「おーい、カイトー。帰っておいでー?」
そろそろ空が赤くなろうかなって頃になって父さんと母さんが迎えに来た。
夏に比べると日が落ちるのも早い。だんだん一日が短くなってきてる気がしていやだなぁ。
「じっ様ありがとな」
「お世話かけましたヴォルクス様」
「いやいや、わしも楽しかったよ」
父さんが軽く手をあげて言うのに対して深々と頭を下げる母さん。
目を細めながら笑うとヴォルクス様は髭を撫でる。
「カイト……は大丈夫だと思うけど、ソーラはちゃんとヴォルクス様の言うこと聞いてた?」
「ちょっとお母さんっ、あたしいい子だったんだからっ!」
「うふふ、冗談よ」
「もうっ、このぉっ」
「えっ、僕っ――むぅーむぅー」
姉ちゃんをからかう母さん。そして姉ちゃんの矛先は僕に向いてほっぺたを両手で挟まれる。
って言っても、こんなのかわいいものだ。いつもこれくらいならいいんだけどねぇ。
それにしても母さん、なんかご機嫌だなぁ。今日でかけた先でいいことあったのかな?
「ソーラもカイトもまた遊びにおいで。用がなくてもいつでも来たらいいんじゃよ。お前ら村の子はみんなワシのひ孫みたいなもんじゃもん。今ならアンシェにラークもいるしな」
僕と姉ちゃんの頭をぽんぽんって撫でるヴォルクス様に、二人でうんって頷いた。
「あっ、そういえばじっ様よ」
「あー、リッ――。ん、なんじゃ?」
何かいいかけたヴォルクス様だけど、父さんの話を聞くことにしたみたい。
「あっ、いいか? いや、シイ様がそろそろ遊びに来いって言ってたぜ」
「えー」
露骨に渋い顔をするヴォルクス様。
ヴォルクス様……、シイ様の事嫌いなの?
「なんだよっ、嫌なのかよー」
口をとんがらせて僕の気持ちを代弁する父さん。
「だってのぅ。会うのは良いんじゃよ? でも、遊びに来いって事はチェスの相手をしろってことじゃもん。シイ様容赦ないからの。負けたら泡を吹くほどグランドマスタード口に突っ込まれるんじゃもん。ワシの髭は真っ黄っきにグラデーションのデコレーション、村のみんながアッテンションじゃよ」
「うへ、確かにたまんねぇな」
「たまらんよ、一週間は髭から臭いがとれんし」
チェスにそんな恐ろしいルールがっ! グランドマスタードってあの辛いやつだね。
あれはちょっとだから美味しいのに、髭が黄色くなるほどなんて……。
「まぁ、茶菓子持っていって話そらしながらお相手つかまつろう」
ニッと髭の隙間から歯を見せるヴォルクス様。
良かった、シイ様の事自体が嫌いなわけじゃなかったんだね。
父さんもほっとしたみたいでいつもみたいにニッて返す。
「それでじっ様の話はなんだ?」
「あーっ? あれ? なんじゃったっけな? ……忘れたってことはたいした話じゃなかったんじゃろ」
腕を組んで体を捻りながら首をかしげるヴォルクス様。
今さらだけど、ヴォルクス様ってなんかひょうきんだね。
「なんじゃそりゃ。んじゃ、そろそろ帰るか」
「うん、じゃあまたねヴォルクス様っ!」
「さようならっ」
父さんたちの方に駆け寄りながらヴォルクス様に手を振る。
「ほーい、じゃあまったのー」
ヴォルクス様もひらひらって手を振ると、クルッと振りかえって家に帰っていった。
姉ちゃんがまたねーって言うと後ろ向いたまま手と尻尾をふりふりする。
「で、お父さんたちは今日なにしてたの?」
姉ちゃんが父さんの袖を引いて聞く。
母さんと出かけるって言ってたけど、結局何しにいくのかは聞いてもニヘーって笑うだけで答えてくれなかったし。
「実はな、家族がふえたんだ」
父さんがニコニコしながら嬉しそうに言う。母さんもニッコリだ。
「えっ? 赤ちゃん?」
「あー、いや。そういうのじゃないんだ。あー、うちにコウノトリ来てなかったろ?」
父さんが否定する。確かにコウノトリ見てない。
村でコウノトリの見た数と赤ちゃんの数全然あって無いんだよねー?
