目を移すも、興味なさそうにまた帳簿に何かをチェックし始める。
「ふむ。じゃあ、DランクとEランクから勉強し直しか」
「おいっ! 下がってるじゃねぇかっ!」
「E・Fラン――」
「すんませんすんません。C・Dでいいんで勘忍してください」
「カッカッカ。よし、俺も鬼じゃねぇし特別サービスにこの村の雪下ろしを闇月中がんばって手伝ったらB・Cランク復帰って事で調整しといてやるよ」
「ざけんなっ! ゆうに五十日はあるじゃ――」
「じゃっ、心苦しいが、しょうがねぇかぁ。E・Fかぁ」
「せ、精いっぱい努めさせていただきます……」
「ア、アニキィ……」
「カッカッカ」
楽しそうに笑いながら帳簿に書き込む父さんに、諦めた二人組は仲良くうなだれた。
「かぁっこいいっ! カイトの父ちゃんってあのリックだったんだな。やっべぇ、めっちゃくちゃ強ええじゃん」
「≪青の雷鳴≫。冒険者を目指す獣人ならまず聞く二つ名ですね。ボクも聞いたことあります」
「あこがれるんだなぁ。あ、あとでサインもらえないかなぁ」
「えへへ」
エンくん達が僕を囲んで口々に言う。僕も自然と鼻が高くなった。
「あれがリックさんかぁ。あいつがまるで手も足も出ないなんて、聞きしに勝るなぁ。ボクなんか足元にも及ばない」
「まぁ……、あれはちょっと規格外じゃねぇかな」
シキイさんは感心するように目をランランとさせる。それに対してサンさん、半ば呆れたように息を吐きながら言う。
シキイさんの怪我は思ったよりも大したことなかったみたい。もう立ちあがってサンさんと肩を並べていた。
「それしてもシキイもバカだよな。絶対にかないっこないのに出てくんじゃねぇよ」
「……ぐっ」
「ボッコボコにされてさ。狩人なのにオレより弱いって言われちゃってさ」
「ぐぬっ」
「震えて怖いの隠しきれないくせにつっこんでいくし」
「ぐぬぬっ」
「……でもさ。――嬉しかったぞ?」
「ぐぬぬぬっ――えっ? あ、あれ? えーっと……」
痛いところを突かれまくってたところのシキイさんは、この不意打ちにサンさんの方を思いっきり振り向いた。サンさんはシキイさんの方を向いてニッコリ微笑んでいる。
シキイさんの顔は一瞬で茹であがるとすぐに俯いた。
おやおや? これって良い雰囲気?
僕は一歩後ずさりしてエンくんたちに目配せをする。
みんな同じように思ったのかニヤニヤすると、一緒に邪魔にならないように少し下がる。
「あそこまでの実力差見せられたら、遠巻きに見てたらたぶんオレだってしり込みするよ。それなのにどうしてシキイはどこからそんな勇気が出せたんだ?」
「あのー。えーっと。じ、実は……」
「……うん?」
「実は聞いてほしい事がっ!」
意を決して気を付けの姿勢を取るシキイさん。サンさんは柔らかく微笑みながらシキイさんの言葉を待っていた。
もう大丈夫だよね。
そう思って僕たちは踵を返す。
「あっ……。あーっ!」
「すきやきっ」
エンくんが突然大きな声を上げる。
緊張していたところにびっくりしたのかシキイさんは素っ頓狂な声をあげる。
「ちょっ。ちょっとエンくんどうしたの?」
「シキイの兄ちゃん……。あ、あれ。あれ……」
「……え? うわーっ!」
エンくんは指さす。そこには四角い影がぽてんと横たえる。
四角い影はシキイさんが準備していたオルゴール。
オルゴールは蓋が割れて、中身の細かい部品がいくらか折れて飛び出していた。
「……そんなぁ。プレゼント……がぁ」
ふらふらふらとオルゴールの方へ歩くシキイさん。膝から折れて座ると、無残な姿のオルゴールを拾い上げる。
「せっかく作ったのになぁ……」
背中を丸めて頭を下げるシキイさん。
サンさんは落ち込むシキイさんの横に膝を立てて座ると、同情したようにシキイさんの肩に手を置く。
「……シキイ。……そうか。鈍いオレにもわかったよ。シキイさ、あの絡まれてた白狐の子が好きだったんだろ? あの子に良いとこ見せたくて男気を見せようとしたんだよな。あの子に渡すプレゼントは……残念だったけど。気を落とすなよ、オレも今度一緒に考えて――」
