2 新しい花
「リゼット様、こんにちは」
「……ルドヴィカ嬢」
セドリックとの婚約が解消されてから早くも三日が経過した頃。
突然、私の元に予想外の来客が現れた。
一輪の花のように可愛らしい子。
彼女の笑顔は、まるで花が咲いたかのように愛らしかった。
まさに、セドリック王子が好きそうなタイプだわ。
庇護欲が掻き立てられる、純粋そうに振る舞う顔が可愛い女。
だけど、残念ながら少し前まであなたと同じ立場だった私には、その嘘くさい愛嬌は通用しないわよ。
「ルドヴィカ嬢が私の元を訪ねてこられるとは驚きました。突然、どうされたのですか?」
至って穏やかに問いかけると、ルドヴィカ嬢は楽しそうに目を輝かせて言った。
「リゼット様と一緒に散歩しようと思いまして」
「……散歩、ですか?」
「はい! 王宮の庭園は本当に美しいのでよく一人で散歩するんです。それにリゼット様も一緒だったら、もっと楽しくなると思って」
私が断ることなど微塵も考えていないような、純粋な眼差し。
この子、自分が置かれている状況を本当に理解していないの? それとも、私をからかって遊んでいるの?
突然部屋に尋ねてきたかと思えば、呑気に散歩をしたいなんて。
私は顔が引きつりそうになるのをなんとか抑えながら、何とかいつも通りの笑みを保ち、静かに問いかける。
「とても魅力的なお誘いですが、私と違ってルドヴィカ嬢はお忙しいのでしょう。なにせ、第二王子の婚約者となられたのですから」
「平気です。そのためにも必要なことですから」
「はい……?」
「ほら、ぼうっとしてないで早く一緒にきてください」
そう言ったルドヴィカ嬢は私の返事を待つこともなく勝手に手を取ると、唐突に歩き始めた。
すぐに手を振り払って部屋に戻りたいところだが、現時点で今の私にそんな力はない。
……それにしても、彼女はどうして一人で歩いているのだろう?
これまで私の身の回りの世話をしてきたメイドたちは、私とセドリック王子の婚約解消が公表されてすぐに離れていった。
新たに婚約者となったルドヴィカ嬢の元へと移ったのだ。
彼女たちは私個人の使用人ではない。王室に仕え、王子の婚約者となった令嬢のお世話をするために雇われている人間だ。
つまり、婚約者でなくなった私の世話をする必要は一切ないということ。
元から絆を築けているとか、そんなことは微塵も期待していなかったからどうでもいいけれど、そんなふうに扱うくらいならばさっさと侯爵家に返してほしい。
実家の家族たちに合わせる顔がないのも事実だが、ここで客人とも罪人ともつかない、疎外された生活を送るよりはずっとマシだろうから。
「王宮はどこへ行っても使用人だらけで息苦しいですが、この離宮の庭園は人もいなくて落ち着くことができますよね」
宮殿を出て、薔薇の垣根に囲まれた庭園へと入った瞬間、ようやくルドヴィカ嬢が口を開いた。
彼女の言う通り、確かに美しい光景だった。
手入れの行き届いた生い茂る緑の上で、愛らしいピンク色の薔薇がそよ風に揺れている。
中央にそびえる大理石の噴水からは清らかな水音が響き、陽光を反射して煌めいていた。
一緒にいるのが、この上なく気まずいルドヴィカ嬢でさえなければ……もう少し素直にこの美しさを楽しめたのだけれど。
「そうですね。部屋の窓から見下ろしてばかりだったので、実際に降りてきたのは初めてですが……」
「はい? 一度も来たことがないのですか?」
「妃教育で忙しくて、中々機会がありませんでしたの」
「ふーん……」
ルドヴィカ嬢はつまらなそうに返事をすると、特に気にした様子もなく、庭園に咲き誇る花々へ視線を向けた。
「ねえ、リゼット様。美しく並べられ、家のために尽くして枯れていくなんて……あまりに悲しい運命だと思いませんか?」
唐突に零された言葉に、私は思わず足を止めた。
ルドヴィカ嬢はぴたりと立ち止まり、微笑みを浮かべたまま言葉を続ける。
「私、昔から令嬢たちに嫌がらせを受けていたんです。ほら、私ってあまり同性の女性たちから好まれない容姿をしていますから。だけど王子の婚約者になった途端、彼女たちったらすぐに手のひらを返してきて! ふふっ、思い返しただけで笑えてしまうわ」
「……それは、ご苦労されたのね」
どうして唐突に私にそんなことを話すのか。
それでも社交辞令として無難な返答を口にすると、彼女は可愛らしく首を傾げた。
「だけど平気です。私、可愛いですから。それに大変なのは、生まれつき醜い人たちの方ですし」
「確かにあなたはとても愛らしい人だから、誰かがそれを妬んできたとしても気にする必要はないわ」
「リゼット様なら、きっと分かってくださると信じていました」
彼女の目元が甘く蕩けるように細められる。
「せっかく高貴な美しさを持って生まれても、摘み取られ、その美しさを奪われ……」
ルドヴィカ嬢が咲き誇る鮮やかなピンク色の薔薇にそっと手を伸ばした。
割れ物に触れるように優しく撫でたかと思えば、次の瞬間、その一輪を強引に摘み取る。
そして手に取った薔薇を、残酷に握り締めた。
「醜く朽ちていく運命なんて……私には絶対に耐えられません」
隙間から押し潰された花びらが零れ落ちる。
彼女の可愛らしい顔が、まるで大輪の花が咲き誇るかのように艶やかに歪んだ。
「リゼット様も、そう思いませんか?」
何を言われたのか理解が追いつかず、ただ沈黙する私を見て、彼女は満足そうに笑った。




