最終話
スマホを開き、とあるサイトに飛ぶ。
なんの反応もきていないことを確認し、タブを消す。
「はあ……」
日に何度も同じことを繰り返し、同じ結果を得て、同じようにため息をつく。
何の気なしに窓から外を見る。桜が綺麗に咲いていて、春の訪れがよく分かる。
目線を下にやると、多くの新入生と、彼らを自身のサークルに招き入れようと、大声を出したり看板を掲げたりする在校生でごった返していた。
暫く目線を泳がしていると、浩介を発見する。
可笑しいくらいに似合う笑顔を貼り付けながら、全力でサッカーサークルに勧誘している。
その甲斐あってか、或いは浩介目当てかは分からないが、男女問わず大勢がその周りで集団を成していた。
少し離れた場所に目線を移すと、俺の所属する小説を書くサークルに、新入生たちを勧誘するべく派遣された、何人かの後輩が頑張っていた。
例年サークル勧誘に足を止める人は、俺の知っている限りでは両手で数え切れるほど少ない。だから、このサークルはいつ蒸発してもおかしくない。しかし、驚いたことに、今年はそこそこな人が足を止め、勧誘用に置かれた、このサークルが隔月出している、各人が好き勝手に書いた短編やら長編の一部が掲載されている本を読んでいる。しかも、ここから観測するに、一人は参加をするつもりのようだ。
「おい、慎也!」
そんなことを考えていると、突然名前を呼ばれた。
振り返ると、眼鏡をかけた男がこっちを見ている。
「なんだよ」
「なんだよ、じゃないんだわ、はやく続き書けよ。出してないのお前だけなんだから」
「まだ締め切りは先だろ?それまでには仕上げるよ」
「そう言ってこの前バチバチに遅れてただろうが」
「はいはい」
パソコンを立ち上げ、執筆を始める。
『風雲児ナギ』と書かれたファイルの中の、『最終章』を選択し、ダラダラと続きを書く。
怜が俺の元から消え、数年が経った。いまだに怜は現れないが、それでも時間は無情に過ぎ、多くが変わった。
高校生の時分は、何かをする気力もなく、ただひたすら無気力に生きていた。
今思えばとんだ青春の無駄遣いだが、致し方ないことだと今でも思う。
高校三年生になった頃から、少しずつ少しずつ、怜のいない非日常が日常に溶け始め、以前の自分を取り戻し始めた。無論、喪失感は止むことがなかったが、それでも大分マシにはなった。
そのため、祖父から熱心に何度も勧められたこともあり、大学に入学することに決めた。自分の学力より少し上の、比較的近所の大学を目標に定めた。
その大学は、この辺りでは最も優秀といわれている大学ではあったが、それと同時に入りやすいともいわれている。
特段その大学に入りたかったわけではないし、そこに入学して学びたいこともあるわけではなかった。ただ、もし怜がいたらそこに入学しただろうから、そこを目指した。
もちろん、どうせ目指すなら良いところにいきたいという感情もあったが。
勉強を始めたのが遅かったこともあり、点数的にはかなりギリギリだったが、晴れて合格することができた。俺よりも祖父が喜んでいたことが、唯一印象に残っている。
その時知ったことだが、浩介もそ同じ大学に入学した。活発なサッカーのサークルがあるとかなんとか。
スポーツにも勉学にも秀でているなんて、本当に非の打ち所がないやつだと思う。
入りたいサークルもクラブも特になかったが、小説サークルに参加した。小説の書き方について学びたかったからだ。
怜が消えたあの日、俺は失望の底に叩き落とされながらも、なんとか怜と再開しようともがき、そして、当時の俺が取ることのできる唯一の方法、怜に記憶を呼び戻すために小説を書くことを決意した。
そして、『秘密売り場の少女』を書いた。
その小説は、最初こそ何人かの人が読んでくれていたものの、今ではごく稀に少しだけ読まれる程度に落ち着いている。その上で怜らしき人物からの反応は一切ないため、怜の観測範囲内まで届かなかったと見るのが妥当だろう。
出来の悪い頭で理由を考え、小説の出来が悪いことに原因を見出した。
そんなわけで、怜の元まで届けるために、まずは面白い文章を書けるようになるべく、そのサークルに参加した。
そこで出会ったのが、さっき俺に話しかけてきた眼鏡の男、佐藤学だ。俺と同じで、今年度卒業を迎える予定の、いつも仏頂面な、同い年の男。
どうやらなかなかに有名な物書きらしく、学ぶことが多い。
カタカタと、文字を打っては消し、打っては消し、少しずつ少しずつ話を進めていく。書き始めた頃に、登場するキャラクターの性格や過去等々と、話の大まかな流れを決めておいたおかげで、ネタに困ることはない。予定通りならあと三回程度の連載で完結するだろう。
この話を書き終えたら、何をしようか。そこそこ文章力は上がっただろうし、もう一度『秘密売り場の少女』を書き直そうか。いや、それよりも現実世界で探した方が早いか?それとも、その二つを並行してやるか?
「なあ慎也」
学がまた話しかけてくる。手を動かしたまま、「んい」と曖昧な返事を返す。
「お前って卒業したら何すんだ?」
「あー英語の教師。こんど教育実習」
「ほーん。ちゃんと考えてんのな」
「お前と違って文才とかないからな」
そんな感じで、俺と学以外誰もいない静かな部屋で、ダラダラと話をする。
少しの間そうしていると、廊下で足音が響き始めた。
いつも俺たちが集まるこの部屋は、この大学の最も端に位置している。少し、というかかなり不便な場所だが、そのおかげで誰も近付かず、いつも静かだ。
だから、廊下から足音がすることなんて滅多にない。
もちろん、サークルの誰かがこの部屋に来る時には足音が響くが、ちらと外を見ると、まだ後輩たちは勧誘に勤しんでいるため、彼らの足音でもない。
一瞬、幽霊かと思ったが、ああ、参加を決めた新入生か、と思いなおす。つい先ほど、後輩たちの尽力で、新入生が参加を決めていた。その人か、或いは見ていない間に同じく参加を決めた人かは知らないが、多分その類なのだろう。
にしても、わざわざ今日この部屋まで来るなんて、よっぽど熱意のあるやつだな。あーそれともあれか、学のファンか。にしても熱心だな。
そんなことを考えていると、足音が止んだ。丁度この部屋の目の前で。
その足音の持ち主が、コン、コンと扉をノックする。礼儀正しいな。いやまあ本来なら皆んなやんなきゃいけないんだろうが、このサークルの奴は、たとえ初日でもノックなんてしなかったのに。
「どうぞー」
そう言うや否や、壊れるのではないかというくらい、勢いよく扉が開かれる。
礼儀正しいくせに、豪快だなと思いながら、顔を上げ、その人物を見ようとする。
そして、思わず立ち上がる。
その時、目に飛び込んできた光景ほど、驚きで満ちたものはない。
そこに立っていた人物は、金髪で、綺麗な青い目をした、肌の白い女性。俺の知っている金髪碧眼の少女とは、顔も身長も違う。
けど、見間違うはずがない。
何年もずっと求め続けた人
何年もずっと忘れられなかった人
彼女のことを忘れるなんて、人生を何度送ってもあり得ないだろう。
何年でも何十年でも、見つかるまで探そうと思いながら、今の今まで生きてきた。
そんな人物が、今まさに、目の前にいる。
一瞬のフリーズの後、視界がぼやけ始める。
「れい……?」
その女性は、ニヒヒと笑い、
「慎也、来て、やったぞ」
そう言った。
『秘密売り場の少女』の最終話が、怜のおかげで完成した。




