おもしれー女って言いたい
「宗像君。楽に死ぬのと苦しんで死ぬの、どっちが良い?」
「ははっ! 当然、楽しんで生きるぞ俺は!」
「あははっ! 宗像君ってばおもしろーい!」
二人の笑い声が朝の学校に響く。事情を知らぬ者が傍から見れば、それは仲の良い男女のコミュニケーションのように思えた。
だが、冬子は冷や汗が止まらなかった。何故なら、猫の顔は笑っているのに……その瞳は、真っ黒に濁っていたからだ。
あれは本当にヤバい。本当にやりかねない。聖園猫という少女は、そういう女だ。冬子はこの少女の異質さを思い知った、あの日のことを思い出していた。
──それは、とある秋の日のことだった。文化祭の実行委員として活動していた冬子は、同じ実行委員の先輩に告白をされていた。
もちろん、その時の冬子は歳三しか眼中になかった。だから、彼女は丁重にその申し出を断っていた。問題なのは、その先輩が諦めの悪い質だったことだ。
熱烈なアタックは続いた。強引に迫られるわけではない。だが、好ましくない人物からいつまでも執着されるというのは、冬子に多大な疲労を与えた。
「加藤先輩、いい加減諦めてくれないかなぁ……」
そんな言葉を、つい猫の前で呟いてしまうのも、仕方の無いことだった。猫はにこりと笑って、冬子へこう伝えた。
「大丈夫だよ。来週から、もうアイツは来ないから」
「──へ?」
翌週、その男は本当に暁花学園から急遽転校をした。理由は不明。彼と親交の深かった者も、その事情を一切知らなかった。ただ、ある日を境に彼とその一家は、何処かへ姿を消してしまったのだ。
「ね? 言ったとおりでしょ?」
猫は普段と変わらず、満面の笑みを浮かべた。だが、冬子は内心穏やかではなかった。明らかに何か、彼女がしたのだ。それだけの力を、聖園猫は有している。
彼女が笑顔で歳三へ言ったその言葉も、冗談のようには思えなかった。このままでは、宗像君が謎の失踪をしてしまう。流石にソレは、ハーレム宣言をする畜生といえど、惨すぎる罰だろう。
「猫ちゃんっ! 安心して! 宗像君とは、そういう関係じゃないからっ!」
「ぬゅへ!? え、冬ちゃん……!? きゅ、急に手ぇ握られるとびっくりするって言うか……!」
「宗像君はただ、私のことをキープしてるだけだよ!!!」
「はぁ~~~!? おまっ、ふざけんなよっ!?」
「委員長っ! それは凄く語弊があるぞ!!!」
しまった。本当のことを言い過ぎた。えっと、もっと分かり易く、私と宗像君の関係を説明しないと。えっとえっと……! そ、そう! 私と宗像君は──
「そ、そうじゃなくて……! 宗像君はただ、私のことを都合の良い女として見てるだけだから! 恋人とかじゃ、全然無いからぁ!」
「はい殺す。宗像、お前は絶対、確実に殺す」
「委員長……! どうしてそんな勘違いされるようなことを言うんだ……!?」
……結局。学校のチャイムが鳴り響くまで、この騒動が収まることはなかった。
3
新学期の始まり。それは、新たな環境の変化をもたらす。
クラスが変わり、そのメンバーも変わる。冬子もまた、新しい二年三組での生活に、少なからずワクワクを感じていた。
「また同じクラスだな、委員長!」
「どうしてこうなったの……!!!」
確かに、クラスの顔ぶれは変わっている。だが、一番変わって欲しかった人間が、未だ隣で無表情のまま笑っていた。少しドキッとする自分に、非常に腹が立った。
「おい宗像ぁ……! 冬ちゃんに気安く話しかけてんじゃねぇよ……!」
「済まない聖園さん。委員長とまた同じクラスになれたことが嬉しくてな」
冬子の席は一番前から四番目の窓側。隣には歳三がおり、その目の前には猫が居た。まぁ、名簿順だと、そうなるよね。冬子は溜め息を吐いた。
席は良い場所だと言うのに、空気が最悪だ。宗像君とは未だ、普通に気まずいし、猫はそんな彼に敵意むき出しだ。だというのに、宗像君は楽しげに猫と私に話しかけてくる。もう少し危機感とか持って欲しい。
「委員長。今年もよろしく頼むな!」
「っ……! う、うん……よろしく」
そんな悩みは露知らず。歳三は冬子にそう告げた。
その顔は少しも嬉しげには見えないというのに、冬子の眼には彼が喜んでいるように思えた。心の底から、自分と同じクラスになれて嬉しいと、そんな顔をしているように見えた。
(確かに宗像君はクズだけど、悪い人では無いんだよね……)
だが、そんなことは猫には関係が無い。彼女は少し、思い込みの激しいところがある。冬子が口で歳三とは付き合っていないと言っても、猫は納得しないだろう。
むしろ、これまでの冬子の想いを愚弄したと、更なる反感を買いかねない。
「ん……? どうした、委員長?」
「っ……! な、何でもない!」
「そうか……?」
