純愛しか認めません
「むぅうう……! ほんとムカつく……! 宗像、絶対殺す!」
「お、落ち着いてよ猫ちゃん。二人は付き合っ――」
「付き合って無い! 冬ちゃんが否定してたもん! そんな関係じゃないんだからぁ!!!」
「ア、ハイ……ソウデスネ」
不機嫌そうな顔を隠そうともしない猫と、それを宥める退紅色の髪を一つ結びで纏めた眼鏡の少女……神山桃花は、校舎を彷徨っていた。
目的はもちろん、姿を消した冬子の捜索だった。先ほどからメッセージを飛ばそうと、既読すらもつかない。いつの間にか、あの男の姿も消えてしまった。
猫の脳内では、きっと冬子が歳三に襲われている風景が流れているのだろう。桃花はそんな猫の暴走を何とか止めなければと、彼女と行動を共にしていた。
(どうしよ~……! このままじゃ、宗像君が失踪しちゃうよぉ……! な、なんとか矛先を逸らさないと!)
彼女……神山桃花は、冬子の幼馴染みだ。そして、桃花は冬子の幸せを切に願っていた。歳三が冬子を幸せに出来るのなら、彼女は後ろで見守るつもりだったのだ。
だが、猫はそうではない。友愛を超えた執着を、冬子へ向けている。
桃花はその気持ちを否定こそしないが、だからといって支持することも出来ないでいた。冬子が好意を向けているのは、歳三なのだから。
桃花の胸中もまた、複雑な感情に見舞われていた。一体私は、誰を応援すれば良いのだろうか……と。
「桃花はこのままあんな奴に冬ちゃん盗られて、それで良いの!?」
「いや、別に冬子は私のモノじゃないよ……?」
「じゃあ想像して! 冬ちゃんが、宗像と乳繰りあってるところを!!!」
「えぇ……?」
言われるがまま、桃花は想像した。自分達との付き合いが悪くなって、次第に歳三へと比重が傾いていく冬子の姿を。私に向けられていた笑顔が、優しさが、時折見せる獰猛さが、全て歳三に向けられる光景を。
ズキッと、胸が少し痛んだ。
「…………ちょっと、嫌かも」
「でしょぉ!? じゃあ探しいくよ!!!」
「へあぁああ!!! 早い早い早い! 腕取れちゃうからぁ!」
猫はその肯定を見逃さずに、桃花の腕を引っ張って校舎を巡り始めた。人がまばらになった教室、人気の少ない裏庭、そして……部室棟のある別校舎へ。
「アレ……? ここって、閉まってるはずじゃ……?」
そして……二人は辿り着いた。先ほどまで冬子が居た、その場所へと。そこに倒れ伏す、歳三の元へ。
「きゃああああ!? む、宗像君っ!?!?」
「起きろ。おいこら、冬ちゃんを何処にやった?」
「ぶべ……!?」
「だ、駄目だって猫ちゃん! そんなバイオレンスな起こし方じゃ!」
驚く桃花。瞬時に歳三の胸ぐらを掴み、そのままビンタをかます猫。そして目覚める歳三。彼は眼を覚ますと、瞬時に土下座をした。
「すまない! 俺は最低な人間だ!」
「はぁ……? 今更なんですけど?」
「ん……? あれ、聖園さんじゃないか。委員ちょ……じゃなくて、冬子は何処に行ったんだ?」
「お前何冬ちゃんのこと名前で呼んでんだよ殺すぞ?」
正座したままの宗像と、そんな彼に対して睨みを利かせる猫。埒が明かない状況に、桃花はその間へと割り込んでいった。
「猫、そんな言葉使わないの! とりあえず、ちゃんと話は聞こう?」
「チッ……! おい宗像。とりあえず今まで何してたか、どうしてそうなったのか、全部話せ。殺すのはその後だ」
「あ、あぁ……分かった」
歳三は全てを打ち明けた。三月の終業式の日、冬子から告白されたこと。そして、ハーレム宣言をしたところ、ドン引きされたこと。改めて今日、もう一度告白の了承をしてくれたこと。
そして……冬子の名前を忘れていたことを、めちゃくちゃ怒られたことを。
宗像はそれまでの全てを打ち明けると、その視線の冷たさに打ち震えた。まるで南極の吹雪に襲われたような、極寒の空間だった。
「ねぇ桃花。やっぱコイツ、殺した方が良いんじゃない?」
「駄目だって。猫ちゃんの手がこんなので汚れるなんて、冬子が悲しむよ?」
