「ほくはっへはへはいほ(僕だって負けないよ)」
「うーんうーん」
唸る姉ちゃん。
僕の時と同じようにアンシェちゃんに教えてもらったんだけど、なかなか珠が出せないみたい。
「姉ちゃん。もっとこうね――」
「シッ! カイトは静かにっ!」
「はいっ!」
人差し指を口の前に立てて僕は発言する権利を奪われる。
うまくいかなくてイライラしてるんだろうなぁ。
こういう姉ちゃんに逆らうとろくなめに合わないんだ。
アンシェちゃんもいろいろアドバイスするけど、うまくいかなくて困った顔をしている。
「ソーラ、ちょっとこっちおいで」
ヴォルクス様が姉ちゃんを手招きしてよぶ。
「ソーラ、手を出してごらん」
「え? うん」
ヴォルクス様に言われるままに手を出す姉ちゃん。
「水一。ほい」
ヴォルクス様が親指ほどの珠を手のひらに出すと、姉ちゃんの手に向けて傾ける。
珠がコロンと姉ちゃんの手に移動した。
「わっ! わっ!」
「んじゃ、それを膨らますイメージをしてみるんじゃ」
「あ、うん」
姉ちゃんが目を閉じて集中する。
「はにゃ?」
姉ちゃんが力が抜けたように座り込む。姉ちゃんの珠はパリンと割れて消えた。
「……やっぱりのう」
ヴォルクス様が髭を撫でながら眉をしかめる。
「うー、立てないぃ。どういうことなの?」
一生懸命立ち上がろうとするけど全然立ち上がれない姉ちゃん。
こんなのはじめてだ。
「ねっ、姉ちゃん大丈夫?」
「あー、もう少ししたらすぐ動けるから心配するな」
そうは言っても心配だもんっ。それに地べたに座らせるのもなんだし。
僕はそう思って姉ちゃんに肩を貸して立ち上がらせようとする。
「あはは、カイトの方が背低いからうまくいかないね」
うまくいかなくて姉ちゃんに笑われてしまう。
もうっ! 姉ちゃんのためにやってるのにっ!
僕だって男の子なんだからこうなったら意地だよっ!
姉ちゃんの前にしゃがみこむ。
「僕におぶさって。せめて縁側にいこう」
「えっ? でも」
「いいからっ!」
「……うん」
姉ちゃんは後ろから僕の首に腕を絡ませる。
僕は姉ちゃんがちゃんとおぶさったのを確認すると、力を込めて立ち上がる。
ウギギ、重い……。
なんて言ったらぶっとばされそうだけど。僕、けっしてチビではないんだけど、比較的小さい方だからやっぱりね。
僕は一歩一歩進む。
そして三歩めを進んだところで、ふっと軽くなった気がする。
もう一歩進む。
まるで姉ちゃんの体重がなくなったかのように体が軽い。どうして?
はっ、まてよっ! 僕、知ってるよこれ。レベルアップってやつだ。
「やったよっ! 姉ちゃんの体重をほとんど感じない。きっと力が二十あがったんだよっ!」
「ぶふぅ」
ヴォルクス様が吹き出す。
「ププッ。なによ、二十って」
「えっ、だから僕の力があがって……」
僕の肩に頭をのせる姉ちゃんに向かって説明しようとしたけど、なんか視界の端に見えたアンシェちゃんも口元を押さえて笑っている。
様子が変だと思ってヴォルクス様の方を見ると、僕の足元を指差すから今度はそっちをみる。
足が四本あるね。
なるほど、力があがったんじゃなくて足が増えたからかぁ――
僕、魔人になっちゃった――
じゃなくて姉ちゃんの足だね……。
体は僕に寄り掛かってるけど、しっかり地面に足をつけて立ってるみたい。ってことは途中から一緒に歩いてたってこと……?
「姉ちゃん……。もう大丈夫なの?」
「うん、まぁねぇ」
「……いつから?」
「おぶさってって言った辺りかな」
ほとんど最初からじゃないかっ!
