第20話 平穏と1年
モラスティア大陸に帰って来てから、半年は経っただろうか。
すっかり暖かくなり、過ごしやすい日々が続いている。
地球でいうところの5月くらいの季節。
人間族の侵略という一大事は、偵察に赴いた僕とルフリアが解決し、大陸の人々の心にも平穏が戻っていた。
ただ外敵に対して警戒は持つべきという事で、継続して鍛錬などは行われている。
今度種族対抗の武術大会があるみたいで、中々の盛り上がりを見せていた。
そんな空気の中、僕はというと狐人族の集落の田植えを手伝っていた。
働かざるもの食うべからず。
まあ、簡潔に言えば働かないと生活できないのである。
眷属の力を利用して反則みたいなことをしたり、物を売ればお金は作れそうだけど、出来れば普通の住人のように受け入れてほしいので、体力に任せて各地を奔走し、便利屋として日夜勤労に精を出している。
僕と一緒になって、泥で足を汚しながら田植えを行うハチクロが愚痴る。
「なんつーか、らしいはらしいんだが。……なんだかな……」
「どうしたの?」
「ここ最近俺の中の英雄像について、頭の中で喧嘩が起きてるんだよ」
「悩んでないで手を動かしなよ。お先にっ」
「あ、ちょっ、早いなおい!?」
身体能力に任せてハチクロと競うように田植えを行い、言葉通り十人力を発揮した。
先程までハチクロは何とも言えない顔をしていたけど、僕との田植え勝負に熱くなって途中からはどうでも良くなったようだ。
お昼はキリカさんとアオイさんがお弁当を用意してくれていて、木陰で一緒に頂く。
「シンヤ様、冷たいお茶をどうぞ」
「有難うアオイさん」
「シンヤ様、その前に洗った手を拭ってください」
「おっと、そうだったね」
飲み物を準備してもらいつつ、手拭いで丁寧に水気を拭き上げられる。
綺麗なお姉さんたちに世話を焼かれる、これも青春なのだろうか。
そんな僕らを見て、ハチクロがぽつりと漏らす。
「そう言えばよう、天竜が転移装置完成させたって聞いたから、直ぐ元の世界に帰ると思ったんだけど、何で便利屋みたいなっ、ひいぃ!?」
「どうしたの、悲鳴上げて。虫でも飛んできた?」
「ななな、なんでもないぞ、なんでもっ!」
「っち、余計なことを……」
黒い波動を纏ったアオイさんの方を見て戦慄するハチクロ。
ばっちりキリカさんの舌打ちを聞いてしまった僕。
綺麗なお姉さんたち怖い。
「時間の流れが違うし、折角の機会だから修行しようと思ってね。働いてはいるけどあくまで日銭稼ぐ位しかしてないし、ちゃんと十分な鍛錬してるよ」
「へぇー…、地竜を一撃でのしたのにまだ力がいるのか?」
「それは語弊があるよ。あれはベリエルたちの協力のお陰だし、まだ僕は今の力をコントロールできていない。だから右腕を失ったわけだし」
アオイさんたちもどう返事をしていいのか困っているので、何でもなさそうに自分の右腕を叩く。
カコンと乾いた音を出したそれは、木で作られた義手だった。
長袖着て手袋付けてたら違和感を抱く人は少ないし、重さも丁度良くてなかなかいい感じ。
残念ながら元の右腕はベリエルに乗って飛び立った時にポロリしてしまった。
落ちて砕けただろうからそのまま放置した。
リソースポイントが余っていれば、拠点でポーションと交換できたかもしれないけど、生憎今は10ポイントしかないので交換が出来なかった。
試練中でないので、当然交換済みのポーションも使えなかった。
「大分時間が経ったけど、その髪と瞳は戻んないのな」
「ああ……これはね」
地竜と戦った後、水辺で自分の顔を確認したとき分かったが、僕の髪は白く、瞳は赤くなっていた。
肌の色も以前より白くなっていて、まるでアルビノのようだった。
身の丈を超える力を竜滅の偽槍に込めたことによる代償だと思うけど、上手く濁しているので読心持ちたちにもバレていないはず。
きっと。恐らく。メイビー。そうだったらいいなー……。
「お揃いの黒髪でなくなったのは残念ですけど、とっても似合っていますよ」