「辛辣っ……! だが! 冬子はこんな俺でも良いと! そう言ってくれたぞ!」
「良い訳ないだろ調子乗んなカス」
「うん。ちょっと黙ってて欲しいかな、ゴミカタ君」
桃花は悩む。冬子がそうすると決めたのなら、私は応援するつもりだった。だが、流石にコレはナシじゃないか? こんなクズと付き合うなんて、絶対に阻止するべきじゃないのか? いやしかし……流石にやり過ぎじゃ──
「つうか、なんで私の名前は分かるのに、冬子の名前忘れてんの?」
「聖園さんは美人だからな! いつかそういった仲にぜひともなりたいと思っていた! なんなら今もそう思っている!」
「猫ちゃん、やっぱ始末しよっか。この人、冬子に悪影響だよ」
「だね。さっさと片付けよう」
二人の目は本気だった。歳三は本能的に後退り、頭をフルに動かし始めた。聖園さんは……駄目だ、絶対に話を聞いてはくれない。
では、もう一人の少女ならどうだろうか? 名前は覚えていないが、聖園さんよりは話が通じるかもしれない。
「そこの人! 頼む、見逃してくれ!」
「宗像君。命乞いするときは、ちゃ~んと誰に言っているのか明言しないとね。それとも、可愛くない私のことなんて、同じクラスだったのに覚えてないかな?」
「…………すみませんでした!」
よし、やってしまおう。初めて、殺意というものが桃花には芽生えた。こんな男、存在してはならない。たとえ冬子が悲しもうと、私にはこいつを始末する義務がある。
そして二人が手を出そうとしたその瞬間――猫のスマホに、着信が入った。パッヘルベルのカノンが流れている。猫はハッとなり、すかさずコールボタンを押した。
「もしもし冬ちゃん!? 今どこに居るの!?」
『校門前。用済んだから、一緒に帰ろ?』
「うん! すぐ行くね!」
二人はお互いに目を合わせ、そして侮蔑の視線を歳三へと向けた。
「今日のところは見逃してあげる。でも、もしまた冬ちゃんに近付いたら……分かってるよね?」
「ど、どうするんだ……?」
「ふふっ……そんな顔しないでよ、宗像君。別にそんなこと、知らなくたって良いでしょう? 今後冬子と関わらなきゃ、それで良いんだからさ」
そのまま、猫と桃花はその場を立ち去った。後には、眼を見開いて俯く歳三だけがその場には居た。
「ふ、ふはは……! 凄く良いな、アレは……!」
4
「冬ちゃ~んっ! おっ待たせー!」
「うわっ! ま、猫……? なんでそんなにテンション高いの?」
「ふふっ、何でもないよ? さっ、帰ろ?」
「う、うん……? まぁ、良いけどさ……?」
冬子は困惑した。猫と幼馴染みの桃花が、不自然なくらいニコニコと笑っていたからだ。溜まっていた宿題を終えたように、気持ちの良いくらいの笑顔だった。
上機嫌なのは良いことだ。どうせなら、あのことをもう伝えよう。隠しているわけではないし、特に猫には釘を刺しておかないと。
「そうだ。二人には言っておかなきゃだよね」
「ん~? 何かあったっけ?」
「私、むなっ……じゃなくて、歳三君と付き合うことになったから」
「「はぁ?」」
二人の顔が怖い。後ろから般若の形相が浮かんできそうなほど、二人の圧はどんどん強くなっていった。しかし、猫はともかく、なんで桃花まで怒っているのか?
「ないないない! あいつだけは絶対! 何があっても駄目だから!」
「そうだよ冬子! あんなゴミクズ男、後悔するよ! ほら、猫にしときなって! 何なら私でも良いから!」
「むぅ……あんまり人の彼氏、悪く言わないでよ」
確かに歳三はゴミカスだ。ハーレムを公言し、恋人になった女の前で平然と浮気をすると宣言している。だが、それでも冬子は彼のことが好きだった。そんな彼を事実とはいえ非難されるのは、少し嫌だ。
「そうだぞ! 俺と冬子は既にラブラブカップル! その絆は、縁切りの神社でも切り離せないほどだ!」
「で、なんで平然と居るのかな歳三君……!!!」
そして、こんな男を好きになってしまった自分にも腹が立つ……! なんであれから数十分しか経ってないのに、平然とそんなことを言い出せるのコイツは……!
