表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
秘密売り場の少女  作者: 和音
19/20

第十九話

そのノートはだいぶ使い古されているらしく、色々な箇所が破れており、泥や雨で汚れた跡も点々とある。

買った覚えのまるでないノートで、薄気味悪く、すぐにでも捨ててしまおうとノートを持った時、そこに書かれていたものが目に留まり、手が止まった。



『畏怖羅 怜』



ノートの表紙の罫線の間には、だいぶ薄くなっていたが、しかし確かにその四文字が書かれていた。

畏怖羅という言葉の後に少しスペースを空けて書かれている、怜という文字から考えるに、恐らくこのノートの持ち主の名前なのだろう。


俺は聞いたことがない。少なくとも、俺の親族にこんな苗字の人はいないし、学校の名簿にも載っていないはず。

なのに、聞いたことがないはずなのに、知らないはずなのに、なぜだか聞き覚えも、更には口に出して呼んだ覚えもあった。

その時、また、頭の中で誰かが俺を呼んだ。その声は、今までの何よりもはっきりと聞こえた。


俺は、その声に従うように、ほぼ無意識のうちに、ノートの表紙をめくった。







そこには、畏怖羅怜という少女が、知らない場所に放り出される、という、なんとも非現実的な奇病を患い、その上、夏から脱出できなくなってしまい、それでも、元の状態に戻ろうと奮闘する旨の話が、淡々と書かれていた。

不思議な感覚を覚えた。デジャブのような感覚だ。

()()()()()()()()()()()()()()、そう思った。

いつどこで誰に聞いたのか、まるで思い出せないが、確かに聞いたことがあった。

その確証のない思いは、ページをめくるごとに、一文字を頭に入れるごとに、強まっていった。





心臓が、やけにうるさく鳴り始めた。

興奮とも恐怖とも取れるような感情が、重くのしかかり始めた。

それでも、ページをめくる手は止まることがなかった。





ずっと頭の中で燻っていたいろんな違和感、不安、そして、それの根本であるはずの、思い出せないが、確かに存在する記憶。

その全てが段々と鮮明になっていき、そして、次の五文字を読んだ時、一気に色がついた。



『秘密売り場』



その時、初めて手が止まった。

気づいた時には、なぜだか、涙が流れていた。

全てを思い出した。


……そうだ、俺は、夏の始まりに、あの廃ビルで怜に出会った。

夏の間、ずっと、時間を共に過ごして、俺は人生で初めて恋に落ちた。

夏の終わりに、怜は、跡形もなく消えてしまった。


なんで忘れてしまっていたのだろう。

なんで忘れたままで平気だったのだろう。



気がついたら、家を飛び出していた。

慣れない全力疾走で、ただひたすらにあの場所目掛けて走った。

太陽はまだ天高くで輝いていたが、雲で今にも隠れそうになっていた。



廃ビルに辿り着いた。

何か怜に関するものがあればいいと思った。

しかし、そう上手くはいかないようで、夏の始まりまでずっと放置されていた廃ビルは、しばらく見ないうちに取り壊され、空き地となっていた。

恐らく、怜がいなくなった後、すぐ壊されてしまったのだろう。



しばらく放心状態のまま動けなかった。

しかし、その時、朧げながらもとあることを思い出した。

確か、祖父が面倒を見ている人たちが、怜の罹患していた病気の特効薬を作ったのだということを。


スマホを取り出し、一も二もなく祖父に電話をかけた。祖父ならその研究チームと関わりがあるはず。なら、怜の居場所も知っているはずだと。


電話は、なかなか繋がらなかった。呼び出し音が何度も何度も鳴り響き、焦れったいことこの上なかった。


しかし、五度目の呼び出し音の最中、この手も不可能であることを悟った。

俺は怜のことを思い出した。でも、それは、怜の残した手記のおかげであり、決して自分の力ではない。

じゃあ、怜は果たして俺のことを思い出しているだろうか?