うーん。 まぁ、赤ちゃんは違うとして……?
はっ、まさかっ、これは前に近所のおじさんが言ってた例のパターン。
「父さん、わかったっ!」
「ほんとかぁ? 言ってみろ」
「二号さんっ」
「ぶっ! 何言ってんだっ!」
父さんが盛大に吹き出す。ちょっぴり虹が見えた。
言ってみろっていうから……
「ひどいっ! リック、そうだったのっ? ケダモノっ!」
「えっと……、お父さんケダモノっ!」
母さんと姉ちゃんもそれに続く。
「バッカっ! 違えっ。カイト、お前はどこでそんな知識仕入れて来たんだっ。ソーラっ、お前は意味もわかってねぇだろっ? んなことしたら、俺はとっくにチハヤに殺されてるってのっ!」
父さんったら大慌て。
実は僕、二号さんっておじさんが言ってただけで意味はよく知らないけどね。
父さんが母さんにお星様にされるのは大抵えっちな本が原因。
でも、家族が増えるっていったから本を家族にしちゃったらちょっとあれだしねぇ……
「ったく、チハヤまで悪ノリするんじゃねぇよ」
父さんは息を大きく吐いて頭をポリポリ掻く。
「うふ、ごめんなさい」
「でへへ、しょうがねぇなぁ」
母さんが自分で頭をポカって叩きながら舌をペロッて出す。
顔を緩ます父さん。
手帳を出す姉ちゃん
「そうか、これがアンシェちゃんの言ってたやつだったんだ……」
姉ちゃんが呟きながら必死にメモを取る。
アンシェちゃんからもらった手帳だ。
姉ちゃんが貰った時に、僕にも見せてって言ったら必死になってアンシェちゃんが隠してたんだ。いじわるでやってる事じゃなかった感じだったからあきらめたけど。
あの時なんで隠したんだろう。普通の手帳に見えるけどなぁ……
表紙になんか書いてあるね。
“男を手玉に取りま帳”
う、うーん……。
僕がコメントに困ってたところに、父さんが人差し指を立てて話をまとめ出す。
「まっ、話を戻すとだ。俺もチハヤもシイ様には姉のようにお世話になってるからよ、シイ様とエリンにぴったりのペンダントをプレゼントをしたんだよ。
俺たちから本当の姉以上の姉に家族としての親愛の情を込めてな。
へへへ、シイ様泣きながら受け取ってくれたよ。エリンもすげぇよろこんでたぜ」
「だから、私たちと一緒には住まないけど家族みたいなものって事よ」
父さんと母さんがニコニコ。僕と姉ちゃんも見合わせてニコニコする。
「すごいっ! シイ様と家族かぁ。エリンちゃんともだね。そっかぁ、なんか良いねっ」
はしゃぐ姉ちゃん。僕だって嬉しいよ。
シイ様は僕にとっても特別な人なんだからね。
「まっ、こっちはそんな感じだ。ソーラたちはどうだった? アインさんの子供たち、たしかアンシェルとラークハイドだっけ? 仲良くなれたか?」
「うん、ラークと剣で勝負したんだよっ」
「おっ、さっそくかぁ。どうだった?」
「へっへーん、もっちろんあたしの勝ちぃ」
ピースをしながらニカッと笑う姉ちゃん。父さんもニカッて笑って姉ちゃんの頭をくしゃくしゃ撫でる。
「おっ、そうかっ。ラークハイドはかなりやるってアインさん言ってたが、さっすがソーラだなっ」
姉ちゃんいいなぁ、剣強いから父さんにいっぱい褒めてもらえて。
うーん、僕あんまりそういうのないからなぁ……。
――あっ! 今日とびっきりのあるじゃないっ!