「いやほら、カイト一生懸命だったからね。あはは」
「もうっ、なにそれっ」
姉ちゃんはもうちゃんと立ち上がって僕の肩の上からは頭をあげた。
あー、恥ずかしい。とんだ一人相撲だよ。
ほんと走って逃げたいくらい。だけど、姉ちゃんの腕は僕の首に絡めたままだからそれはできなかった。
「もう大丈夫なら離してよ」
「えー? へへー、やぁだもんっ!」
姉ちゃんはそういいながらさらに力を込めて僕を引き寄せるように抱きつくと、僕の頭の上に頭を乗せる。
まぁ、不機嫌なのがなおったのはいいけどねっ。
そう自分に言い訳して、僕は抵抗するのをやめることにした。
「ソーラよ、いい弟じゃな」
「にひひ。でしょっ!」
姉ちゃんが僕の頭の上から答える。
「いいなぁー、ソーラちゃん。私、カイトくんのお嫁さん立候補しようかなー。そしたらそういうことしてもらえるかなー?」
アンシェちゃんっ! そんな大胆なっ!
僕たち今日であったばかりなのに、もっとお互いを知り合わないとっ――
「いいと思うわよ」
「えっ、じゃあそしたらご両親にご挨拶して……。えっ? えっ? もむーっ」
僕は頭がパニックになって何しゃべってるかわからないところで姉ちゃんが僕の口をふさぐ。
「た、だ、し。カイトと結婚するのはあたしより強くないと認めないんだからね?」
あっ、やっぱりそれまだ生きてるんだ。
僕の意識は一瞬にして現実に戻される。
姉ちゃんがいる限り僕、結婚できないねぇ。
なんだか、諦めのような少しホッとしたような気分になる。
「えー、ソーラちゃんに勝つのはも難しそうだなー。西魔術極めてもなー、一対一じゃなー」
アンシェちゃんが顎に手を当てて考え込む。
「んー、やっぱりラークを鍛えてソーラちゃんに挑ませるしかないなぁ。それで奪い取るしかー」
「『ぶっ』」
ヴォルクス様が吹き出す。口を塞がれてる僕は心の中で噴き出す。
ちょっとちょっと、ラークくん男だし本末転倒だよ?
これは問題ありでしょ、さすがに姉ちゃんだってそんなの受けないよ。
だよねっ、姉ちゃん。
「ラークかぁ。ふふん、おもしろいじゃない? カイトを賭けて受けて立つわ」
やめてぇ! 立っちゃダメぇ!
姉ちゃん負けたらラークくんと結婚だよっ? ダメダメ、そんなのダメぇっ!
僕は急いで発言権を得るために姉ちゃんの手を口からどかす。
「あ、あ、ヴォルクス様。さっきの姉ちゃんの時にやっぱりって言ってたのは何故ですか?」
「ぶはははは。はー、ん? あぁあぁ、そうじゃな」
僕はなんとかこの流れを変えるべく、お腹を抱えて笑っていたヴォルクス様に質問をぶつける。
あんなむちゃくちゃなのヴォルクス様も笑ってないで止めてよね。
「魔力とか法力が切れるとな、ああいうふうに腰が抜けるんじゃよ」
なるほど、魔力切れかぁ……。
あれ? 珠だしたのヴォルクス様だし、姉ちゃん珠を膨らませてもなかったよね?
「でもあれじゃ姉ちゃんは魔力はほとんど使ってないんじゃ?」
「ほとんどどころか全く使っとらんよ。じゃから、あれは魔力が無いのに西魔術を使おうとして魔力切れみたいになったんじゃな」
「えーっ! あたし西魔術使えないのっ?」
「ひゃあ」
姉ちゃんが僕の頭の上から大声で叫ぶ。
うー、耳がキンキンってするよぅ。
「でも、ソーラは法力あるじゃろ?」
「う、うん」
「わしらは法力はないからな。そういうもんじゃよ」
「そういうもんかぁ。じゃ、いっか」
姉ちゃん納得したみたい。あんまり考えずに気にしないのが姉ちゃんのモットーだしね。
「今、あたしのことバカにしなかった?」
「ギクッ! 僕は一瞬身をびくっとさせた」
めっそうもございません事ですよ?
