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果てしなく続く物語の中で  作者: 野木ノキ
エピソード 侵略の箱庭 地の底
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第18話 sideファリファス 去る者

 


 王家、この国トップの管理者の集う会議室で、私は一連の報告を受けた。

 火急的事案のため、エドガーに即時出頭させ口頭での報告を上げさせたが、内容は正気を疑うものばかりだ。


 都市奪還、万を超える怪物の全滅など、目覚ましい活躍を受けたばかりだというのに、北方での異常事態の発生に全員が騒然とする。

 様々な感情が入り混じるこの場で、私は冷静に口を開いた。


「一連の流れは分かったが、最終的にはどう動いた」

「はっ、北方の領民は既に東と西に避難を開始しております。幸い怪物はあれ以降姿を現さず被害は出ておりません」

「王よ、如何いたしますか?」

「……まずは調査部隊を編成し、状況を探るしかなかろう」

「そうですな。それが最善かと」

「しかりであるな」


 日和見たちの反応を他所に、私は王妃に注目するが、彼女は未だ沈黙を保っている。

 こんな時には一番頼りになるのだが、やけに大人しい。

 エドガーは上層部の話し合いが始まったことを察して、私に近付いてきた。


「ファリファス様、こちらを……」

「ん?」


 手渡されたのは薄汚れた紙束だった。

 エドガーがこの場で渡したのなら無意味なものではないだろう。

 私はそれを開き内容を検めた。


『親愛なるファリファス様へ


 突然のお手紙失礼致します。

 北方の一連の騒動について私に心当たりがございます。

 師匠から教えられた知識の中に、かの地に存在する竜の話がありました。

 地竜アバダン。

 強力な竜に変性した原初の生命。

 モラスティア大陸の天竜と並び、人の文明を終わらせることのできる存在です。


 地竜は深い眠りにつき、起きることは無いと言われてはいましたが、北方の開発の際に目覚めを助長するなにかが起こり、怪物たちに影響を与えたのか、それは定かではありません。


 私は原因を確かめるため、起きている事態に対処するため、北方の地竜の元へ向かいます。

 殿として可能な限り怪物を倒して侵攻を遅らせますので、後のことはお願いします。


 2月経っても私が帰ってこなかった場合、私が死んだものとしてください。

 仕事の依頼が中途半端になり、申し訳ありません。


 シンヤより』

 

 

 

 紙束には何処にでも売られている大陸の地図が付いていた。

 そこには印が描かれ、地竜の居場所が書かれていた。

 採掘場よりさらに北の位置。未開の地だった。

 

 何故この場所をシンヤ君が知っているのか、疑問を覚える。

 彼らの師匠の出自に由来するのだろうが、謎は深まった。

 元々彼に対してはいくつか不可解な点は見られたが、生粋の善性故に放置していた。

  

「エドガー、お前がこの手紙を受け取ったのか?」

「いえ、西方大家のユズリハ様です。シンヤ殿が撤退から反転したときにこの手紙を渡されたと。他にはユーゼフ、テンジン殿宛のみだったようですが、そちらは検めておりません」

「……そうか」


 ただの報告であればこのような手紙は必要ない。

 ならば、ユーゼフとテンジンに宛てた手紙は……。


「何かありましたか、ファリファス」


 いつの間にか王妃が目の前に立っていた。

 思考に陥るあまり気付くのが遅れたようだ。


「いえ、原因に心当たりがあるものからの報告を受けただけです。真実なら調査隊は決死の覚悟で北へ行かなくてはならないでしょう」

「見せなさい」

「……はっ」


 あまり他人の、それもシンヤ君の手紙を王妃に見せるのは気が引けたが、内容自体は共有せねばならない。

 王妃はその手紙を読み、目を見開いた。


「ファリファス……シンヤ君は何処に?」

「手紙の通りです。既に軍から離れ、北方に残り怪物の対処に…」

「そんな当たり前のことは聞いていません!!」


 ビリビリとした声と威圧に、注目が集まる。

 殺気すら籠っていたのだ、無視できるわけがない。


「今すぐ連れ戻しなさい、人一人で殿など!」

「恐れながらシンヤ殿は万の怪物を屠ることが……」

「……黙りなさい」

 

 鋭い剣戟がエドガーに打ち込まれる。

 私はその一撃を掌で受けた。

 主からの無言の符丁を受け、王妃の護衛がエドガーの首を討たんと抜き放ったのだ。

 血が流れ落ち、床に水滴を零す。


「……王妃よ、お鎮まりください。怒りに任せてエドガーを殺したところで何も解決しません。寧ろ現地の情報を多く持つ者を切るなど愚策です」

「何を言いますか、この者は現場の指揮官でしょう?責任を果たすならこの場で首を切り、腹を捌いて見せなさい」


 私は王妃と睨み合う。

 一見激情に身を任せているようで、この方は酷く冷静だ。

 だからこそやり取りができる。

 