「聞いてっ、聞いてっ」
「おっ、どうしたどうした?」
「僕ねっ、僕ねっ。すっっっごいのアンシェちゃんに教えてもらったんだよっ」
「あら、カイトがここまで興奮しているの珍しいわね」
「だなぁ」
父さんと母さんが優しく笑いながら顔を見合せる。
「見ててね」
「ふふ、はいはい」
父さんと母さんが僕に注目する。
僕は手のひらを上に向けて肩幅に広げる。
スー、ハー、スー、ハー。
集中、集中。呼吸をリズミカルに集中する。
「水二、風四」
僕は珠の大きさを指定してから右手に青い小さめの珠を、左手に緑の少し大きめの珠をだす。
基本、二つの珠を出すときはこうしないとこんがらがるらしい。
それから手を合わせて珠を混ぜ合わせる。
「「……えっ?」」
父さんと母さんが同時に小さく声を出した。
けど僕はそのまま続けて両手で珠を掲げる。
「踊る、踊る、水は玉。踊るは風をはらむ玉」
アンシェちゃんに見せてもらった泡がいっぱい飛ぶのをイメージしながら詠唱る。
僕の掲げた珠から小さめの泡が、ぽわぽわっといくらか出ていく。
「んなっ!」
「ええっ!」
驚く父さんと母さん。
手の珠から出した泡は父さんの顔の前でパチンと割れた。
僕のはアンシェちゃんと比べたら全然小さいしすぐ割れちゃうんだ。
うん、でもうまくいったんじゃないかな。
絶対褒めてもらえるよねっ。
僕は父さんたちの方を見る。
……まだ驚いたまま固まってるや。今日はずいぶんリアクションが長いんだね。
きっと姉ちゃんもそう思っているだろうと姉ちゃんの方も見てみる。
姉ちゃんも不思議そうに父さんと母さんを見てから僕を見ると、ポンと手をうって何かに気づいたような顔をする。
「なんてことなのっ!」
姉ちゃんも同じリアクションをとって固まった。
いやいや、姉ちゃんはいらないでしょそれ。
そう心の中でツッコミをいれてみるけど、まだ父さんも母さんも固まったまま。
うーん、もしかしたらこれが今の流行りなのかも?
逆に一人おいていかれた気がする僕。
……じゃあ。
「な、なんだってっ?」
「いやっ、カイトがやっちゃおかしいから」
あ、やっぱり?
僕が同じようなリアクションをとってみたら、父さんが即座にまったをかけた。
「おう、リック思い出したぞい。……って言ってもその感じじゃと今知ったってとこじゃな」
ヴォルクス様がいつの間にか僕の横に来ていたみたい。
突然のことに僕はちょっと固まりそうになったけど、がんばって聞き返す。
「えっと、なにかあるんです?」
「まぁまてまて。チハヤよ、カイトは法力があるんじゃよな?」
「え? ええ、ほんの少しだけ混ざりものがあったような違和感はありましたけど、もうちょっとで法力開放できそうですわ」
そうなんだよ、僕もうちょっとで法力解放できそうって言われているんだ。自分ではよくわからないけどね。そういうもんらしい。
「でも、法力がどうかしたんですか?」
僕はみんなを見渡しながらヴォルクス様に尋ねる。
みんなうーんって頭を捻っている。
僕、知ってるんだ。
皆と同じポーズ取ってるけど姉ちゃんはフリだってことにね。
姉ちゃんを見て少しだけ口の端をあげたところでヴォルクス様が口を開いた。
「実はじゃな、普通は魔力があったら法力はないもんなんじゃ。逆もまたしかりじゃよ」
「あっ、でもよ。昔にそんなやつが居たとかってなんか文献とかさがしゃあるんじゃねぇか?」
「ドライに村長のところまで行かせて調べさせたが、青狼の歴史にはなかったようじゃ」
ヴォルクス様が首を横に振った後、母さんに視線を父さんと一緒に向ける。
「白狐でも両方は聞いたことはありませんわねぇ」
ほっぺに手を当てて首をかしげる母さん。
「じゃ、じゃあ僕ってすごいんじゃないのっ? 東法術使いながら西魔術使ったりしちゃって」
すごいっ! 夢が広がるなぁ、かわいい女の子をさらった悪党とかいっぱい懲らしめたりなんかしちゃったりして……。
そしたら助けた女の子がカイトくんかっこいいー、とか言って抱きついて来ようとしちゃうんだ。
そしたら僕はそれを左手でやんわり制止して
“僕の助けを待っている人はたくさんいるんだ。だから僕に惚れちゃいけないよ娘さん。別れが辛くなるからね”
とか、言っちゃう。言っちゃうのっ! 言っちゃうんだーっ!