それに……案外、私は自分でも思っていた以上に、宗像君へ惹かれていた。
今も、宗像君のラブコメ主人公発言に嫌悪すら抱いているのに、けれど完璧に彼を嫌いにはなれなかった。彼の嬉しそうな顔を見ると、未だこの胸は高鳴ってしまう。
だから……私も、覚悟を決めよう。冬子は決意を固め、席に座っている歳三の肩を叩き、耳元で囁いた。
「ねぇ、宗像君。放課後、あの空き教室に来て」
「……分かった。必ず向かおう」
その後、授業選択やその他オリエンテーションを終え、午前での下校となった。冬子は猫が気付く前に教室を抜け出し、約束の場所へと向かった。
そこは、部室棟のある別校舎の教室だった。使われていない教室は施錠されているはずだが、何故かその空き教室は鍵がかかっていない。それを知るのは、冬子と歳三のみだ。これを発見したのは、二人なのだから。
「委員長、来たぞ」
「早かったね。猫に何か言われなかった?」
「あぁ、なんか凄く怒られた。でも、委員長がいないことに気付くと、慌てて何処かに行ってしまったぞ」
「そっか……なら、良かったよ」
後できちんと埋め合わせをしよう。冬子は自分を探す猫に心の中で謝ると、歳三に向き合った。そこには恥じらいは無かった。目の据わった、まるで武芸者のような雰囲気を醸し出していた。
「宗像君。私の告白、受けてくれたんだよね?」
「あぁ。もちろん、OKだ」
「でも、ハーレムは作るんだ?」
「当然だ。俺はラブコメの主人公なのだからな。最終的に一人を選ぶことはあっても、その道中では色んな女の子に囲まれたい……!」
うん、最低。でもまぁ……そんな真っ直ぐに馬鹿なことを言うこの人のことを、私は好きになってしまったようだ。惚れた弱み、というものだろうか。
「なら、私だけを見つめさせてあげる。他の子になんて目が行かないくらい圧倒的に。貴方の選ぶべきヒロインは私だって、証明してあげる」
他の女の子が眼中に無くなるくらい、貴方を虜にしてみせる。もう二度と、そんな願望を吐けなくなるくらい、私を好きになってもらう。
それが、藤原冬子の出した答えだった。
「つまり……! カップル成立、ということで良いのか……!?」
「うん。このままだと宗像君、本当に失踪しちゃいそうだしね。しょうがなーく、本当はそのアホな考えを捨てて欲しいけど、今は我慢してあげる」
「ははっ! 委員長、照れ隠しが下手だぞ!」
……照れ隠しでも何でもなく、本当に宗像君の安否を心配しての行動なんだけどな。
まぁ、この問題はもう良い。猫も流石に、宗像君と付き合っていると言えば、彼と別れるまでは直接的な手出しはしないだろう。その間に、この男の思想を何とかすれば良い。
……あぁそうだ。もう一つ、ずっと気になっていたことを聞かなければ。冬子は彼のネクタイをぐいっと引っ張ると、彼の目をジッと見つめながら問いただした。
「ねぇ。宗像君って、なんでずっと私のこと委員長呼びなの? 私、もうクラス委員長じゃないんだけど」
「委員長は委員長だからだ!」
「あっそ。じゃ、今日から名前で呼んでね。はい、どうぞ」
「…………え」
「名前。私も今日から、歳三君って呼ぶから」
その視線は詰問するようだった。彼女はずいっとその顔を寄せると、早く呼べと言わんばかりに彼を睨んだ。
余談ではあるが、宗像歳三という男は人の名前を覚えない人間だ。それは、冬子も彼とクラス委員を一緒にしている時から感じていた、彼の悪癖の一つだ。
そんな訳は無い、と信じたい。まさか一年も苦楽を共にし、告白までしてきた女性の……名前が、分からないなんてことは。
「…………冬ちゃ」
「あだ名じゃなくて、しっかりきちんと! 名前で、呼んでほしいなっ♡」
「い、委員長。あの、な…………」
「何かな? ハーレム作るとか抜かしておきながら、女の子の名前一つ覚えてない歳三君?」
顔面蒼白。血の気が引くというのは、まさにこのことだった。冬子の小さな身体からは、阿修羅の如き怒気が溢れ出していた。
「じゃあ、しっかり覚えて帰って、ねっ!」
踏み込んだ右足を軸に、冬子の身体が跳ね上がる。その右腕は烈火の如く、歳三の顎を捕らえていた。
「私の名前はっ!!! 藤原冬子だよっ!!!」
「ぐべらべっ……!?!?」
ドゴンッ。鈍い音が、歳三の身体に響き渡った。冬子渾身の昇〇拳は完璧に決まり、歳三をノックアウトさせた。
「ふんっ……! じゃあね歳三君! また明日っ!」
彼の脳裏にはしっかりとその名が刻まれた。藤原冬子。彼は生涯、その名を忘れることはないだろう。
「ふっ……おもしれー女、の子だっ……!」
最期に彼はそう言い残し、地面に倒れ伏した。
これは、ラブコメ脳な歳三とそんな彼を好いてしまった冬子が、いつか本物の恋人へと至るまでの軌跡……その日常の断片である。