「そうですね。アサハ様とお揃いではありますが、凛々しいですよ」
「君たち一言多くない?」
僕のツッコミに笑いが起き、和やかにご飯を食べて午後からも田植えの続きを行った。
試練が始まってから、本当の意味で心安らぐのは今くらいではないだろうか。
鍛練などせず、本当ならすぐにでも戻り状況を確認するべきなのかもしれないけど、僕はこの世界の中で、確かな居心地の良さを感じていた。
帰りに川で泥を流して、温泉へと向かう。
程よく疲れた後の温泉は最高の贅沢だ。
そのままハチクロと一緒に向かえば、丁度アサハさんが前からやって来た。
お仕事に来たセンジュウロウさんについて来て、ここ最近里で毎日顔を合わせている。
「シンヤ様っ、これから入浴ですか?」
「うん、そ……」
「ならばお背中流させてくださいっ」
食い気味に詰め寄られる。
再会してからアグレッシブというか、謎の積極性を出してくるアサハさん。
いや、原因は分かっている。
どうやら僕の番いの腕輪が壊れた時にアサハさんの腕輪も壊れたらしく、僕が死んだと思い込んで大いに取り乱していたらしい。
その反動があって、今みたいな感じになっている。
気にするなと言っても効果は薄い。
「ハチクロに背中流してもらうから遠慮するよ」
「……ハチクロサマ?」
「お前、ワザとか?ワザとやってないか!?」
アサハさんがハチクロのことを小首を傾げて笑顔で見詰め、ハチクロは腰が引けてる。
可愛らしい笑顔の何処に怖がる要素があるのだろうか。
「それにハチクロが居なくても、男湯は普通にお客さんが居るから女の子が入って来ちゃ駄目」
「……分かりました」
しょんぼりして耳と尻尾が垂れている。
くっ、犬大好きっ子の僕に精神攻撃をしてくるとは。
ある意味地竜以上に手強い。
アサハさんは背中を流すだけだから服着て来るだろうけど、男はみんな隠す気なしの素っ裸だ。
まだ少女とはいえ、流石にアサハさんは入っていい年齢ではない。
「お詫びというわけじゃないけど、お風呂上りにお話の続きでもする?今日はもう予定はないし」
「!ぜひお願いしますっ」
僕の言葉を聞いて、アサハさんは一目散に女湯へ入って行った。
余程物語が好きなのだろう、僕としてもじじいマインドがホクホクして嬉しいが。
ところでハチクロさん、どうしてそんな妹の敵討ちに赴くような迫力でこっちを見てくるのかな?
「……婚約は有耶無耶になったが、あの娘とは何にもないんだよな?」
「ないよ。趣味が合うから話はする方だけど」
「アオイを泣かせたら、お前でもぶん殴るぞ」
「ごめん、この間も試合で悔し泣きさせちゃったんだけど……」
「それはいい。ドンドン泣かせてやれ」
「ええ……」
ハチクロは普通の態度に戻って、さっさと温泉に向かった。
試合で泣かしてもいいのに泣かすなとはどういう事だろうか。
ハチクロに聞いても教えてくれず、悶々としたけど温泉を出るころにはリフレッシュしてすっかり忘れた。
箱庭に再び訪れてから1年が過ぎ、季節は一巡した。
すっかり馴染んだルーヴィさんの家の庭先で、伸びた髪を整えて貰っている。
柔らかい手つきで髪を梳かれ、伸びた白い前髪がパラパラと地面に落ちる。
普段からルカとルリの髪も切ってあげているから、慣れたもののようだ。
「随分伸びっぱなしにしてたわね」
「帰ってから切ればいいかと思って……」
「……身長も伸びて、すっかり追い抜かれちゃった」
「でも未だに子ども扱いじゃないですか」
「16歳でしょ、子どもも子ども、幼児みたいなものじゃない」
全然違うが。
箱庭の栄養たっぷりの食事のお陰で、身長はグングン伸びて10cm以上は伸びたと思う。
前世と同じ遺伝子の筈だけど、同じ歳でここまで大きくは無かった。
幼少期にネグレクトされてたし、必要な時に必要な栄養が足りなかったから伸びなかったのかも。
まだ伸びそうだし、嬉しい誤算だ。
やがてハサミが止まり、ブラシで切った髪を落とされる。