くーっ! 僕渋いんじゃな――
いた、いたたたたたたっ!
「おーい、カイトー。帰っておいでー?」
僕のほっぺを思いっきり引っ張る姉ちゃん。
「いたたたっ! 大丈夫っ、戻ってきたっ、ただいまっ!」
「はい、おかえりぃ」
これでやっと離してくれる姉ちゃん。
うー、ほっぺちぎれるかと思った。
「色々想像が膨らむのも無理ないんじゃがな、逆も言えるんじゃよ」
「逆?」
逆……、逆ねぇ?
つまり僕が悪い側になるってこと?
ヒャッハーとか言っちゃう、モヒカンでとげとげの服を着た人とかを引き連れてたり?
世紀末風テイストだねぇ。
世紀末ってなんだろ?
それは置いといて。うーん、ないかなっ!
「大丈夫、モヒカンは趣味じゃないです」
「ぶふぉっ。いや、カイトが力を悪用するとか言う意味ではないんじゃよ」
「えっと、じゃあ?」
「逆ってのはな、同時に使う事によってカイトにどんな悪影響がでるかわからんって事じゃ」
腕を組んで首をかしげる僕。
「たとえばじゃが、西魔術を使いすぎたら腰が抜けるじゃろ?」
うんと頷く。今日の姉ちゃんみたいになるんだね。
「東法術も法力が切れたら同じように腰を抜かすんじゃよ。……じゃったよな?」
「はい。覚えたてで限界がわからないとか不意に集中が途切れるとよくなりますわ」
「うむ、そういうことじゃなぁ」
……へ?
うんうんと頷くヴォルクス様。キョトンと目が点になる僕たち。
「まてまて、じっ様。一人で納得してんじゃねぇ」
「おっといかん。ワシとしたことがチハヤの答えを聞いて満足してしまったわっ!」
えぇ……。
ヴォルクス様ってうっかり屋さんだねぇ。
「つまりどっちも切れたりなんかしたら腰が抜けるだけではすまんかもしれん。仮にじゃよ? 仮にじゃけど、同時に力を使うことで変な反応を起こして爆発したりとかな」
「爆発……」
僕はゾクっと身を振るわした。
そっか、僕の想像はどっちもうまくいっての話だ。
ヴォルクス様の言ってるようなことだって当然ありえる。
……怖い。
「わからんって面白い面もあるが怖いもんじゃ。お前たちのような年じゃと面白い方が多いじゃろうがな、怖いのはワシにまかせとけ」
僕の頭をポンと撫でる。不思議と怖いのが収まった。
でも、どうしたらいいんだろう……
「カイト。……爆発しちゃうの?」
姉ちゃんがヴォルクス様に寄って服の裾を掴む。
「うーん、あくまで不具合が起きたときの例えじゃよ」
渋い顔をしながら答えるヴォルクス様。
その答えを聞くや否や姉ちゃんが僕に抱きつく。
「いやだよっ! そんなのっ!」
「姉ちゃん……」
いつも僕以上に僕の心配をしてくれる姉ちゃん。
ちょっぴり怖くて出る涙じゃない方の涙が出そうになった。
「爆発したらっ――、カイトがアフロになっちゃうんだからっ!」
「ね、姉ちゃんっ?」
高速で涙が引っ込む僕。
うーん、そういうギャグ的なのなら僕も助かるんだけどね。
ヴォルクス様も村長さんでもわからないってなると……
あの人かなぁ。
今月いっぱいは週1ペースたぶん月曜の朝更新だと思います。