「違います……。これは……、サンさんの」
「え?」
「……これは、サンさんへのでした」
「オ、オオ。オレぇ?」
慌てふためきながら聞き返すサンさん。シキイさんはこくりと一度ゆっくり頷く。
「こ、ここ壊れてるけど、見るからにこんな精巧だし、かわいらしい凝ったデザインだし。シキイがいくら器用だって言ってもめちゃくちゃ手間暇かかってるだろ? な、なんでオレなんだよ?」
「ボクは別に勇気があるわけでも、絡まれてた白狐の子のためにじゃないんです。
ボクはサンさんが、好きだったから――」
「ふぇっ?」
今度はサンさんの顔が真っ赤になって湯気が上がる。その表情はいつもの凛としたようなものじゃなくて、どうしたらいいかわからないような表情で少し瞳を潤ませていた。
「ふえええっ? な、な、な。ええええ?」
頭を抱えて混乱するサンさん。シキイさんはそんなサンさんを一瞬見て、また手元の壊れたオルゴールに視線を戻すと自虐的に笑う。
「……迷惑でしたね。すいません。はは、これもちょうど壊れて良かったのかも――。あっ」
「貰った」
壊れたオルゴールをサンさんがひったくるように奪うと、両手で手に包んで胸に抱く。
サンさんはシキイさんから少しだけ背を向けて、わざと大きな声で話しだした。
「貰った。もーらったっ! これはもうオレのもんだからなっ。返せって言われても返さねぇから」
「え? 貰ってくれるのはうれしいですけど。でもそれ、そのままじゃ音もなりませんよ?」
小首をかしげるシキイさん。サンさんは今度は少し小さめの声で話し出す。
「……そんなのさ。シキイが直しに来てくれたらいいじゃん。……休みの日に遊びに来てさ」
「ええっ! いやっ、でも」
「……嫌なのか?」
サンさんは少し口をとがらせると、あまり首を動かさずに切れ長の目をシキイさんの方へ向ける。
シキイさんは必死に弁解するように立ち上がる。
「い、いやいやいや。嫌だなんてめっそうもない。是非行かせていただきますとも」
「そっか。ふふふ、よかった」
少女のように笑うサンさん。こうして見ると、長いまつげがとても綺麗で、僕もなんだかドキドキした。
「でもそれって……。えっと、そう言う事ですか?」
「うん……」
ゆっくり一度だけ頷くサンさん。その後に少し早口に言葉を紡ぐ。
「でも、シキイこそいいのかよ。オレなんて、な、七つも年上なんだぞ?」
「そんなの関係ないです。ボクはサンさんがいいんですから」
「……そっか」
サンさんはシキイさんの方へ向き直る。サンさんは満開の笑顔を咲かせる。
そしてその時に一筋の涙を伝わせ、直後にサンさんもその事に気がついた。
「あれ? なんでオレこんな嬉しいのに泣いてるんだろ。かっこわりぃなぁ」
「……サンさん」
「あっ――」
シキイさんは指でサンさんの涙を拭ってあげる。サンさんは一瞬驚きながらもそれがまた嬉しかったのか、くしゃっと笑う。
「へへっ。これからよろしくなっ。シキイ」
「こちらこそよろしくお願いします。サンさん」
目を合わせて思いを確かめ合うサンさんとシキイさん。
サンさん目を閉じる。そして、シキイさんの胸の中に額をこすりつけるように軽く頭を預ける。
シキイさんはサンさんを抱きとめようと腕を伸ばした。
「おめでとうっ! シキイっ、サンっ」
「「おめでとうっ!」」
突然わき上がる歓声。良く見るといつの間にか僕たちの周りには大量のギャラリーが出来ていた。
「う、うわおおおおっ?」
「え? ええ? えええっ? なんで、狩人の先輩達が揃ってるの……?」
あわてて居住まいを正す二人。何が起こったのか飲み込めていない二人は目を点にしていると、イッペイさんと父さんが出てきた。
うんうんと、腕を組みながら感慨深げに頷くイッペイさん。
父さんも良かった良かったと言いながらカラカラ笑う。
それとひょっこり、さっき絡まれていた白狐族の女の人が出てくる。
「どうしてイッペイ兄が? それにあの連中どうしたんだよ?」