「……なにそれ」
「いけないっ! 間違えたっ」
「ふーん。つまり、ニボシってやつねっ」
「それ、図星っ! アーッ」
姉ちゃんにほっぺをとびっきり引き伸ばされる僕。
「ソーラちゃん、東法術使えるのー? すごーい」
「まだ法力解放出来ないから使えないんだけどねっ。
お母さんはカイトの方が先に使えそうねって言ってたけど、こうなったらカイトより絶対先に成功させてやるんだからっ!」
姉ちゃんが僕のほっぺから両手を離すと、今度はペシャって挟みながら宣言する。
「ほくはっへはへはいほ(僕だって負けないよ)」
かけっことか剣とかじゃかなわないけど、こっちは勝たせてもらわないとね。
「うーん、やっぱりそっちもあるんじゃなあ」
そんな横でヴォルクス様が首を捻っていた。
「ねぇ、カイト。カイトの珠みせてよ」
「え? うん」
僕はさっき掴んだ要領で青い珠をだす。大きさもさっきと同じくらい。
「ふーん、ちょっとプルプルしててかわいいね」
「へぇ、カイトは西魔術をやるのか」
縁側の方から男の子の声がした。
「あ、ラークくん」
「その珠の大きさから見ると、カイトの出力は七ってところか。アンシェほどじゃないが俺も西魔術が使えるんだ」
ラークくんはウンウンってうなずきながら、どこか自信ありげに言う。
「で、カイトはどんな西魔術が使えるんだ?」
「あっ、ごめんね。今さっきアンシェちゃんから珠の出し方を教えてもらったばかりなんだ」
「なんだとっ!」
なぜかラークくんがすごく驚く。
よくわからなくてきょとんとする僕。
「そんな、始めたばかりで七もあるだなんて……。あぁ、俺は剣ではソーラに負けて、魔力ではカイトに負けるのか」
ラークくんがガクッと膝をつきながら肩を落とす。
なんだかよくわからないけどラークくんの自信を傷つけちゃったみたい。
アンシェちゃんもアチャーって顔をする。
「ねぇ、アンシェちゃん。ラークくんどうしたの?」
「ラークが西魔術始めたての時よりカイトくんの出力方が大きいからー、自信無くしちゃったみたいねー」
「そういえばしゅちゅりょ……。ごほん、しちゅりょ……」
「出力だよー。あはは、かわいいー」
「あはは。さすが、カイトはわかってるわね」
アンシェちゃんと姉ちゃんに笑われる。
ムキーっ! 誰っ、こんな言いにくい言葉考えた人っ! 僕にあやまってっ?
「あ、うん。それが七とか言ってたね。ラークくんいくつだったの?」
「六だったわねー」
えっと。ろく、なな。
「それってひとつしかかわらないじゃない?」
「しゅちゅりょくはねー、ひとつの差が結構大きいらしいのー。ウププ」
むがーっ! アンシェちゃんが僕をからかう。
うー、こう言うときは気にしないのに限る。
ふーっ、ふーっ。よしっ、僕は冷静。ちゃんと言えるさ、しゅちゅりょ……。
大丈夫、これは明日になったらきっと言えてるよね。
まぁそれは置いといても、シビアな世界なんだねぇ。
「四あったら正式な西魔術士になる見込みがあると言われとる。リックも結構才能あったんじゃよ」
ヴォルクス様が落ち込むラークくんの頭をぽんぽんって撫でながら解説してくれる。
父さんに西魔術の才能ってなんか意外だなぁ。
「リックなんぞも、最初やったとき五あったんじゃ。でも西魔術での攻撃とか教えても、蹴飛ばした方が早いとか言ってちっとも練習しよらん。じゃから今も大したことはできんのじゃもん。ようは本人次第じゃ」
なんだ、イメージ通りだ。父さんらしいや。
うーん、でもそしたら僕って結構すごいんじゃないかな?
「アンシェちゃんはいくつくらいだったの?」
「えっ? あー、えーと。六かなー?」
アンシェちゃんがちょっと目を泳がす。
西魔術が得意って言ってたアンシェちゃんより大きいって事は……。
僕っかなりすごいんじゃ……。
すごいんじゃないかなっ!
僕の鼻がみゅーんと伸びる。
「むー、カイトのこの得意気な顔。なんかムカつくっ! チビのくせにっ!」
姉ちゃんが僕のほっぺたをつねってコネコネしだす。
チビは関係ないでしょー。
なんてね、いつもならチビって言われたらムキになって怒ったりすることもあるけど。ふふーん、今は許せちゃうね。
これって魔力の大きさは心の広さに比例してるんだと思うの、僕。
いやぁ、すごいねっ! 西魔術は暮らしと心を豊かにするねっ!
西魔術をすると仕事もうまくいって、宝くじも当たりましたって感じっ!
……宝くじってなんだろね?
