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果てしなく続く物語の中で  作者: 野木ノキ
エピソード 侵略の箱庭 地の底
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第19話 sideユーゼフ 来る者

 

 

『親愛なるユーゼフ様、テンジン様


 訳あって手紙を書きました。

 北方で大変なことになって、ちょっと帰るのが難しそうです。

 でも怪物が南下しないように何とか頑張るので、その辺りは安心してください。

 初めてまともに知り合えた人が、お二人で良かったです。

 僕とルフリアが二人旅を始めてからの、一番の幸運でした。

 

 ユーゼフさんは家族と仲良く暮らせますよう、テンジンさんはお酒とギャンブルをほどほどに。

 色々書いておいて、ひょっこり生きて戻ったら恥ずかしいので、ここまでで切り上げます。

 お世話になりました。お元気で。


 追伸

 僕の残した財貨は北方の復興金として使ってください。

 気風が良さそうだったので、知り合った北方大家のレイルナシア様に預けるのがいいと思います。

 

 シンヤより』



 

 短い手紙を何度読み返しただろうか。

 この子は軽く書いているが、自分の運命が分かっていたのだろう。

 手紙を貰って2ヶ月の時間が流れ、シンヤの死亡が確定された。

 そして彼の行った偉業もまた、大々的に民衆に流された。


 北方での壊滅的な被害と怪物の大移動。

 そして地竜という埒外の存在。

 その全てに己とその従者で対処したという、目を疑うような戦果。

 

 法螺にしても行き過ぎだが、兵たちは実際に数百の怪物を瞬く間に殲滅し、万の怪物を一日で退けた活躍を目撃している。

 城より大きな怪物すら一撃で消し飛ばしたという。


 信憑性は十分と言えた。

 王家は彼らの活躍を受けて流民の扱いを改め、また異なる大陸についても侵略を行わないよう王家の約定として追加した。

 何処まで効果があるか分からないが、国の姿勢としてはハッキリ示した。

 

「肝心のお前たちが死んじまったら、意味がないぞ……」


 呟きは空気に溶けて、誰の耳にも入りはしなかった。


 あれから儂は行商を止めて、首都に店舗を構えている。

 昔の伝手で薬草や香辛料など、首都では珍しいものを扱い、大儲けは出来ないが十分暮らしていけるだけの稼ぎは得ている。

 屋敷も貯まった金で買い上げた。

 市民権もあっさりと買うことが出来て、首都に妻と孫たちを呼び一緒に暮らしている。


 息子とは借金完済を期に縁を切った。

 近況では金に困り盗みを働いて牢に入れられたと聞いた。

 もう儂が奴にしてやれることはない。


 テンジンはシンヤの死が確定してから旅に出た。

 墓参りの後、北方の怪物の残党狩りに参加している。

 奴の活躍は首都でも良く耳にする。




「こんにちは、おじい様」

「いらっしゃい……またあんたか。いや、あんたは失礼だった。何でございましょうか、ユズリハ様」

「買い物ですよ。ついでに近況を聞こうかと」


 ここらじゃ見かけない、誰もが羨むような美しい娘。

 客として1月に1度は儂の店に来て、商品を買って雑談をしていく。

 おかげで商品も買わずに、店の前に居座る男性客が多くて困る。


「帰って来てないですよ。何度も言いますが、ここは坊主の実家でも何でもないんですから……」

「あら、別にいいじゃありませんか。お客に話のタネを提供するくらい」


 朗らかに、美しい微笑みだが、目が何とも言えない。

 商売柄、人を多く見てきたが、この娘は何とも掴みどころがない。

 少なくとも、あまり坊主に関わり合いにさせたくないと思える。

 儂自身なんの感情も持たれていないが、坊主の話をしている彼女と目を合わせるだけで、鳥肌が立ってくる。


「店主、シンヤは帰って来ているかしら……あら、あなたもいたの?」

「………ごきげんよう」


 よりにもよって北方の姫様まで訪ねてきた。嫌な偶然に儂は肩を落とした。

 レイルナシア様は目尻を吊り上げ睨み、ユズリハ様は静かに微笑んでいるが目にはタップリの蔑みが透けて見える。

 遠巻きに見ている男どもが二人の美女の登場に色めき立つが、お前らちゃんと目ん玉機能しているか?


 レイルナシア様も1月に1度くらいしか来ないが、厄介な事には変わりない。

 この間も軟派な男が肩に手を置いたときに、その腕をへし折って騒ぎを起こしていた。護衛ではなく彼女自身の所業だ。

 そういう事情もあり、店先でこうもやり合われるとシンヤが繋いだ縁ではあるが、早々に断ち切りたくなる。

 