「なれば、部隊の再編にエドガーを据えて再び北方へ送りましょう。当然私も同行します」

「……いいでしょう。下の者の責任は上の者が取りなさい。必ず成果を持ち帰るように」

「御意」


 敬礼をし、その場を後にする。

 手の平を布で止血し、青い顔をしたエドガーと共に兵舎へと向かった。


 時間は有限だ。

 もう事態を対処できる時が残っているか定かではないが、シンヤ君が稼いだ黄金のような時を無駄には出来ない。

 即座に部隊を組み、北方を目指す。


 3日の時間の後に1000人の精鋭部隊が準備を終えた。

 先立って街道整備の人員も大量に導入している。

 王妃の演出のお陰で、スムーズに事が運べたことが大きい。

 あれだけの激高を目の当たりにしたのだ。

 お偉方はかつての粛正姫の再来かと震えあがり、惜しみない支援を取り付けることが出来た。




 1月の時間を掛け、シンヤ君の地図にあった地竜の居場所まで辿り着いた。

 部隊の大半は途中で待機させ、私とほんの数人の部下だけだ。

 道中に続いた、強大な力を持った何者かの戦闘の跡に兵たちは怯え、ほとんどの者は使い物にならなくなった。

 私も当然あのような破壊跡を作るのは不可能だ。


 地の底を覗く大穴には何の気配もなかった。

 だが、ここに地竜という存在がいたことだけは分かる。

 こびり付いた力の残滓だけで、こちらに死の恐怖を刻みつけてくるのだから。

 

「ファ、ファリファス様……帰りましょう、ここにい、居てはいけない」

「そうしたいのは山々だが、何の成果もないではないか。ここで生き残っても王妃に殺されるぞ」

「はは、それは笑えない冗談ですね……冗談、ですよね?」

「お前は若いから知らねえか……幸せもんだあ」

「え……」


 騎士たちは雑談しつつも仕事はこなしている。

 二人一組となり辺りを歩き回る。

 そして、一人の兵士がこの場にあるはずの無いものを見付けた。


「ファリファス様、これを……」

「……そうか。……君は……」


 それは人の腕だった。

 何かを握りしめたかのような形で固まる、バラバラに砕けた白い右腕が兵士の手の中にあった。


 何故そうなったか分からないが、結晶のように固く冷たく、生命を感じることは無い。

 だが私には、原形を無くしてなお、それが誰のものであったのかよく分かる。

 生傷も、鍛錬の痕も、全てが記憶のままだった。


「これだけでも持ち帰ろう。彼の故郷に埋葬するのが、せめてもの手向けだ」


 丁寧に布で包み、これ以上割れないよう細心の注意を払う。



 数日の調査の後、私たちはその場を後にした。

 地竜は存在せず、怪物もまた存在しなかった。

 シンヤ君は一人で、一体どうやって対処したのだろうか。

 謎を抱えたまま、我々は首都へと帰還した。




 旅を終え、結果を報告する。

 実務を担うもの、地位の高いもの、様々居るがいずれも国を動かす重鎮たちだ。

 証人として途中合流した、当時を知る北方領家の兵や姫も同席している。

 事務的な報告を終えた時、王が口を開いた。


「途轍もない被害が出たようだが、本当に怪物は存在していなかったのか?」

「はい。何者がとは断言できませんが、少なくとも軍が対処し得ないほどの怪物は全て討伐されていました。北方の領家にも確認しましたが、1体で街を容易に壊滅させる個体を間近で目撃したものもいます」

「その者もたちは無事だったのだろう?」


「それは私が答えましょう。私たちが遭遇した怪物は、この城を超えるほどの身の丈がありました。あまりの威容に恐怖し、撤退する意思すら砕かれそうでしたが、危ういところをシンヤに救われました」


 北方領家の姫であるレイルナシア様が高らかに答える。


「槍の投擲でした。怪物に閃光がぶつかり、目が焼かれるほどの眩い光と共に、怪物の上半身を消し飛ばしたのです。山二つほどの距離の遮蔽物全てを薙ぎ払って」

「まさか、北方の姫は夢でも見ていたのではないのかな?人間にそのようなこと……」

「騎士ファリファス、あなたも跡を見たでしょう?」

「ええ、レイルナシア様。確かに直線上に大地が削られ、その先に異様な図体を誇る怪物の亡骸がありました。未だ上半身の大半を失ったままの姿で骸を晒しています」


 どよめきが起き、レイルナシア様が胸を張り我が事かのように自慢げに鼻を鳴らしている。

 