「ソーラちゃん、ソーラちゃん」
アンシェちゃんが姉ちゃんにこっそり耳打ちする。
ウンウン、ふむふむって頷く姉ちゃん。
「なるほどっ! たまには男の子をおだてていい気分にさせて、肝心な時にうまく転がすっていうのがありなのねっ! なるほど、一理あるわ。よーしよしよし、カイトやるじゃんっ!」
「わー、ソーラちゃんーっ! 声が大きすぎるぅー!」
姉ちゃんが感心したような声をあげると僕を誉める。ねぇっ! それを言った後だと効果ゼロなんですけどっ!
っていうか、アンシェちゃん……
「カイト、騙されるなっ! アンシェの出力は九だったんだぞっ!」
「わーっ、わーっ。ラークバラしちゃダメっ!」
いつの間にか復活したラークくん。
えっと。なな、はち、きゅう。
「二つも上じゃないっ!」
「あっ、えっと……。えへへ」
かわいく笑ってごまかすアンシェちゃん。その顔の裏にどんな計算がされてたのやら……。
アンシェちゃん……
恐ろしい子……
――― おまけ ―――
ソーラとラークの勝負も終盤を迎える。
一体どれくらい打ち込みあってきたのだろうか。
もう、どちらにもそれはわかる事ではなかった。
お互い時間の感覚はなく、足りぬ酸素を肩で息をし取り入れる。
荒れる息を隠すことすらしない―― 否、できない二人は、相手もそして自身も体力の限界が近い事を悟っている。
「はぁはぁ、やるわねラーク」
「ぜぇぜぇ。ソーラこそな」
「でもこれが最後。いくよっ――、ウァァァっ!」
「――ッ!」
ソーラが息をつく間も与えない最後の猛攻撃をラークに仕掛ける。
一、二、三、四撃を上段から。五、六撃を体を倒し左右から掬い上げるように切りかかる。それらをほとんど直感でギリギリに、あるいはまぐれとも言えるようなさばき方で猛攻を防ぎきる。六撃目でソーラの攻撃に穴が開く。
まぐれでもなんでもラークは防ぎきった。ソーラはもうガス欠だろう。なら、次は俺の番だとばかりにラークの攻撃が始まる。勝ちを確信したラークは少し緩んだ頬と共に大きく一閃する。
ラークは最後に致命的なミスを犯した。それは倒してもいない相手に気を緩めた事だ。
ソーラはその一閃を剣を確実に目で追いながらギリギリを見切り、すかさず延びきった腕に竹刀を打ち込む。
「ぐっ!」
竹刀を落とし膝をつくラーク。ガランと言う音が広い道場にこだまする。
「おーい、審判。ジャッジ、ジャッジじゃ」
ヴォルクスが声を響かせ両腕をぐるぐると自分の前で絡めるように回す。ジャッジの合図なんだろうか。
そのヴォルクスの合図によって、時間を止めた空間の針は進みはじめる。
「はっ? あっ、勝負あり――だっ」
アインがソーラの方の旗をあげる。
「はぁはぁ。ふぅ。ラーク、大丈夫? はい、竹刀」
「ぜぇぜぇぜぇ、……すまない」
ソーラはラークの竹刀を拾って渡すとラークは少しして膝をついたまま受けとる。
しばらくしてヴォルクスが三度、手を叩く音を響かせる。
「いやぁ、いい勝負じゃったよ。お互い学んだ事も多かったじゃろうな。今後が楽しみじゃなぁ。よっとっ」
一人拍手をしながら立ち上がると縁側の方を向く。
「じゃ、ちょっと向こうも見てくるよ。フフーン」
後ろ手に手を振るとそのまま鼻唄まじりに縁側へと行った。
「ソーラ、見事。実に見事だった。ソーラは強いな」
膝をつく我が子のそばで腰をかがめる。
アインはラークの頭を撫でてやりながらソーラを称賛する。
「え、へへ。ラークも強かったよ」
息を切らしながら答えるソーラ。
ソーラの言葉にうなだれるラークがわずかに反応をする。
アインは目をつむりにこやかな笑顔でゆっくり一度頷くと、すくっと立ち上がる。
「いやー、いやいやいや。ハッハッハッ」
アインが手を腰にあてて高らかに笑い出す。
突然の事に目が点になるソーラ。
ラークがハッとしてうつむいた顔をあげると、下からアインの腕をひっぱる。
「父上っ! ダメだっ!」
「ダメな事なんか何もないんだぞ? さぁ、では次は私と勝――」
「射ち出し放つ、風は光の導く方へ」
一瞬アインの側頭部に白く細い一筋の光が当たる。
