泡沫の夢
「馬鹿馬鹿馬鹿っ!!! なぁんでそんな簡単にOKするの!」
「あだだっ! いやだって! ラブコメ主人公として、受けた好意には答えないとだな!」
「貴方どんなラブコメ読んでるの……!?」
というか、桃花も桃花だ。何故、そんな真似をしたのだ? 冬子は微笑を浮かべたままの少女を睨んだ。一体、どういうつもりなの?
「そんな顔しないでよ、冬子。実は私も、宗像君のこと好きだったんだ」
「白々しいよ、桃花。貴女はただ、自分の我欲を満たしたいだけでしょ?」
「…………ソンナコトナイヨ」
ぷいっと、桃花は目を逸らした。やっぱり……! 相変わらず屈折しすぎだっての……!
「冬子、何の話をしているんだ?」
「あの子、神山桃花はね……拗らせた純愛至上主義なの」
「……と、言うと?」
「要するに、歳三君みたいなカスが大嫌いな人間ってこと!」
神山桃花という少女にとって、恋愛とは神聖なものであった。互いを想い合い、愛を育む。なんて素晴らしいことだろうと、桃花はその行為に憧れた。
だが、現実はどうだろう? 世の何割が、純愛と呼べる恋愛をしているだろう? 打算と計算、プライドと箔付け。あまりに無粋で許しがたい。
そんな中、冬子の彼への想いは本物だった。なんと美しい。流石は私の幼馴染みだ。だが、対してこの男はどうだろうか? 彼はただ、自分が好きな誰かが好きなだけだ。そんなもの、純愛では無い。
「そんなことありません。宗像君、騙されちゃ駄目ですよ?」
「分かった!」
「分かるな馬鹿!」
だったら、そんな関係など断ち切った方が良い。冬子の純愛は、もっと清純で一途な人物に注がれるべきだ。猫ちゃんとか、猫ちゃんとか、猫ちゃんとか。
桃花にとっては、誰と恋愛するよりも、純愛があるかどうかが重要だった。それがたとえ、歳が倍以上離れて居るカップルだとしても、そこに愛があるのなら、その方が重要だ。それ以外は要らない。だから壊す。
彼女は、冬子と歳三の恋人関係を内部から破壊するつもりだった。それこそが最善の策であると信じていた。
「じゃあ、今日から私も恋人ね、宗像君」
「あぁ! よろしく頼む!」
そう言って、桃花はその場から立ち去った。そしてスマホを取り出し、もう一人の友人へ電話を掛けた。
「もしもし猫ちゃん? 少し話したいことが──」
5
「……で、何か申し開きはないの、歳三君」
「俺は博愛主義者だ! 受けた告白には相応の告白で返す!」
「はは、ここまでカスが極まると笑えるね」
まさかこんなことになるとは。何故、こうも上手く行かないのか。歳三と歩きながら、冬子は頭を抱えた。
「はぁ……それもこれも全部、歳三君のせいなんだよ? ほんとに分かってるの?」
「だが、ラブコメ主人公というものはそういうものだろう? 女子を引っかけ、とっかえひっかえ好き放題! それこそ主人公の特権というものだ」
「曲解しすぎ。ラブコメっていうのは、もっとこう……好き合ってる同士のドギマギとか、想い合ってるが故のすれ違いとか! そういうのを楽しむものでしょう!?」
「……俺の知っているラブコメにそんな要素は無いぞ?」
もっとラブコメを読め! なんでそういう、現実に居たらマズイ類いの主人公を目標にしたのだ! リアルにそんなことする主人公、普通に嫌だろうに。
……まぁ、私の好きな人は、そんな主人公を目指しているのだけど! その事実が心底悔しいのだけど! なんか文句ある!?
「とにかく! 今後、桃花の行動には注意して。あの子、本当に何をするか分からないから」
「冬子の周りは個性的な女の子ばかりだな! それでこそ、落とし甲斐があるものだ!」
「落とすな! 私で満足しときなさい!」
なんて面倒で手のかかる男なのだろう。冬子は思わず、ため息を吐いた。
しかし……何故、彼はこんな馬鹿げた理想を掲げるのだろう? 冬子は歳三のラブコメ主人公という自認が、どうやって形成されたのか気になった。
「ねぇ……なんで歳三君は、ラブコメ主人公になりたいの?」
「ん……? そんなの、男の夢だからに決まってるだろう」
「だとしても、そんなの叶わないって、フィクションの中のお話だって思わないの?」
歳三の本性を知った今としては認めがたいが、彼は中々に優秀だと思う。背も高い、顔も整っている。運動も出来るし、学力は常にトップクラスだ。
ハーレムなどと高望みしなければ、それなりにモテたはずだろう。実際、バレンタインの時にはいくつか本命っぽいものを貰っていた。なのに、一体どうしてそんな馬鹿げたことを望むのだろう?
