第十五話
「ここが魔王城の、玉座の間ね……」
リリアーヌが細剣を構えながら、冷たい声で呟いた。
黒い大理石でできた不気味な広間の最奥。そこには、禍々しい闇のオーラを全身から放つ、世界を統べる恐怖の支配者──『魔王』が鎮座していた。
普通なら、息をすることさえ許されないほどの絶望的な魔力のプレッシャー。
だが、俺──スイルは、そんなプレッシャーなど微塵も感じていなかった。
俺の腕の中には、産まれたばかりの愛しい我が子が、すやすやと気持ちよさそうに眠っている。俺の神級結界が、どんな邪気も100%遮断しているからだ。その隣では、母親になったばかりのエレナが、誇らしげに俺に寄り添っている。
「スイル、私が先陣を切ろう。お前たちの家族の未来を遮る闇は、この私が一刀両断に──」
「いいよ、ジャンヌ。俺が直接やる。……ちょっと、うちの子の寝顔を邪魔されたくないからね」
俺は一歩、前に出た。
その瞬間、玉座に座っていた魔王の顔が、恐怖で引きつるのが分かった。
「お、お前が……四天王と数万の近衛兵を一瞬で消し去った、あの『草使い』か……!」
魔王の放つ闇のオーラが、俺のレベル999の威圧感に気圧され、みるみるうちに縮んでいく。
魔王はガタガタと玉座を鳴らしながら立ち上がり、必死に命乞いのような叫び声を上げた。
「待て! 人間よ! 我と手を組まぬか!? 世界の半分を、お前と、そのエルフの女にくれてやってもいい! だから我が命だけは──」
「断る」
俺は一秒の猶予も与えず、冷酷に言い放った。
「世界の半分なんていらない。俺はただ、この子と、エレナと、みんなでのんびりスローライフを送りたいだけなんだ。そのためには、あんたの存在が邪魔なんだよ」
俺は足元に落ちていた、魔王城のひび割れから生えた一本の『名もなき雑草』に意識を向けた。
この世界の悪の根源を断ち切るための、本当のラストバトル。
「──『神緑・創世の裁き(ジェネシス・レイ)』」
俺が静かに呟いた瞬間、足元の雑草から、太陽の表面よりも眩い黄金の光の柱が、天に向かって爆発的に突き抜けた。
「ば、馬鹿なァァァッ! ただの雑草の魔力が、世界を再構築するほどだというのかァァァッ! 魔界の理が、崩壊していく……ぎゃあああああッ!!!」
魔王の放った暗黒の障壁も、魔王城の頑丈な壁も、その黄金の光の前にはただの紙切れ同然だった。
光の濁流に飲み込まれ、悪の根源たる魔王は、悲鳴とともに細胞の一つ一つまで完璧に浄化され、消滅していく。
ズドォォォォォン!!!!!
凄まじい轟音とともに、禍々しかった魔王城全体が、みるみるうちに美しい緑の植物と色鮮やかな花々に覆われた『聖なる大樹の城』へと作り変えられていった。
戦いは、一瞬で終わった。
「はえー……。魔王まで一撃で浄化しちゃったわよ……」
「さすがはスイル様です! これで本当に、世界に平和が訪れたのですね!」
リリアーヌが呆然と呟き、エレナは涙を浮かべて微笑む。
ジャンヌは俺の前に跪き、その燃えるような赤髪を揺らしながら言った。
「見事だ、我が主。これで世界の脅威は消え去った。……だが、私の戦いはこれからだぞ? エレナ殿に続いて、今度は私がスイルの子を授かる番だからな!」
「ちょっとジャンヌ、また抜け駆け!? 私だってスイルの子供を産んで、この世界で一番幸せな家族を築くんだから!」
魔王を倒した直後の玉座の間で、またしてもリリアーヌとジャンヌの賑やかなキャットファイトが始まる。
腕の中の我が子は、そんな彼女たちの声を子守唄にするように、幸せそうな寝息を立てていた。




