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【連載版】男を飾る花が朽ちた後  作者: にゃみ3


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5 きっと幸せになれる



「本当にラディア公爵様だったのですね……」


「信じていないのに、私との結婚を了承してくださったのですか?」


「そういうわけではありませんが……」


「良かったです。今更、すべてが冗談だったとでも言われたら到底耐えられそうにありませんでしたから」



 馬車の中、クロードの反対側に座った私は、突然居た堪れなくなって小さく身を縮めた。


 頭の中では確かに分かっていたが、どこか疑っていたのも事実だった。


 だけど、この車内に彫られたラディア公爵家の家紋を見せられたら、嫌でも納得するしかない。


『歓迎します』


『ありがとうございます。それで、私は何をすれば……』


『では、さっそく荷物をまとめてください。これ以上、あなたが王宮に留まる理由もないでしょう』


『……今からですか?』


『はい。今すぐに』


 そんな経緯を得て、私は黒いローブを被った不法侵入者こと、クロード・ラディア公爵に言われるがまま、長年過ごした離宮を飛び出した。


 長年をかけて溜まり続けた膿がようやく消え去ったかのような、清々しい気持ちだった。


 私すら知らなかった抜け道を自信満々に進んでいく彼に手を引かれながらついていくと、そこには一台の大きな馬車が止まっていた。


 申し訳なさそうに頭を下げる御者からクロードと揃いの黒いローブを受け取った私は、恐る恐るそれを羽織り、彼に続いて車内に乗り込んだ。


 馬車は滑らかに走り出し、私は窓から、城がどんどん小さくなっていくのを暫くの間ぼうっと眺めた。


 空は既に闇に包まれていたのに、城門は昼のように明るかった。


 不思議な気分だった。悲しいわけでも、嬉しいわけでもなく、ただ心がふわふわと浮かれていた。


 誰かの指示に従うのではなく、自分の意思で行動に移したのは生まれてはじめてのことだったから。


 この馬車は私の実家ロザベール侯爵家に向かっている。

 社交界で数回挨拶を交わす程度の、家族とは名ばかりの人たち。


 私が王子から婚約破棄を突きつけられたと知って幻滅しただろうか? それとも、怒っているだろうか?


 不出来な娘が突然訪ねてきて、追い返されてしまわないだろうか……。


 思考がどんどん悪い方向へと進んでいき、本当に自分の選択は合っていたのかと不安が襲う。


 それをどうにかして消しさろうと、私は深く息を吐き出して目を伏せた。



「リゼット嬢?」



 その時、飽きもせずに私をじっと見つめていたクロードが唐突に声をかけてきた。



「は、はい。何でしょう?」



 突然のことに、思わず声が上擦ってしまう。


 それでも彼は穏やかな笑みを保ったまま、言葉を続けた。



「どこか思い詰めたような顔をしているように見えたのですが、疲れてしまわれましたか?」


「平気です。その、ちょっと考えごとをしていて……」



 顔に出ていたことが途端に恥ずかしくなり、長く伸びた髪で顔を隠しながらヘラヘラと笑って見せる。



「生きていれば、やりたくないことをやらなければならない時があります」


「……え?」


「それでも、いつも笑っていなければなりません」



 柔らかく微笑みながらそう言った彼の言葉が、頭の中で何度も繰り返される。


『生きていれば、やりたくないことをやらなければならない時があるわ。それでもいつも笑っていないと!』


 それは昔、私が読んだ本に載っていた一節と、一言一句まったく同じだった。


 主人公が辛く悲しい日々から逃れるために鏡に映った自分に向かって言い聞かせるシーン。


 それは私の救いとなり、悲しい時に私を癒してくれた大好きな言葉でもあった。



「もしかして、あなたも"幸せになれるお姫様"を読んだことがあるのですか?」


「幸せになれる……」


「あっ、ごめんなさい。私が子供の頃に好きだった本に出てくる主人公と、あなたが同じことを言っていたものですから……なんて、公爵家の令息であられたあなたが、そんな子供っぽい本を読んだりしませんよね」



 幼い頃から妃教育のために部屋に閉じ込められてきた私は、その本に書かれていた言葉に何度も救われてきた。


 たとえ、どれほど苦しくても、悲しくても、バカみたいにヘラヘラと笑っていれば、いつか本当に幸せになれるかもしれない。


 あの小説の主人公のように——と。



「恥ずかしながら初めて耳にしました。公爵邸に戻ったら、すぐに読むことにします」


「そんな。ただの子供向けの童話ですし、公爵様が嗜まれるようなものではありませんよ」


「大丈夫です。リゼット嬢が好むものは、俺も必ず好きになりますから」



 そう言うと、彼はまた人好きのする笑みを向けてきた。


 誰もが彼に好意を向けざるを得ないような、眩しいほどに完璧な笑顔。


 私は彼の整った顔を見つめ返し、込み上げてくる自嘲的な笑みをなんとか押し殺した。


 脅威とも思えるほどの美しい容姿を持つ男。


 彼の完璧な微笑みに、私の胸が年頃の少女のようにときめいたりしないのは、きっとその笑顔の奥に隠された冷たい闇を感じ取ってしまっているから。


 私と似ている……なんて、傷モノになったただの令嬢が偉大なる公爵様に思うなんて失礼な話だわ。


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