「宗像……! お前、さっきの忠告を忘れたのか!?」
「忘れた! だから頼む! もう一度、そう冬子と一緒に! 先ほどの忠告をしてくれ!」
「き、貴様ぁ……!!!」
……一体、何の話をしているのか、冬子には分からなかった。だが、歳三君のドヤ顔は、ほんのりムカつく。何を勝ち誇っているのだ、お前は。
「歳三君、少ししゃがんでくれる?」
「……? 分かった! これで良い──ごぉっ!?」
「──で? 猫、歳三君に何言ったの?」
冬子は歳三の右関節を極めつつ、猫に視線を向けた。猫は少しの逡巡の後、キッと痛みに悶える歳三を指さして、冬子へもう一度同じ言葉を投げ掛けた。
「私は認めないから! 冬ちゃんがそんな奴と付き合うなんて、絶対にありえない!」
「確かに。凄く分かる」
「へ……?」
猫は冬子から非難されると思っていた。彼女と出会ってから一年。その間、ずっと宗像歳三という男への恋慕を聞かされ続けていたのだ。まさか、肯定の言葉が返ってくるだなんて思わなかった。
「歳三君って本物のクズなんだよ。だから、猫の心配する気持ちも分かるし、それを私が余計なお世話だって言っちゃいけないのも、分かってる」
「冬、ちゃん……」
「じゃあ、なんで付き合うの? そいつ、冬子の名前すら覚えて無かったんだよ?」
「流石の桃花も擁護しないか。まぁ、確かに歳三君はクズでバカでカスで脳内お花畑なんだけどさー」
「ひ、酷いっ……!」
冬子は本当に仕方ない、という顔をしながら、そのまま歳三に腕ひしぎ十字固めを行った。鮮やかすぎるその制圧に、二人は顔を紅く染めた。
「ぐぁあぁああ……!!!」
「でも、好きになっちゃんだよ。だから、今は見守っててくれないかな?」
「ごがぁああぁ……!?!?」
「歳三君うるさい。説得中だから黙ってよ」
倒れ伏す巨漢の大男と、それを小さな身体で鎮圧する少女。その奇妙な光景は、しかし彼女たちの心を打った。猫はその少女の可憐さに、桃花は冬子の純真さに絆されてしまった。
「な、何アレ……?」
「藤原さんって、結構活発な人なんだな……」
「でも、ちょっとカッコいいかも……!」
そんな周囲の声に、冬子は顔から火が出そうなほど赤面していた。ここが校舎内であることを失念し、こんな奇行を見せてしまった……!
「くぅぅうう……!!! 歳三君のバカ……!」
「あたた……! これは俺、悪くないだろう……!?」
「うっさい! もう全部歳三君のせいなんだからっ!」
「くぅ……!」
猫はそんな二人を見つめて、自らの敗北を悟った。だって、あんな真っ直ぐに、自分の知っている強い冬ちゃんの姿で、はっきりと好きだと言ったのだ。もはや、付け入る隙なんて無いように思えた。
「くうぅ……! きょ、今日のところは私の負けにしてあげる! 覚えてなさいよ宗像ぁ!」
「あ……行っちゃ、た」
「桃花はどうなの? 言いたいことがあるなら聞くよ?」
「……私は」
幼馴染みの思いは、確かに聞き届けた。けれど、桃花は到底納得していなかった。
彼女は歳三に近付くと、彼をジッと見つめて、一つのことを聞いた。
「ねぇ、宗像君」
「なんだ……? えっと、桃花さん!」
「今、私が宗像君に告白したら、貴方はなんて返すの?」
「なっ……!? 桃花、何言ってるの……!?」
まずい。この男は、バカなのだ。後先考えず、目の前の欲求に正直な考え無しだ。桃花に恋心なんて無いことは明白だろうに、この宗像歳三という男は絶対に──
「もちろんOKだ! 冬子と桃花さんで両手に花だな!!!」
清々しいほどの笑顔を浮かべながら、自ら罠の中へと飛び込むのだった。