アインがものを言い切る前に中身の入ったヤカンが豪速で真一文字に飛んでくると、アインの頭をクワンと鳴らす。
「ぶっはぁっ!」
アインはドサッと吹き飛び倒れると、そのまま目を回す。
アインの位置にヤカンが入れ替わり、ちゃぷちゃぷ佇んだ。
「ヤカン――、母上っ」
「仕方のない人ねぇ。大人げないんだからぁ」
三十手前くらいのおっとりした婦人が出てきた。アンシェとラークの母なのだろう。赤い髪に赤い耳と尻尾のその人はアンシェをそのまま大人にしたようだ。
「はじめまして、あなたソーラちゃんね? 私はセナ。この子とアンシェの母親よ」
セナはコップが乗ったお盆を片手にヤカンを拾い上げると手際よく水をコップに注ぐ。
「見てたわよ。あなた、すごいわねぇ。喉乾いたでしょ? はい、どうぞ」
「ありがとうっ。あっ、冷たい。……えっと、アインさんは?」
「あらぁ、ごめんなさいね。あの人の悪い発作なのよぉ。ラークが負けると出ちゃってぇ」
ラークがうつむく。今度は恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしながらだ。
「いや、アインさん大丈夫かなって……」
「えっ? あぁ、この人とびっきり頑丈なのよ。ささ、それよりも飲んでちょうだい」
「あ、うん、あたし喉カラッカラ。いただきまぁす。んーっ?」
ソーラは一口口をつけると目を見開く。
「冷たいっ、ほんのり甘いっ、でもレモン? スーッとしたっ!」
ソーラが舌鼓を撃つと喉をならして飲み干した。
レモンは酸っぱいはずなのになとソーラはコップを覗きながら首をかしげる。
「気に入いってくれてよかったわぁ。もう一杯いかが?」
「うんっ、カイトももらいな――。あれ? カイトぉ?」
ソーラは顔をあげて返事をすると、カイトがいたはずの方を見る。
だが、そこにカイトは居ない。あれれと思いながらキョロキョロ見回し、ついには竹刀の隙間まで覗く。
「あらあらぁ、そんなとこに居たらどうするつもり?」
「え、でもぉ」
「カイトくんって黒髪の子よねぇ? ほらぁ、うちのアンシェと仲良くしてるわぁ」
そう言うとセナは赤い耳に手を当ててカイトたちのいる方へ頭を傾ける。ソーラはまだ少し切れる息を押さえ、同じようにして耳を澄ます。
『カイトくん。それ初めてにしては結構大きいんだよーっ! ラークだってそれより小さかったもんー』
『えっ? そうなんだ』
ずいぶん楽しそうな声がする。
この時ソーラは瞬時に分析しひとつの結論を出した。
この盛り上がりはさっき出ていったばかりなどではない。つまりはじめの方から全く見ていなかったのだと。
ソーラはわなわなと震えるといきり立つ。
「こらぁっ! カぁイぃトぉっ!」
声のする方へ怒鳴ると流星の如く駆けていった。
縁側の方から小さな悲鳴だけが返ってきた。
「あらあらぁ、元気な子ねぇ。さぁ、ラークも飲みなさいなぁ。あなたの好きなレモネードよ」
セナはカップに注いでラークに渡す。ラークは一口つけて口を湿らす。
「母上……、俺……。負けた……」
「ソーラちゃん、強い子だったわねぇ」
「……悔しい。……ひとつしか変わらないのに」
ポツリポツリ話すラークの頭を撫でる。
「それに、俺は最後の最後で気を抜いてしまったんだ」
「そうねぇ、それがなかったら勝てた?」
「……わからない。でも、そんな自分にも悔しい」
首を振って呟くラーク。
「ラークはどうなりたい?」
「もちろん、最強に。ひい祖父様のような最強の剣士に」
ヴォルクスへの憧れを目に宿し母に伝えた。
それを受け取ったセナもまた、優しく微笑み我が子に応援を伝える。
「そうねぇ、ならその悔しい思いを大事になさいな。きっと、強くなるための力になるから」
「なぜ?」
「ソーラちゃん、追い詰められるほど強い気迫で返してきてたでしょ。前にすごく悔しい思いをしたからよ」
「ソーラが?」
ラークは首を捻った。ご機嫌にカイトとどつき漫才をするソーラからは想像ができなかったようだ。