「合流した彼の佇まいは、散歩にでも立ち寄ったかのような気安さでしたわ。それこそ、あの程度の戦果は取るに足らなかったのでしょう」

「……皆さんに一つ報告があります。現在行方不明になっているシンヤ殿及び、従者殿についてです」


 幾人かの強い視線が刺さる。

 地竜の住処まで辿り着いたものたちしか未だ知り得ない情報を口にした。


「北の果て、地竜の住処の近くにシンヤ殿の右腕が落ちていました。先に報告した破壊跡から察するに、原形を留めた唯一の部分でしょう。彼は怪物の侵攻を食い止め、首魁であった地竜という存在を何らかの方法で退けた。……自らの命を賭して」


 あの状態で生きているなど楽観視はしない。もう数か月の時が流れている。

 生きているなら北方の街にでも現れるだろう。

 彼自身手紙で自分の死期を悟っていた。

 レイルナシア様が見たという力も、彼の切り札、それこそ取り返しのつかない代償を支払うものだったのだろう。


「それはだただの状況判断、推測でしかありませんわ。あれほどの武勇を持つシンヤが……」

「彼の生存の判断は自由です。だが希望は持つべきではないでしょう」


 あくまで彼の生存を信じて疑わないレイルナシア様。

 盲目であるのか、自身に言い聞かせているだけなのか、判断は付かない。


「……そう。彼は帰ってこないのね」


 そんな中、静かにそう漏らした王妃の言葉に、集まった者たちは口を閉ざし沈黙が流れた。

 強い関心を示し、彼女の振る舞いを知る人間としては、考えられないほど心を砕いていた。


 火の付いた火薬に触れたいと考える人間はいない。

 だが周囲の恐れとは裏腹に、今の彼女にはそんな人物の死を受け入れたとは思えないほど、凪いでいる。


 私の命で彼が北方に行ったことを事後報告したとき、私を怒りに任せて謀殺しようとした人間とは思えない態度だった。


「ファリファス、他に報告はあるかしら?なければ次の事案に移るわよ」

「……いえ、以上となります」

「そう。では会議を進めましょう」


 その後は異様な緊張感を持ちつつも、会議は滞りなく終了した。

 何名かは胃を押さえてうめいていたが、いつものことだ。




「騎士ファリファス、お時間宜しいかしら」

「構いません」


 部屋を出て執務室に戻ろうとしたところ、アレイシア様と遭遇した。

 偶然ではなく会議の終了を見計らってだろう。

 やることは山積みだが、この姫の気持ちも理解できるため素直に応じた。


 庭園に連れられ、使用人が茶を準備する。

 あまりこういった招待に応じることはないが、姫の流儀に従うべきだろう。

 置かれたカップの茶で口を湿らせつつ、姫の話を待った。


「北方の話を聞かせなさい」

「畏まりました」


 この方も彼に並々ならぬ感情を持つ人物ではあるが、表情を歪めながらも静かに聞いている。

 会議で話した内容全てを聞き終えても、それは変わることは無かった。


「手間を取らせたわね。誰もこういったことを私に教えてくれないもの」

「姫が政に今まで関心が無かった事が大きいと思われます。今もそうではありますが」

「ええ、ご指摘通りよ。政治なんて私の分野ではないわ」


 カップが空になったが、お茶のお代わりは固辞した。

 アレイシア様は目を閉じ、少し考えるように間を空ける。


「……あなたはシンヤがまだ生きていると思う?あなたの意見を聞かせて」

「状況だけ見れば絶望的でしょう」

「そう……よね」

「ですが、希望的観測ではありますが、生きていると思います」

「……本当に?」


 私は迷うことなく頷いた。

 自分でもどうかしていると思う。

 あれだけの破壊、あれだけの力の残滓、心を折るような死の恐怖。

 それら全てを感じてなお、私はシンヤ君が死んだとは思えなかった。


「私も、どういうわけでしょうか……まるで想像が出来ないのですよ。始めは確かに彼が死んだと思ったのです。ですが段々と自信が無くなって、やはり生きているのではと考えるようになった。不思議とそれが誠であるかのように思えてならない」


「あなたほどの騎士がそんなことを言うのね。まるで夢見る乙女のよう」

「……姫、あなたが聞いてきたのですよ」

「失礼を。あなたにしてはフワフワした答えが返って来たので、少々本音が」


 コロコロと笑う、自分の娘でもおかしくない年の少女に恥じ入る気持ちが湧いて来る。

 確かにらしくないことを言った自覚はある。


「もう私は帰っても宜しいか?これでも忙し身でして」

「ええ、構いませんよ。時間を取らせたわね」


 席を立ち、一礼した後に踵を返そうとしたが、一つだけ思いついたことを口に出した。

 

「あなたは、シンヤ君の生存を信じているのですか?」

「知ってるでしょう?私は欲しいものが手に入れないと気が済まないの」


 私の良く知る姫の、傲慢な、我慢の知らない瞳がこちらを見詰めてくる。


「私が目をつけたものが、私から逃れるなんて有り得ないわ」


 言葉は以前と変わらない。

 不遜で、自分こそが世界の中心であるかのような物言いだ。


 だが、その言葉には祈りが込められているように感じた。

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