「イッペイさんはさっきの奴らを冒険者ギルドに突っ込んだ後に俺が呼んだ。見た感じお前らあんまりダメージは残りそうな感じはないが、被害者だし。一応な?」
ちょっとの間しかなかった気がするのに、父さんはすごいなぁと僕は感心する。
たぶん、あの二人無理やり父さんのペースで走らされてお尻を蹴られて文字通り冒険者ギルドにっつっこまれたんだろうなぁって簡単に想像できた。
「イッペイさん話聞いたら血相変えて飛び出して足のはええ事はええ事」
「……。」
良く言うとばかりにイッペイさんを父さんを一瞥して口の端を上げる。
「それとあの連中はお前らがたちの悪い冒険者に絡まれてるから助けてってこの子がな」
父さんが女の人を目線で示すと、女の人はサンさんとシキイさんにぺこりとお辞儀をする。
「さっきは本当にありがとうございました」
「え? そんな頭下げられるほどの事じゃねぇよ」
「そ・れ・と。おめでとうございますっ! うふふっ。お二人の付き合い方なんかステキですよねー。憧れちゃうなぁ」
女の人は両頬に手を当てるとキャッキャと騒ぐ。
それにサンさんとシキイさんはお互いに顔を合わせると、同時に顔を真っ赤にして俯く。
「……あれって。すげーみんなに見られてたんかな?」
「……でしょうね」
「……ちっと恥ずかしいな」
「……ボクはすっごい恥ずかしいです」
「「……。」」
ぼそぼそと二人が話をする。
少しして、サンさんが顔を上げるとぐっと背筋を伸ばした。
「まぁ、別にお天道様に誓ってやましい事してるわけじゃねぇさ。みんながおめでとうって言ってくれてるんだよ。ここは素直に受け取っとこうじゃねぇか」
「そう……ですねっ」
「そうさ。イッペイ兄だって喜んでくれてるはずさ」
「はっ! イッペイさんっ」
シキイさんの背筋がピンと伸びると顔が強張ってカタカタカタとぎこちなくイッペイさんの方を見る。
イッペイさんからはものすごい圧力が出される。
そうだ、サンさんにはもれなくイッペイさんが付いてくるんだよね。
あんまりしゃべらないイッペイさんってなんだか気難しそうな印象が僕の中で勝手にあった。
シキイさんの表情を見ると、あたらずとも遠からずと言ったところみたいだとは思うけども。
僕は目をつむりながら腕を組むイッペイさんを見る。
「……。」
沈黙を守ったままイッペイさんは握り拳を作って手を突き出す。
その手の親指だけ上を向けて立てていた。
それをみてシキイさんの顔も一気に綻ぶ。
「ほら、イッペイ兄はシキイの事結構気に入ってんだから。おもに食いっぷりの事ではあったけどなっ」
「はは、そっか。そうサンさんも言ってましたね」
「だろう? 休みにシキイが来たってさ、イッペイ兄もオレと一緒に歓迎してくれるよ」
「なるほどなるほど。……え?」
サンさんが嬉しそうに語る。しかしその最後のセリフにシキイさんは目を丸くする。
「オレだけが新メニューを食って評価するのもそろそろ偏りもあるだろうしってイッペイ兄も言ってたんだ。シキイならその点ばっちりだよな」
イッペイさんはシキイさんの肩に『期待しているぞ』とばかりに肩に手を置く。
「まぁ。それは、ぜひ協力させてもらいますけど……」
「イッペイ兄も最近マンネリ気味って言ってたしよ。シキイとならもっとすげぇメニューが開発できるかもなっ」
サンさんは少し興奮したように話す。それにシキイさんはぼそっと漏らす。
「え、えっと。サンさんと二人きりには……」
「ん? シキイ。なんか言ったか?」
「い、いえいえ。なんでもないです。あはっ、あははっ」
力なく笑うシキイさん。それを見てきょとんと小首をかしげるサンさん。
イッペイさんは少し意地悪そうな笑顔を作ると、少し強めにもう一度シキイさんの肩を叩く。
「……まぁ、がんばれ男の子」
父さんはポンと慰めるようにイッペイさんとは逆の肩を叩いた。
シキイさんは何とも複雑な顔をして笑うのだった。
うーん。何か問題あったのかな? みんなで仲良くできるならそれが一番良い事だと思うんだけど。
そう思うと僕は、サンさん以外の大人の人たちのリアクションに首をかしげるのだった。