髪を切って前は良く見えるけど、後ろ髪は毛先を整えただけで、肩に掛かるくらいに伸ばされたままだった。
不思議に思っていると、ルーヴィさんは僕の肩に手を置いて口を開いた。
「シンヤ君は、もう行くのよね」
「はい。最後の約束を果たしたら帰るつもりです。約束そのものが大切と言うわけではありませんが、これっきりだと未練になりそうなので」
「そっか……」
背後に立っているので表情は見えないけど、寂しそうな気配がある。
「次はいつ帰ってくるの?」
「そんなに時間を空けないと思います。ベリエルのおかげですけど」
僕は手にはまった指輪を、ルーヴィさんに見せるように掲げる。
その指輪には、本来なかった黄金のタイガーアイのような輝きを持つ宝石がはめ込まれていた。
『竜眼の指輪
転移の指輪を改造した指輪。
指輪にはめ込まれた竜眼が莫大なエネルギーの蓄積を可能とし、複数対象、複数回数の転移を可能としている。
常に竜眼によって観測され続けるため、対となる瞳が相対する世界にある限り時間差は生まれない。
チャージ容量:100/100』
ベリエルはエネルギーの問題と、もう一つの問題であった時間の差を解決していた。
ちょっとグロテスクだけど、ベリエルの目をアオイさんが結晶化させて指輪の材料にした。
竜眼はエネルギー容量が桁違いで、容量満タン状態で人間一人なら10回連続で世界間転移が出来る。
竜眼の用途はそれだけでなく、常に僕の指輪を通して周囲を見えるようにしていた。
つまり僕があちらに転移しても、ベリエルが僕の世界を観測し続けるお陰で、時間の流れの差が存在しなくなるのだ。
ただし僕がこちらの世界に来た場合、当然指輪も天竜も同じ世界に居るので、時間の流れの差が生まれてこちらは20倍の早さで時間が進む。
ある意味都合がいいけど、この世界に居るほど僕はあちらの世界と時間の差が生まれ、一人だけ20倍の速さで年を取り、同じ時間を生きられなくなる。
「辛くなったら……いいえ、いつでも好きな時に帰って来てね。後ろ髪はその時に切ってあげるから」
「有難うございます。じゃあルーヴィさんに切って貰うまで、このままでいますね」
肩に置かれた手の平から伝わるぬくもりは、あまりにも暖かかった。
無事を願う気遣いは、心を読めなくても優しく沁み込んできた。
僕には勿体ほどの暖かさに包まれて、無くしたはずの何かが疼いた気がした。
髪を切って貰ってからルーヴィさんと別れ、妖精族の里から出る。
丁度狩りから帰ってきた一団が、正面からやってきていた。
その中から、ルグランが僕を見付けて手を上げてくる。
「よう、ちゃんと髪切ったのか?後ろは長いままだぞ」
「ちゃんと切ったし、長いのは願掛けみたいなものだよ」
「……もう帰るんだったか。すっかり馴染んでたし、このまま永住するかと思ったが」
「永住は難しいけど、ちょくちょく遊びに来るよ」
「ふん…まあ、大目に見てやるか」
なに目線なのか分かんないけど、ルグランらしくはある。
こっちも気を遣わなくて済むし、ある意味居心地がいいと言える。
ルグランと別れて、妖精族の集落から遠ざかる。
しばらく進んだ先、滅多に人が訪れない里の外れに、樹木がならび覆い隠すような場所がある。
そこには白銀の狼が、大きな体を横たえていた。
神々しく神秘的な姿。
その場所は神域とでもいうように、自然が青々と芽吹いていた。
唯一開いた頭上からは、日の光が柔らかく降り注いでいる。
「ルフリア……」
『くぅうん……』
僕に気付いたルフリアが目を開けて、鼻を寄せてくる。
顔の高さが僕の体くらいあるから、撫でごたえはあるし、毛並みも柔らかい。
草木とハーブのような香りが混じり、鼻孔を優しくくすぐる。
「今日は約束を果たしに行くよ。連れて行ってくれる?」
『わふっ』
僕の言葉に、ルフリアは体勢を変えて伏せをする。
その姿を見て、申し訳ない気持ちが湧いてくる。
ルフリアが変性したあの日以来、この感情に何度も苛まれていた。