「お嬢様、シンヤは帰って来ていませんよ。買い物しないなら他所で話し合ってくれませんか。お二人がいては他の客が近寄れませんから」

「……そうね、また来るわ。行くわよ狡猾女」

「いいでしょう。また後で、店主」


 嵐が去りため息が漏れる。

 まだ午前中なのに疲れが滲む。歳の所為ばかりではないだろう。

 あの二人が戻ってくる前に店を閉めた方が良いかもしれない。

 そんなことを思っていると、更に別の客が現れ、ローブで顔を隠した姿を見た儂は、喉まで出かかった悲鳴を飲み込んだ。


「店主、今日は買い付けに来ました。それと、何か私の気に入るお話はあるかしら?」

「いいえ、奥様。良い報告はありません」

「そう……ではこれだけ指定する場所に送ってくださいな」


 周囲の護衛から用紙を手渡され、彼女たちは帰って行った。

 こえぇ……残り少ない寿命がまた縮められた。

 さきほどのユズリハ様など比べ物にならないほどの強烈な威光。

 まるで処刑人から剣を首に添えられたかのような恐怖。


 粛正姫の異名は伊達ではない。

 鈍い人間には分からないだろうが、何もなくとも心胆を凍えさせられるような気配がある。

 なんだって坊主に拘るのか不明だが、王妃も坊主の行方を気にしている人物の一人だった。




 翌日、城への配達により荷物を運搬する。

 本来出入りは厳しいが、儂は坊主のお陰で信頼されているようで、かなり自由にさせて貰っている。

 先日頼まれたものを倉庫に収めてしまい、早く帰ろうとしたが、悪いことは重なるものだ。


「あら、あなたこんなところで何をしているのかしら」


 こちらのセリフである。

 何故この国の、王の寵愛を一心に受ける末姫が、城の中でも場末と言っていい倉庫にいらっしゃるのだろうか。

 精緻に整えられた人形のような可憐な容姿でありながら、瞳は強い輝きを持っている。

 少し前まではなかった香り立つような色香は、儂が若ければ虜になっていたかもしれない。

 

「いえ、王妃様に頼まれた荷物をお届けにあがっただけです」

「ふーん、お母様のねえ……ところで私に何か言う事は無いかしら?」

「えー……、報告できるものは特にはありません」

「そう……分かっているとは思うけど、何かあれば私に一番に知らせなさい。もしお母様に先に伝わるようなことがあれば……ご想像にお任せするわ」


 途中脅しをかけそうな空気を出しかけたが、姫様はバツが悪くなったように口を閉じて、話を切った。

 こういうところは王妃と似ていない。

 あの方なら間違いなく脅していたし、脅し方もえげつないものだっただろう。

 そんな王妃がいたからからこそ、救われたものもあるが。


「努力はしますが、確約は出来ませんよ。儂が言うより早く情報を掴まれそうですし」

「商人にそこまで高望みはしていません。精々励みなさい」


 そう言って未練なく踵を返した。

 王妃に比べれば百倍穏便なやり取りにほっと息を吐いて、自分の店に戻った。




 あれから一週間、色々な人が坊主のことを話題に出す。

 未だ彼が人々の記憶に刻まれている証だろう。

 嬉しくもあり、悲しくもある。


 そんな中、一台の馬車が店の前に止まった。

 普通なら邪魔なものだが、その紋章を見て文句が吐ける人間は稀有だろう。

 ホーツマス家の馬と盾の紋章を。


 男性が降りたち、続いて夫人と娘二人が降りてくる。

 見るからに高貴なものと分かる出で立ちであり、街の背景が城の中庭にでもなったかのようだ。


「店主、ご無沙汰しているな。変わりはないか」

「え、ええ、ボチボチやらせていただいています」

「結構。……アルメイア?」


 旦那様が挨拶をして来たので答えていると、足にサワリと何かが触れていた。

 下を見てぎょっとした。

 馬鹿でかい獣が、儂をじっと見上げていた。


「シャーミイ、シンヤ様は帰って来ているかしら?」

「なうなう」

「そっか……ありがとう、付き合ってくれて」

「なう」

「あら、流石シンヤ様が身を寄せていただけはありますね」


 え、なにこの獣とご令嬢。

 喋っている?いや、まさかな。

 獣に手の甲に擦り寄られたので何となく撫でてしまったが、良かったのだろうか。


「妹が失礼しました。どうしても確認したいということで」

「え、ええ、何かわかりませんでしたが、確認できたのならよかったです」

「はい、もしやシンヤ様がこっそり帰って来ているのではと勘ぐってしまいまして……なんでお爺さんにまで触らせてるのよこの子……」


 令嬢の姉の方は朗らかに笑いながら踵を返した。

 言葉尻に若干の怨嗟を感じたが、恐ろしくて聞こえないふりをした。

 ご両親は騒ぎを起こして何も買わないのはと思ったのか、一日分の売り上げを超える高価な品を買っていった。

 うむ、よく分からんが問題ないなら気にしてもしょうがないだろう。

 臨時収入も入ったし、今日は外食でもするかな。




 その日の夕食は宣言通り外食、それも少し高価な店に出かけた。

 孫も妻も喜び、好きな料理を注文している。

 料理が運ばれてくる間、最近あったことを妻と話した。


「……というわけで坊主のことを尋ねる人間が多いわけだよ」

「シンヤさんは皆さんから慕われているのですね。私も会ってお礼が言いたかったわ」

「僕もシンヤさんに会いたかったよ!」

「私も!」

「はは、それは……」


 答えようとして、ふと思い至る。

 そう言えば誰も、坊主のことを死んだと思っていなくは無いだろうか。


 壮絶な戦いの跡があったという。

 変質された右腕だけが残されていたという。

 短くない時間が経った。

 それでも彼らはシンヤが帰ってくると信じている。盲目なまでに。

 

「……そうさなあ、そのうちひょっこり顔を出すさ。時間は掛かってもな」


 そして、儂が抱く思いも、皆と変らないと思い至った。


「いっぱい食べる子なんですってね。作り甲斐があるわね」

「私も手伝うよ」

「僕だって」

「はははっ、あいつはホントに良く食うぞ、覚悟しておかねばなあ」


 だから早く帰ってこい。

 いつでも、腹いっぱい飯を食わせてやるからのう。

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