「……俺にとって、ラブコメ主人公というものは理想そのものなんだ。あんな生活を送ってみたい。こんな青春をしてみたいと思うのは……そんなに変だろうか?」
「十分変だと思うよ」
「くぅ……! だ、だがな! 俺は数多のラブコメに救われたんだ! キラキラした高校生活に憧れたんだ! この夢を叶えずに死ぬなんて、そんなのは嫌なんだ!」
その熱意を前に、冬子は思う。だからって、その出力先が女の子を侍らせるラブコメ主人公になるのは、やっぱりおかしいだろうに。
ジトッとした視線が、歳三を貫く。だが、彼はそんな冬子の視線を真っ直ぐ見つめた。
「だから、冬子が告白してくれたのは本当に嬉しかったんだ。何かが始まるような気がした。この胸の高鳴りは、嘘じゃない」
「でも、ハーレムは作りたいんでしょ?」
「それはそれ、これはこれだ」
何とも都合の良いことだ。いっそ清々しいまでの態度に、また溜め息が出てしまう。
「……まぁ、今はその言葉を信じてあげる。全く、しょうがないんだから」
「ありがとう! 愛してるぞ冬子!」
「あぁもう! 軽々しくそういうこと言うな恥ずかしい!」
冬子は自らの脈拍を誤魔化すように、歳三から目線を逸らした。
「じゃあ約束ね! もし桃花に迫られたりしても、受け入れちゃ駄目だから!」
「例えばどんなことだ?」
「そ、それは……手、繋ぐとか? あと、は……き、キスとか!」
歳三は悩んだ。恋人になったのなら、そういった行為には憧れるものだ。だが、冬子はそれをするなと言う。困った。我慢できそうに無いぞ、コレは。
「そ、その代わり……今度、デートしよ。その時に、そういうことも、しよっか」
──意識が飛んだ気がした。歳三は眼を見開く。なんだ、この可愛い生き物は?
その顔は朱色に染まり、瞳は遠慮がちに俯いている。その小さな容姿も相まって、今すぐに抱きしめて撫で回したい衝動に駆られるのも致し方ないだろう。俺の恋人がっ……! 可愛すぎる……!
「もちろんだ! いつにする!? 俺は明日でも良いぞ!!!」
「じゃ、じゃあ……GWに、行こっか」
「~~~!!! あぁ、そうしよう!」
脳天気な男と、照れて上手く言葉の出ない少女の下校は続く。その様子は甘酸っぱく、傍から見れば微笑ましいものだった。
「はぁ? 冬ちゃんが、あいつと、デートする? そんなん、絶対許さないが?」
しかし、そんな二人の会話を盗み聞きする少女にとって、それは看過しがたい凶報だった。
「……桃花の言うとおり、手段なんて選んでられないか」
少女……聖園猫はぎゅっと目を瞑り、そして見開いた。全ては、冬ちゃんのために。あの子を幸せにするのは、私だ。
猫の行動は早かった。そのまま彼女は歳三の連絡先を確保し、そして日が沈んだ頃に呼び出した。彼女にとってその程度、造作もないことだった。
意外だったのは、歳三が二つ返事で呼び出しに応じたことだった。まぁ、来ないならその時はこちらから出向くつもりだったので、手間が省けた。
夜更けのベンチで待っていると、歳三は現れた。その顔は硬く、冬子と話していた時の脳天気さは消失していた。猫はそんな様子に満足して、にまりと笑った。
「こんばんは、宗像。良くもノコノコ顔を出せたね」
「呼び出したのは君だろう。まぁ、それは構わない。何故か、俺の家の近くだったしな」
流石の歳三も、この異様さにはすぐ気がついた。そもそも、連絡先が知られているのがおかしいのだ。彼が連絡先を渡したのは冬子だけであり、彼女がそれを漏らすはずがないのだから。
「そうなんだ。それは偶然だねぇ」
「……それで、用はなんだろうか? 冬子のことなら、俺は──」
「そうじゃない。私は、貴方に用があるの」
「俺に……?」
冬子の意思は固かった。それを崩すのは、並大抵のことではないだろう。外野からいくら言葉を投げようと、冬子と歳三が破局する可能性は低い。猫はそう結論づけた。
そして決意した。その牙城を打ち砕くためならば、私はどんな嘘でも吐いてみせようと。
「宗像歳三。私と、付き合って欲しい」