答えは、明らかにNOだった。浩介やクラスメイトの反応を見るに、怜だけでなく、祖父も、怜や怜と俺の関係に関して、微かには覚えているかもしれないが、殆どのことを忘れてしまっているだろう。

ならば、今俺が電話をかけ、祖父に聞いたところで、教えてくれるわけがない。


その時、祖父が電話に出た。

『もしもし、慎也か?どうした?』

「あーおじいちゃん、なんでもない、間違えただけ」

『そうか、ならいいが、もし何かあったら、すぐにかけるんだぞ』

「うん、ありがとう、じゃあ」



電話を切る。




八方塞がりになってしまった。

怜の居場所の知りようがなくなってしまった。

胸が締め付けられるのを感じる。

それと同時に、雨が降り始めた。

俺は何もせず、廃ビルの前で、携帯片手に、ただただ立ち尽くした。

濡れることも、通行人に異常者扱いされることも、何もかもどうでも良い。



初めて他人に恋をして、その瞬間突き放される。

こんなことってあるかよ。



ひたすらに怜を願った。しかし、叶える方法を持ち合わせていなかった。悲しみのどん底を味わうには、十分だった。





暫くそのままでいたせいか、身体が冷え切ってしまった。風邪をひきたくはないので、重い足取りで家に向かう。


家に着いた。大した距離ではないはずなのに、随分と長く歩いた気がする。

くしゃみを何度かし、体を温めるため、無気力のまま風呂に入る。

夕飯は……要らないや。もう寝てしまおう。

幸いなことに、俺の通う高校は始業式が大抵週末に設定される。そのおかげで明日は休日だし。もういいだろ。なんか、疲れたな。



布団に潜り込もうと、寝室の扉を開ける。

その時、眼にあのノートが飛び込んでくる。

……そういえば、秘密売り場が登場した後を読んでいなかったな。折角だし、読んでから寝るか。



怜が俺に初めて出会った何度目かの夏から、ついこの前の夏休み最終日前日までのことが、怜を感じさせる文体でつらつらと書かれていた。

夏休み最終日は、怜の消えた日なのだから、これが日記なのだとしたら、書かれていないのは自然なこと。だが、花火大会のことが書いてないのは、日記として物足りないな。まあ、もう二度と会えないんだろうし、勝手に書き足してもいいだろ。


そんなことを考えながら、記憶にある通りに、涙を堪えながら、夏休み最終日に起こったことを書き連ねていく。
















その時、天啓を得た。ありきたりで、誰でも思いつくような、凡庸な方法。だが、怜の正体も居場所も連絡先も何もわからない、知る術もないこの状況下では、最適解に思えた方法。



俺は怜の残したノートのおかげで記憶を取り戻せた。なら、俺も同じようなものを用意してやればいい。



つまり、俺もあの夏の出来事を日記のようにまとめたものを作り、それを怜に見せればいい。怜の残したこの日記をそのまま載せるには、あまりに赤裸々に書かれているから、俺の手で作り直す必要はあるだろうが。

ありがたいことに、この世界は殆どの場所がインターネットでつながっている。その上、怜はいわゆるデジタルネイティブだ。だから、俺の作る手記を怜が見る可能性は、ゼロではない。


もちろん、どう考えても俺は才覚に恵まれていないから、たとえ公開したとしても、怜はそれを読まないかもしれない。し、そもそも俺が途中で投げ出してしまうかもしれない。



しかし、それ以外の道がほとんど塞がれている俺に撮って、その僅かな可能性にかける価値は十二分にあった。


幸いなことに、書くべき内容は全てこの古いノートにまとめられている。

これを元に、つまりは物語を作ればいいだけ。





タイトルは……そうだな、怜が気付きうるタイトルがいい。タイトルだけでも引っ掛かるようなもの。

だからといって、怜の本名はダメだ。


じゃあ、俺が怜を思い出した秘密売り場にしようか。

いや、違うな、これから作るものは、あくまで怜の話。秘密売り場だけでは少し足りない。









ならば、『秘密売り場の少女』にしよう。








そうと決め、俺は、スマホでメモ帳を開き、文字を打ち始める。



『俺は慎也。最上慎也。高校1年生。』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