「ほらぁ、カイトくんの傷の話よ。母上は声しか聞いてないけど、ラーク達は見たんでしょ?」
「あぁ、あれは凄かった。でもどうして?」
「カイトくんはねぇ、父上の騎士団のアーマーあるでしょ? あれを貫いてなおあの傷を受けたようなものなのよ。そんな攻撃をしてくる魔物に今のラークが鉢合わせたところを想像してごらん」
ラークは生唾を飲む。
具体的なイメージなどしたくもなかった。
「……負ける」
「そうねぇ、呆然と立ち尽くすところに一息でってところかしらねぇ」
セナの話でイメージが形になる。ラークは恐怖を感じ小さく震えだす。
どうしてそんな怖い話をするのだろう。うっすら涙を浮かべながらラークはそう思う。だが、母の話はしっかり聞かないといけない。そんな気がした。
「今、ラークが想像したのがソーラちゃんの居たところなのよ。そして、今まさに一息でってところでカイトくんが飛び出すのよね。ソーラちゃんを助けるためにね」
「うん、そうだった……。」
「ならラークがソーラちゃんだったとしたら、カイトくんはアンシェかしらねぇ。アンシェがラークのために飛び出すの。そして大怪我をしちゃうのよ」
「アンシェが……? うっ、うぐぅ……」
ラークは母の話に想像し、涙をこぼし始める。
ラークにとってアンシェは姉と言っても、西魔術の才能が自分よりあっても、自分より弱く守るべき対象だ。
その守るべきものが自分の力が到底及ばない敵の前に飛び出し自分を助ける。
そして、自分は強大な敵の前になにもできないのだ。
それはあまりに無力じゃないだろうか。
それはあまりに無念じゃないだろうか。
怖い。さっきはそう思った。
けれど、それを通り抜けて悔しいと思った。自分は想像しただけでこれだけ悔しいのだ、実際にソーラは悔しくて死にそうだったに違いない。
実はラークははじめカイト達の話を聞いたときはどこかおとぎ話を聞いている気分だった。
だが、カイト達にとっては間違いなく現実であったこと。今、改めて思い知った。
「アンシェのために泣いているのね。大丈夫、その優しさがあればあなたは間違いなく強くなれるから」
「ラーク、大丈夫ー? ……泣いてるの?」
セナがラークの頭を撫でようとするところでアンシェが来る。
ラークは座りながらアンシェからくるっと背を向けると、腕をアンシェに向けてこっちに来るなと制止する。
アンシェが立ち止まったところで、レモネードを一気に飲みほすとラークは口を開く。
「お、俺は別に勝負に負けたからって泣いてなんかいない。大丈夫だ」
「……そうー。あっ、ラークもおいでよ。カイトくん面白いんだよー」
「そうか。だが、今は反省会してるところだ。後で行くからアンシェは戻っててくれ」
「うん、そっかー。早くおいでよね。って、父上っ!」
アンシェが目を回しているアインに気がつきセナに目を向ける。
「それは発作よぅ」
「発作かー。? まぁ、行ってくるねー」
「あぁ」
アンシェはいまいち納得しないながらもまた縁側に向かって立ち去る。
「カイトの勇気。ソーラの信念。二人とも俺とひとつしか違わないのに凄いな」
「そうねぇ、でもあなたもその凄いにきっとなれる。今は落ち着いたら一緒に遊んでくるといいわ」
しばらくして息を整えると、立ち上がり服の袖でぐいっと涙をぬぐう。
「……うん、大丈夫だ。母上行ってく――」
「うっ……」
ラークがくるっと振り返ろうとするところでアインがうめき声をあげる。
「父上?」
「はっ! 私は一体――、ぐわっ」
身を起こすアインに容赦なくヤカンをクワンと叩き込むセナ。
「ひっ、ひどい……。ガクッ」
「父上っ!」
「きれいにまとまりそうだっからもうちょっと寝ててねぇ。ア、ナ、タ」
「は、母上っ?」
再び地に伏せ目を回すアイン。
理不尽な母の行動に戦慄するラーク。
「もう、やりなおしねぇ。さぁ行きなさいラークっ! 明日へ向かってっ!」
「は、はいっ」
びしぃっと庭の空の方を指さすセナ。とりあえず勢いで返事をするラーク。
どこからのやりなおしか全くわからないラークは、明日へ行く前に縁側に向かうことにした。




